地下闘技場ーDevil on the board
周囲の時間の流れが変わる。
遅く鈍重なものになる。
ウォーロックの持つ魔眼の力で体感速度を極限まで高める。
魔法障壁を展開させようとするが、発動しない。
ウォーロックのスキル発動はタイムラグなしで行うことができるが、思考制御だけでは発動ができない。唯一の条件として右腕を使ったアクションが発動の条件となる。
時間をかけて観察すれば気がつく者がいてもおかしくはない。
だからウォーロックは普段、両方の腕でアクションを行い隠してきた。
しかしそれを見抜いている者がいた。
サーバーの処理落ちが原因か?
もう一度魔法障壁を展開しようとするが、やはり発動しない。
そうではない。
右腕の感覚が、無い。
強烈な熱の感覚、それは腕を失った可能性を示していた。
それらを正確に認識する前に、思考を加速させる。
コントロールパネルを表示させスキル発動の条件を左腕動作に変更させる。
そして魔法障壁を発動させる。
寸前で斬撃を受ける。
あろうことか障壁が破壊される。
斬撃は受けきれず、左頭上から垂直に切り下ろされる。
次の攻撃を受ける前に転移をする。
できるだけ遠くへ。
やっと自らの右腕が切断されたことを目視で認識した。
フィールドの端まで転移をして相手の姿を視認する。
……ブレイダーだと。
ランサーとの試合を控えているはずのアイツが何故ここにいる。
違う……いま来たわけではない。
ブレイダーの性能はウォーロック自身が最も知っている。
ブレイダーを作り出したのも紛れもないウォーロック自身なのだから。
ブレイダーは接近戦において絶対に撃ち負けない。
それだけの性能を持っている。
しかしウォーロックの魔法障壁を突破するほどの火力は持っていない。
つまりあの火力はスキルに依存するもの。
考えられるスキルはチェーンボーナス。
銀鎧が使った戦術だ。忌々しい。
しかしブレイダーはスキルの概念を持たない、故に使えるはずはない。
あるとすれば、第三者の強力。
誰かがブレイダーにスキルの概念を与え、ウォーロックが戦っている間、無数の死兵を使いチェーンボーナスの上位スキル、撃破継続による自己の強化、デストラクト・ボーナスを発動させた。
誘導されていたのはウォーロック自身だった。
死兵に紛れさせブレイダーを移動させ、最後は誰もが使うことができる気配遮断行動、遅歩きで近づかせる。
ネクロマンサは隠していた。クイーンの駒を。
何よりも、怠ったのは、自ら作り上げたブレイダーの性格への理解の無さだ。
例え次の戦いを控えていても、目先の強者との戦闘を優先する好戦さ。そのように作り上げたのはウォーロック自身だった。
現在の自己のステータスを確認する。左目を失い、魔眼の力は半減し、標的選定能力も半減。慣れない左腕のスキル発動。
だが、まだ可能性はある。
勝利を確信したようにブレイダーはゆっくりと距離を詰めていく。
ウォーロックはブレイダーを狙い、攻撃魔法を発動させる。
しかし片目では精度が悪く、近接戦闘最強のブレイダーの反射能力をもってすれば回避は容易だった。
何度も、何度も、繰り返し攻撃魔法を続ける。
ブレイダーは容易く回避し続ける。
やがて、ブレイダーはウォーロックの顎に剣の切っ先を向けると言った。
「哀れだな、主殿」
ウォーロックはまさか自分が負け惜しみの笑みを浮かべることになるとは思わなかった。
それでも笑いたかった。
世界は捨てたものでは無かった。こんなにも強い者がいたのか。
「私は無知でしたね」
そして彼は始めて思った。もっと世界を見てみたいと。
そして今までの彼ではありえない選択を選ぶ。
ブレイダーのパネルに降伏の二文字の後に許可を求める表示が現れる。
「無様だな、主殿」
まるで興味を失ったようにブレイダーはその場を後にした。
降伏が許可された。
そして、ウォーロックの元にロンレンから着信が入る。
「失望しましたよ。君は私と同じ人種だと思っていましたからね」
「思い違いですよ」
「例え死を前にしても誇りを選ぶ男だと思っていた、と言っているのですよ」
「負けたぐらいで、死んでたら人生損しますよ」
「くだらないですね。……もう切らせてもらいますよ」
「まってください」
「なんですか?」
「もちろん、次の試合の準備は出来てるんでしょうね?」
「馬鹿な。君のような敗北者に次はない。そもそも君はクラスSではないだろう」
「それはクラスSなら次の試合ができるという意味ですか?なら私にも挑戦権があるはずです」
「いい加減にしなさい。君はクラスAだろ。……なぜ昇格している?」
「ブレイダーに魔法が当たらなくても、死兵にはあたっていたでしょう」
ロンレンの口元に笑みが浮かぶ
「君は、せっかく生き延びたのに、その体で次の試合に臨むんだね?」
「そうだって言ってるでしょう」
「承認しよう」
通話は終わった。
ウォーロックは虚構の空を見上げ、その広さに関心した。




