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地下闘技場ーランサー

会場を埋め尽くすほどの、大量の有象無象は、その、人間の本質を露わにして熱狂していた。

残忍で下品で、それでいてどこまでも無垢な好奇心をさらけ出し、その極限の戦いの行方を見守っていた。

命と引き換えに、法外な賞金を奪い合う、饗宴の違法闘技場。



右腕と左目を失ったウォーロックはランサーとの勝負に挑むため、暗闇に浮かび上がるフィールドいた。

アレーナ最強の戦士であるランサーは後発で有利な条件で出現場所を選べる。


ウォーロックは交渉の最後に銀鎧の剣士と交わした会話を思い出していた。

「これはアンタにとってもいい話だ。

ただでさえいわくつきなゲームなのに、好き勝手殺し合われてはアンタも困るだろう。

あの闘技場はアンタにとって邪魔な存在なはずだ。

だから、ぶっ壊そう」


「命拾いをしたね。存外におもしろそうじゃないか。続けなよ」


「方法は簡単だ。

あんたが闘技場に出て、戦う。

そしてあんたが闘技場のチャンピオンになればいい。

挑戦者が現れなければ、闘技場は事実上、運営不可能になる。

あんたを倒せるプレイヤーなんてそうはいないはずだ」


「それは皮肉として受け取ろう」


「あんたが王者として君臨する限り、今後、未来永劫挑戦者はあらわれないだろう」


「それは実に理にかなっている。だが、そんなことのために君はわざわざ城に来たのかい?」


「賞金の用途は俺がきめさせてもらう」


「そういうわけか。君も案外俗物だね。少し拍子抜けだな」






ランサーがフィールド上の召喚場所を選ぶ。

当然の如く、ウォーロックの目前を選ぶ。

その場所がランサーにとって最も有利であり、ウォーロックにとって最も不利だからだ。

戦いの火ぶたは切って落とされた。

開幕早々にランサーの魔槍とウォーロックの魔法障壁がぶつかり合う。

ランサーは言う。

「手負いだろうと、容赦はしない」

「それは光栄ですね」

ランサーは魔槍による連撃を繰り出す。

伝説級の武具である或魔アルマに数えられる魔槍グングニルの威力は他の武器とは一線を画する。

さほど、スキルすら使わなくても魔法障壁が削られるように消耗する。

ウォーロックは慣れない左腕でのスキル発動もあり障壁の耐久度に疑問を感じた。

ランサーもその手応えを同様に感じた。そしてアレーナ最強と謳われる戦士はその一瞬の隙きを見逃すことはない。

一撃、わずかにアウラを込めた水平突でウォーロックを突き放す。

耐久度を超える一撃に、これまで鉄壁の如く存在していたウォーロックの魔法障壁がまるで脆いガラス細工のように崩壊する。

ランサーは反動でできた隙を狙い今度は充分な量のアウラを魔槍に流し込む。

魔槍が呼応するように可変する。

「終わりだ。魔術王。消し去れ、グングニル」

あまりのアウラの濃度に周囲の空間が禍々しく歪む。全てを飲み込む漆黒のアウラが表出する。

「まだ終わりませんよ。むしろ、これからと言ったところです。いつも私は油断するのでね。今回は最初から全力でいきますよ」

いい終えて、ウォーロックはあろうことか自らに展開していた魔法障壁を全て消し去ってしまった。

ランサーは悪意に満ちた笑みを浮かべ言う。

「血迷ったな、魔術王」

「それはどうですかね」

ウォーロックがランサーに左手をかざす。

するとランサーを囲むように魔法障壁が表出する。

ランサーは意表をつかれるが、すぐにこんな物は無駄だと嘲笑う。

既にランサーの魔槍は攻撃状態が整っていたからだ。

ランサーは自身を包み込む魔法障壁を貫く。

ガラス細工のように魔法障壁が砕け散る。

ランサーは得意げに壊れた魔法障壁から出ようとする。

不思議とウォーロックもまた何故だか、得意げな様子で左手をランサーにかざす。

ランサーには未だウォーロックのこの表情の意味が理解できない。

次の瞬間ランサーの周囲を先程よりも厳重な魔法障壁が取り囲む。

ランサーはもう一度魔法障壁を破壊する。

魔槍の力は強大で、やはり魔法障壁を貫通する。

しかし、破壊され尽くす前に以前にもまして強力で強靱な魔法障壁がランサーを覆い尽くす。

ランサーはこのときになってやっと自分がウォーロックの術中にはまったことに気がつく。

ウォーロックは次々に魔法障壁を何重にも重ね展開を続ける。

ランサーもまた魔法障壁を破壊しようと攻撃を繰り返すが、障壁が重ねて展開される速度のほうが上回っている。

やがて幾重にも何十にも重ねて発動された魔法障壁は微かに美しく透き通ったクリスタルの様相を呈していた。

ウォーロックは言う。

「もう逃げ場はありませんね。片目だろうが、片腕だろうが、この状況なら絶対に外しませんよ。少し熱いですが我慢してくださいね。煉獄ノ牢獄ジェイル・オブ・インフェルノ

無色透明だった魔法障壁のクリスタルが真紅に染まり巨大なルビーのように輝きを増していく。

これこそが、魔術王の放つ回避不能の最強の一撃だった。

ランサーは為す術もなく、クリスタルの中で煉獄の炎で焼かれるしかなかった。

それまで興奮に歓喜していた観衆達が、静まり返り、その戦いの行末を固唾をのんで見守っていた。

これで戦いは終わった。

誰もがそう思った。

しかし闘技場の王もまた、伊達ではなかった。

耐久デュアブルというスキルがある。

いかなる攻撃でも、どんなに最強と言われる攻撃をを受けたとしても確実に1ドットライフが残るスキルがあった。

そして、その上位スキルがある。さらにその状態からあらゆるステータスを激しく増幅するスキル。

起死回生リソシエイション

皮肉なことに、かつて銀鎧がウォーロックを窮地に貶めたのもまたこのスキルだった。

最強の或魔と言われる魔槍グングニルにこれまで注がれたことのない量のアルマが流れ込む。魔槍グングニルは第三形態へと可変した。

一撃。

ランサーはそれほど身構えもせず、容易く槍撃を放った。直後、幾重にも重ねた魔法障壁のクリスタルはまるで嘘のように崩壊した。

あたりに細かい破片が散る、その様はさながらダイヤモンドダストを彷彿とさせた。

ウォーロックはすかさず魔法障壁を再生し重ねようとするが、第三形態に可変した魔槍グングニルの前では同然に扱われる。

最早、魔法障壁など意味・・を持たない。

「今度は俺の番のようだな。覚悟をしろ魔術王」

切り札である煉獄ノ牢獄ジェイル・オブ・インフェルノは失敗した。

強敵を前に最早かつてのような震えるような喜びはない。あるのは凡人が抱くそれと同様の焦燥。

ウォーロックは直ぐ様、転移を開始した。これまでのウォーロックであれば自らが逆境に陥ることは想定すらせず、予期せぬ段階に陥ったのなら、なし崩し的にでも力で圧倒しようとしただろう。

しかし、そうしなかった。

それは彼が戦いを通じて成長したことを意味していた。

かつては最強と謳われ伸びしろなど誰も期待はしなかった。

しかし、今はさらにその上を望んでいる。

どんなに惨めでも、無様だったとしても、最後のその瞬間まで足掻いてみせる。

強さとは勝者のみが語ることのできる優越。

ウォーロックは転移を繰り返す。体制を整える必要がある。

魔法障壁では魔槍を防ぐことが出来ないからだ。

しかし起死回生リソシエイションで強化されたランサーは窮地に陥ったことによって覚醒した潜在能力もあいまって、異常なまでに研ぎ澄まされた反応速度と、集中力により転移先すらも先読みしウォーロックを襲う。

ウォーロックは感覚の短い転移を繰り返し、かろうじて魔槍の一撃を紙一重でかわし続けるが、ランサーの反応速度は精度を増し続けた。

このままではやがて転移は追いつかれる。

ウォーロックは苦肉の策で、フィールドの端まで転移を行った。

ランサーは何故か笑みを浮かべた。

それは計算済みだ、という意味だ。

ウォーロックが転移を終える頃、ランサーは既に槍を構え終えている。

両腕を広げていた。片腕は軌道上に掲げ、もう片方の腕で槍を構える。

ランサーはフィールドの地面を踏み抜き、大気を切り裂くように魔槍グングニルは放たれた。

禍々しい程のアウラまとい、フィールドを破壊しながら音速で突き進む。

ウォーロックは微動だにしない。いや事実上できなかった。

直撃すれば塵芥ちりあくたとなることは確実。

ウォーロックは左手を掲げ、魔導障壁を表出させる。

血迷ったのか、焦りからか、魔導障壁は槍を防ぐことも叶わず、フィールドの中央で発現された。


それは誰の目にも明白に悪あがきとしか写らなかった。


ウォーロックの表情は満たされていた。


壮絶な戦いに、ここでやっと勝負がついた。


そもそも、その一撃・・を受けることなど、できるわけがなかった。

それはウォーロック自身がよく理解していた。

だから、彼は魔導障壁を表出させる位置・・規模・・を変えた。


ウォーロックはこの展開を想定していた。

これまでにないほどの巨大な魔法障壁を展開し、フィールドを中央から分断する。

どんなに素早く対応しても、その膨大な規模の魔法障壁が展開し終える前に魔槍は放たれる。

観衆の目にはウォーロックが已む無く転移を行ったように写るだろう。


エリアを分断するほどの巨大な魔法障壁を挟み、ウォーロックはランサーに言った。

「私の勝ちですね」

「なんだと?」

ランサーは興奮状態により思考が追いつかず、未だ状況を理解できていない。

「私の見立てが正しければ、槍がなければアナタは私に勝てません」

ランサーは我に返り、やっと状況を飲み込んだ。

放たれた魔槍グングニルはフィールドをえぐり、大地に突き立てられていた。

ランサーが何度、腕を掲げ魔槍のデータを再展開させようとしても、反応はない。

エラーとして処理されてしまう。

魔法障壁の内側は発現者の支配下として処理される。

現在、魔槍の支配権はウォーロックの手にある。

ランサーは魔槍を手元に再展開させる事は不可能だった。

ランサーはウォーロックが始めから魔槍を奪うことを目的に戦っていたのだとやっと理解した。


ランサーは大きく溜息をつくと、言った。

「さっさと、終わらせろ」

死を目前にしても取り乱すこともなく、自らの終わりは常に受け止めているようだった。死闘を繰り返す都度、覚悟はしていたのだろう。

「嫌です」

覚悟を嘲笑うかのようにウォーロックの返事は軽い。

「ふざけるな」

「ふざけてませんよ。これこそが狙いなんですから」

「どういう意味だ」

「攻撃なんて絶対しません。最後にはランサー。アナタが降伏するんですから」

「ありえない。他のプレイヤーであればその可能性もあるが、俺に限って言えば絶対にありえない」

「敗北するときには、死ぬことで保険金を妹に残すためですか」

「それ以上ふざけたことを言えば」

「言えばどうします?」

「……」

「このまま戦闘をつづければ、素手で殴り続けたとしても10年もしたら、さすがにこの障壁をやぶることもできるかもしれませんね。それまで続ける気ですか?」

「必要ならな」

「もしアナタが降伏を選べば、私の受け取る賞金の半分をアナタに譲ると言ったら」

「馬鹿げている。この状態ならお前が俺に勝つ方法は無数にあるのにか」

「君にはまだやってもらわなければならないことがあるのでね、まだ死んでもらっては困るんですよ。

それに残りの賞金もまだアナタが手に入れる可能性も残されています。

だからここで、いつまでもくだらない意地を貼り続けてもいいですが、さっさとここに見切りをつけて次の稼ぎ口を探したほうが利口じゃありませんか?」

ウォーロックは続けて言った。

「ちなみに私はここでいつまでも、アナタが粘ってくれるとしても、ここの運営を妨害できて気分がいいんで、アナタがどっちをえらんだって別にかまわないんですけどね」

「……不服だが選択肢は決まった」

ランサーは降伏を選び、承認される。

観衆は盛大にブーイングを上げ、クレームが殺到する。

世紀の戦いを見ることができただけで満足な者は一部の者だけで、狂演のアレーナに足を運ぶ大多数の者達が望むのは、英雄の勇猛な試合ではなく、英雄の流すそのものであるからだ。

観衆は半分暴徒と化し、主催者は対応に追われることとなった。


ロンレンからウォーロックに電話が入る。

「君のおかげで大損をしたよ」

「それはそうでしょうね。それが狙いですから」

「僕は死ぬことになるだろう」

「当然の報いでしょうね」

「だけど、逃げようと思っていましてね」

「あなたらしくありませんね。誇りだとかは捨てたんですか」

「欲が出てきたんですよ。もっといろいろ見たくなりましてね」

「お互い損な性分ですね」

「そのようですね。それではさようなら」



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