地下闘技場-グラディエーター
古代ローマのコロッセオは一つではない。
数あるコロッセオの中から、アレーナ・ディ・ベローナを模倣したのには訳がある。
仮想世界にローマのコロッセオを作る、その想定は本来、コズミックフロント元社長である神埼奏は黎明期から着想を得ていた。
アレーナとは、血なまぐさい戦いを行うだけではない。つまり野外コンサートを行うアリーナの語源であり、オペラや音楽祭を行うことも想定して神埼奏はアレーナ・ディ・ベローナを時間をかけて計画していた。
いつしか、その計画の血なまぐさい部分だけが、一人歩きし、ある男の手に渡った。
巨大ギルド、ブレ・ドラコーン・ファミリアの若き頭首イタリア系中国人である栄仁。
彼もまたこのゲームのディープなファンだった。金を稼ぐということよりも、リアルな戦いが見たい。それが彼を突き動かし、現在のアレーナ・ディ・ベローナに至った。
結果、戦いの果に死が訪れる、リアルな地下闘技場が完成した。
アレーナ・ディ・ベローナは想定外に盛り上がりを見せ、そこに資金が集まった。
この戦いの勝利者が手にすることができる賞金の金額はジャックポッドのように貯まり続け現在は概算で十億円と言われている。
そして今夜行われる試合はかつて無いほどのビッグネームとして盛り上がりを見せていた。
ランサー対ブレイダー。
会場チケットはサーバーが耐えられる分を想定し相当数が用意されたが予約は瞬殺。当たり前のように満席。転売は当たり前、価格は10倍でも一瞬で売れてしまう。そもそもチケットが出回ることはない。誰もが、その目で見たいと思っているからだ。
大会委員会関係者だけが入出を許可されるVIPルーム。
無駄に絢爛な落ち着きのない部屋だった。何故かこの手の手合はこういった部屋を好むのは今も昔も変わらない。成功者の証なのだろう。
厳しい装備を纏ったプレイヤーに睨まれながら二人の人物が会話をしていた。勿論睨まれているのは部外者である小汚いローブを纏った者の方だ。しかしこのローブ、ステータス秘匿のスキルが発動していて、着ている者の素性は不明だ。
もう一方は大会の委員会の支配人の男でありブレ・ドラコーン・ファミリアの息がかかった者だった。つまりマフィアだということだ。
支配人は言った。
「駄目だ。コズミックフロントからの直接の話だというから聞いてやったが、まったく。ランサーはうちの看板商品だぞ。Sランクのプレイヤー以外は挑戦を認めん。だいたい何なんだ。お前らはあの会社のどの程度の役員なんだ。貴様のような雑魚をよこしおって、舐めているとしか思えん。馬鹿げている。くだらん話に時間はかけられん。この試合は何十億の金が動くんだぞ。こんなやつらの相手なんぞしてられるか。さっさとつまみだせ」
「話を決めるには時期早々だと想いますがね」
部外者であるローブを纏った者はフードを外した。
はじめは何が起きているのか理解が追いついていない様子で、相手が誰なのかを正しく認識できてやっと腰を抜かしたようだ。
「あなたは……」
「悪いね。別に騙そうと思ったわけじゃないんだけどね。交渉人は私じゃ不十分かな」
「そんな、滅相もございません。ウォーロック様。しかしいくら、貴方様の頼みといえども、ランクゼロのものをランサーに挑戦させるわけには……」
「それは残念だ。是非彼とは一つ手合わせ願いたかったんだが」
「いまなんとおっしゃいましたかな?」
「私じゃ駄目なわけだろ?」
「そういった話であれば、多少の無理はききますが、本当によろしいのですか?当コロシアムのルールはご存知ですか?」
「勿論。ロストすると死ぬんだよね」
「本当によろしいのですか」
「くどいな。いいって言ってるじゃないか」
「しかし、そう言われましても、いくら王様といえども、手順を踏んでいただかないことには」
「つまり、雑魚を倒してランクを上げればいんだろ?」
「まぁそうですな」
「それでいい。準備をよろしく」
「かしこまりました。すぐに準備にとりかかります」
「それと条件があるんだ」
「なんでしょうか」
「方式はバトル・ロワイアルで頼むよ」
「それは、私の一任では」
「悪いけどね、時間がなくてね。これは助言だよ。嫌ならかまわない。この話は他に持っていく」
「そう簡単な話ではございませんので」
確かにそう簡単にはいかないだろう。
しかし、ウォーロックはこの部屋での会話をある男にライブで配信していた。
そしてその男はやはり上手く食いついた。
栄仁は言った。
「いいじゃないか。出してやれば。おもしろそうじゃないか」
支配人も厳しい見守り役も情報片になって消えていく。
部屋が転移を始める。
ガラス張りの窓からは高層からの美しい夜景が望めた。
品の良くそれでいて無骨で無機質な生活感のないデザイナーズマンションの一室だろうか。これはおそらく現実世界の風景だった。
「これが本物の王様ですか。お会いできて光栄です」
「こちらも光栄です」
「しかしまた。酔狂ですね。僕はてっきり、コズミックフロントは我々をよく思っていないと思っていたのでね。いわば目の上のたんこぶでしょう。僕達って。てっきり、甘いしるばかり吸っているから、分前をよこせとでも言いに来たのかと思っていたのですがね」
「そんなことはありませんよ。話題性を高めてもらって、むしろ助かっていますよ。それに、あなたたちのような小悪党の稼ぐはした金など、我々は興味はありませんよ。話題性があるので見過ごしてやっているにすぎません。その気になれば、いつでも潰せますからね」
「へぇ。それなら、なおさら興味がありますね。なぜ今日はこちらへ?」
「それについては、ある男に弱みを握られましてね。恫喝されているのです」
「なるほど。ますます面白い。今日のゲームでは是非生き残っていただいて、酒の一杯でも交わしたいものです」
「お断りしておきます。というか、これ以上、私があなたに会うこともないと思うので」
「それは残念です。それでは健闘を祈ります」




