魔術王-ウォーロック
そこに剣士と魔術師が対峙していた。
古来よりあらゆる伝説、伝承において相対する存在であり、それは勿論、この世界でも例外ではない。
物理攻撃を得意とし、一定の物理防御力を誇るが、反面、魔法による属性攻撃に対しては有効な防御手段を持たない剣士。
魔法を駆使した遠距離からの攻撃を得意とし、反面、物理防御力はほぼ皆無に等しい魔術師。
その両者が対等な力でお互いに全力ぶつかりあったとすれば、お互いに一度でも相手の攻撃を受ければそれは致命傷を免れない。
互いの攻撃が互いの弱点でもあった。
両者の間に会話はなくなり、そこに存在のは濃霧のような深い緊張感。
その沈黙を破ったのは銀鎧の剣士だった。
狙いを澄ました一撃だった。
魔力そのものはどんな戦士にも備わっている。
しかしその総量と本人が扱える量には個人差があり、適正が異なる。
初期の剣士の魔力に対する適正は低い。
しかしそれは経験から得た業の成長のさせ方によって補い、形を変え、スキルとして発現させることができる。
よって、適正は覆すことができる。
肉体の強度の高い剣士は自らの肉体に魔力を流しそれを増幅させるスキルとの相性がいい。
強化とよばれる類のスキルがそれに当たる。
銀鎧の剣士の周囲を紅いの力が覆う。
足元のタイルが炸裂し、銀鎧の剣士は一瞬で間合いを詰めた。
剣尖が振るわれた瞬間、空間が切り裂かれたように歪んだ。
確かに気配は捉えていたはずだった。
しかしそこに魔術師の姿は無く、あるのは濃い力の揺らぎだけだった。
その力の揺らぎだけでも、そこに今まで、魔術師がいたことはあきらかだった。
そして声は剣士の後方から聞こえてきた。
「悪くないね。少しは楽しめそうかな?」
銀鎧の剣士はすかさず、両足の力を開放し、間合いを詰める。そして剣撃を放つ。
しかし、やはり、そこに手応えはない。
魔術師は銀鎧の剣士の数歩先で、微笑を浮かべている。
それは決して、剣士が間合いの目測を誤ったわけではない。
確かに、魔術師は先程まで、そこにいたはずだった。
並の魔術師であれば既に勝負は終えていたかもしれない。しかしこの剣士が対峙しているのは並の魔術師、等というモノとはまるで異なる存在。
剣士がいま対峙しているのは、紛れも無い、魔術王であることを自分自身の身を持って、体感していた。
剣士は、呪われた黒い剣を構え、意識を集中する。
足だけでなく全身に強化を施した。
そして剣撃を放つ。
何度も繰り返し、狙いすまし、放ち続ける。
周囲一体の空間が切り裂かれ歪んでいくようだった。
それでも尚、未だ一撃として剣撃があたることはなく、ただ虚しく空を、風を切るだけだった。
銀鎧の剣士の斬撃は、充分に速かった。
剣士の剣撃があたらないのは理由がある。
それは簡単なことで、魔術王が速過ぎるからにすぎない。
それは、KOGの開催宣言時、魔術王が多くの観衆の前で見せた、瞬間転移と同様のモノ。
肉体に魔力を流し、強化し加速させるという現象とはまるで異なる別のモノ。
転移と呼ばれる類の魔術。
圧倒的な魔力で空間と空間を歪め、つなぎあわせ、文字通り、転移してしまう。その移動可能範囲はおよそ不明。
また使用が可能な戦士も、いまだ確認されているのはこの魔術王ただ一人。
ただし、この魔術が魔術王ただ一人が使える程の、希少な魔術であれば、その使用に必要な魔力は特別故に膨大となる。強化という持続性の強いスキルに対抗して使うには術者が消耗しすぎてしまうことは明らかだった。
しかし、それでも魔術王は回避の手段として転移を選ぶ。
それは自分が相手に対して各上であることを、力の誇示するための、つまらない思考からくるものでは無かった。ただ、それが魔術王にとって、丁度、都合のいい技だった。
その程度の消耗は、魔術王にとって、気にとめる必要のないほどの出来事という意味だった。
また、魔術王が剣士の剣撃を見切ることができるのには、もう一つ理由がある。
魔術王が他に優れた高位の魔眼を持っていることの証だった。
如何に優れた、転移が使えたとしても、対象の攻撃に反応ができなければ意味が無い。
魔術王の持つ魔眼は対象の情報を解析することにより、初動から行動予測が可能。
よって、このまま、幾千、幾万の剣撃が振るわれても、それが魔術王に届くことはありえなかった。
しかし、銀鎧の剣士の剣撃は今、確かに魔術王に迫っている。
ただしそれは、魔術王の周囲に発現した魔術防壁によって阻まれていた。
だがそれがこの者の闘志に火をつけた。
魔術王に、先ほどまで浮かべていた、退屈そうな表情に一点の微笑みが生まれた。




