最強と謳われる者-Fortissimo
未だに、それが現実の出来事であることが信じられなかった。
彼は当然、自らの任務を全うしようと、腰に刺した剣を抜こうとしたが、いざ実際に危機に直面すると手元がおぼつかない。
刀身が鞘から現れた、その頃には既に、上半身と下半身が分断されていた。
情報辺となって、砕け、散り、消えいく意識の中で、たった一人の、無謀にして勇敢な侵入者の背を見送った。
彼は敵でありながらも、その勇姿に感服し、そして消滅した。
目前に現れる、敵を正確に、そして着実に、殲滅していく。
両手にダガーを逆手に構え、必要最低限の動きでのみ、対応し敵を切り裂いていく。
左のダガーで、攻撃をいなし、すかさず右のダガーで止めを刺す。
本来はダガーは、彼の好む武器では、なかった。
しかし、狭い屋内での乱戦が想定される以上、最短で最速に敵の急所を狙え、すぐに次の攻撃に対応できる武器が求められた。
時には敵の骸を盾にして攻撃を防ぐ。
ダガーの刃が消耗すれば敵の装備を奪い使用する。
敵は無数に現れ続けた。
現れるたびに切り伏せていく。
無慈悲な連撃は、もはや芸術の粋に達していた。
あたりは、青白く光る、朽ちた骸の情報辺で溢れていく。
連鎖報撃。
連続で、一定時間以内に対象を破壊すると、その都度、攻撃の威力が増加していく能力。
この戦闘のためだけに彼が取得した能力だった。
彼は、倒すたびに、強くなる。
紅の力が彼の体を包み、彼の斬撃を、より速く、より強くする。
やがて、ついには静けさだけが残った。
彼は、ひとしきり周囲を見回し、安全が確保されたことを確認し、構えを解いた。
あたりは、骸でできた一面の情報辺で彩られていた。
その時、彼は自分の真後ろに何かがいるのに気がついた。
いや、正確には気が付かされた。
それは振り返らなくても、認識できるほどの、存在感。
まるで、背筋を巨大な化物のザラザラとした舌で舐められるかのような、嫌悪を伴う圧迫感。
聞こえてきたのは、拍手だった。
単調で、ゆっくりとした、格上のものが、相手を見下す、そんな拍手だった。
確かに、先ほど自分の目で、敵がいないことを確認したはずだった。
振り返ると、そこには些か悪趣味な玉座があり、一人の男が足を組み、深く腰かけていた。
それは、おそらく、このゲームをする者で知らぬ者のいない男。
紫の緩い長髪。整った甘いマスク。
存在するだけで、他を威圧するほどの力。
KOG主催者にして、この世界の、人間界に君臨する現在の王。
魔術王。
彼が知る限り、おそらく最強の男がそこにいた。
荘厳にして絢爛、王都グレセアの中央に聳え立ち、幾多の戦士の羨望の場所。
天を穿つ巨城。
ここは、その深部、謁見の間。
魔術王は言った。
「ようこそ。歓迎するよ。ここに来たのは、これまでで。君で二人目だ。――残念ながら、一人目はもうこの世界に存在しないのだけれどね」
明るく気品のある声だった。しかし、どこか冷酷さが見え隠れする。
銀鎧の剣士は、敵から奪った二本の不揃いの剣を捨てると、格納から装備を呼び出す。
虚空から情報辺が収束し、展開していく。
それはやがて、一本の剣となって現界した。
呪剣黒王。
使用者を呪い、力で魅了する剣。
かつて、ある女剣士が使った剣だった。
銀鎧の剣士は、静かに剣を抜いた。




