錬金術師-アルケミスト
かつて隆盛を誇った、魔術都市は見る影もなく荒れ果てていた。
都市の魔力を支えていた世界樹も今は枯れかけていた。
崩壊した都市の中で、唯一無傷で残っている建物があった。
魔術塔。
その周囲を異形の魔物と血に飢えた戦士が徘徊する。
数はざっと見積もっても千はくだらない。
この軍勢に対し、反旗を翻そうとする者たちがいた。
その数30人余り。
人は言うだろう。無謀かつ無能であると。
しかし当の本人たちは、この期に及んでそれを楽しんでいるうに見えた。
まるで新しい玩具を与えられた子供のように。
銀鎧の戦士は言った。
「さぁ。はじめるか」
「それじゃ、オレからいかせてもらうよ」
俺とは大抵、男の一人称であったが、彼女は自分をそう呼んだ。
まさに男勝りで、彼女はまるで目の前の軍勢に1ミクロンの畏怖すら抱く様子もなく、駆け出した。
目の前には無数の異形が立ちはだかる。
「一匹目!」
立ちふさがった異形の腹に銀色の片手剣を突き立てる。会心を示す効果が表示され、異形の肉体が情報片となり、崩壊していく。
まだ崩れきれていない、異形の肉体を脆い硝子細工を砕くように、突き破る。握られた銀の片手剣は水銀のようにとろけたように変質し、すぐさま新たな形に変貌していく。
それはまたたく間に銀の長戦鎚となり彼女は一連の動作で無駄なくそれを振り下ろす。
砕け行く異形の背後に控えていた異形までも、まとめて頭上から一撃で塵芥に還元された。
「二匹目。」
絶え間なく攻撃は続く。
感情などもたないはずの異形はその瞬間まるで畏怖を覚えたかのように硬直した。異形が我に返り、彼女に襲いかかろうとしたとき、もう既に遅く、その体は無数に二対の銀の戦斧の連撃で切り刻まれていた。程なくして異形は塵となり砕け落ちる。
あまりの猛攻に、さらに後ろに控えていた異形が後ずさったところに、彼女は二対の銀の戦斧を投げつける。高速で回転する戦斧が異形に突き刺さり、間髪入れずにさらに無数の銀のナイフが投げられ突き刺さる。機関銃で撃たれたように異形は体を小刻みに揺らしたあと、文字通り情報片となり地面に崩れ落ちる。
彼女は首と拳を左右に鳴らすと言った。
「三匹目。――どんどん行こうか!今日は新記録が出そうだな」
彼女にとって、今までは、そしてもうしばらくは準備運動にすぎない。
固有職位《オリジナルクラス、》錬金術士。十三の極端に数えられる、その一人。
銀色の情報片を操り、変異させることにより、武器の種類に関係なく、時間差無しで無数の武器を操る事ができる。
しかし反面、あらゆる武器を扱うことができるだけの技量がなければ、その力の真価が発揮されない。あまつさえ器用貧乏にさえ、なりかねない。
その点で彼女は最大の有利がある。
なぜなら彼女が数少ないプロのゲーマーだということだ。
プロとアマチュアの最大の差は何か、それをここでは単純に安易だが才能という言葉で片付ける。常人がどれだけ努力しても及ばぬ境地に容易に届いてしまう無情なまでの力の差。それが才能だろう。
彼女がまず発揮したのが、全ての武器に対する異常なまでの適正の高さ。それゆえ高い確率で攻撃による会心の発生が伴う。
その次が類稀な反射神経の高さだ。あらゆるゲームにおいて最大限、求められる能力にして優劣を決める最大の要因。
どんなに鍛え抜かれた一流のスポーツ選手でも不意の事象に対する反応は0.2秒であるというデータに対し、この世界の中に限定すれば彼女は0.02秒で反応できるという。
つまり、あらゆる攻撃は彼女の反撃の対象となる。
高い適正による会心率。その上類稀なる反射神経の高さを兼ね備えた彼女にとって錬金術士の職位相与である時間差無しの武器換装はまさにうってつけだった。
「9、10っと」
涼しい顔をしたまま、流すように次々と異形を撃破していく。
異形の群れの中から一際でかいヤツが辺りをかき分け、ぬらりと現れた。
全長は尾まで含めれば10メートルに達する大百足のキメラだった。
頭部は人のモノであるのが異様だった。
そして無数の足は、地面を這う足と交互に大小様々な無数のエルフの剣が握られていた。それはまさに百刀流とでもいうようであった。
捉えられたエルフの成れの果てなのだろう。
それを見ても彼女は顔色一つ変えない。むしろ喜んでさえいるようだった。
大百足は巨体に似合わず素早く彼女目掛け地を這った。
彼女は軽々と身を翻し余裕をもってその攻撃を交わす。
大百足は攻撃をかわさされたが、すぐさま対象を別の戦士に変更し素早く巻き付くと同時に締め付けると、最早回避不能の無数の剣撃となり、いともたやすくバラバラに切り裂いてしまった。
彼女は言った。
「剣の数ならこっちも負けてないぜ。来いよ」
挑発を受けるように大百足は今一度、彼女に向かって恐ろしい勢いで向かっていった。
彼女は上空に手を翳すと得意げに唱えた。
「雨撃」
まるで大百足の頭上だけに雲がかかったように辺りが暗くなる。
そしてそれは訪れた。
風を切るような音が鳴り、大百足の周囲一体に上空から無数の銀の剣が降り注いだ。またたく間に大百足は無数の剣で串刺しにされた。その数はゆうに百を超え、その一瞬で大百足は絶命していた。
彼女はまるで当たり前かのように涼しい顔のまま言った。
「さぁ、じゃんじゃん行くよー」




