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襲撃-Raid

 それは唐突に始まった。

 野営地の真中から、轟音が轟き、同時に熱風と衝撃が伝わってきた。

 夜空を赤く染めた。

 すぐに、そこにいた誰もが気がついた。

 敵が来たのだと。

 しかし、同時に理解ができないことがあった。

 敵は何故この場所を知っているのか。

 その答えが出るのを待たずに、次の攻撃が始まった。

 一筋の閃光が野営地に向けて放たれる。

 それはまるで流星のようだった。

 しかし、その閃光は流星のような、万人の願いを叶えるような幸福とは真逆の、絶望を与えるような存在だった。

 閃光の着弾地点に稲妻が轟く。

 爆炎が上がる。

 肌が焦げるような熱が伝わってくる。

 ある者は思った。

 これは神の怒りなのだと。

 500m程離れた小高い鉄製の塔の上から満足気にその光景を眺める者の姿があった。

「お見事です。さすが魔弓。その名が伊達ではないことを確かに見届けました」

「失礼だなぁ、君は。俺がただの顔がいいだけの大飯ぐらいとでも思っていたのかい?」

「ええ。まあ」

 神官護衛団アルブ・ラスールの一人、魔弓の射手ルノー・バルトロマイとその配下の姿があった。

 ルノーはもう一度、弓を番えると狙いを絞っていく。

 照準はダークエルフの部隊が放棄していった魔導機械ゴーレムに定める。

 弓に凄まじい量のアウラが迸る。

 あまりに凝縮されたそのアウラは、まだ放たれていないにもかかわらず、周囲の壁面を破壊するほどの濃度だった。

 ルノーは言う。

「やはり戦は劣勢でこそ燃える。花は散る瞬間にこそ、最高の華を飾る。そうは思わないかい?」

「理解しかねます。ただあなたの戦術的価値にはアールブも賞賛するでしょう。存分に働いてくださいませ」

「では、御言葉に甘えよう」

 矢が放たれる。

 それは絶望の流星となって空を翔ける。

 着弾地点とは別の、地点でも別の火の手が上がった。

 ルノーは不敵な微笑を浮かべると言った。

「困るなぁ。旋律ハーモニーが崩れるんだよ。彼がいるとさぁ」

 その意味合いは嫌味であっても、彼の表情はどこか歓迎しているようですらあった。

 その者、肉体からだは獅子のような巨躯であり、その丈夫さは矢を弾き、剣は刃が欠ける。振るった拳は鋼よりも固く、打ちつけられた大地はいとも容易く砕ける。

 それが魔物の姿をしていればまだ納得もいく。

 しかし、それは、かろうじて人の形をしている。

 人の形をした、厄災。

 神官護衛団アルブ・ラスールの一人、ドワーフの傭兵ザウム・イスカリオテだった。

 恐怖を押し殺し、戦いに臨まんと群がるエルフを無情なまでの圧倒的な暴力でそれをねじ伏せる。

 やがて、相対する兵士は戦う意思を失い、ただ逃げ惑う。

 それは当然の心理だった。

 どんな勇敢で武勇に優れた兵士であっても、災害を治めることはできないからだ。

 逃げる兵士を見れば見るほど、ザウムは怒りに染まる。

 なんと、情けない光景であるか。なんと退屈な戦場であるのか、と。

 逃げ惑う、兵士の目前に忽然と壁が現れる。

 兵士は先程まで、そこにあるはずのなかった壁の出現に困惑する。

 そしてそれが、敵の一部であることを、その体が圧縮され、破壊されてやっと気がつくことができた。

 ある者は無数の大蛇がいるのだと思った。

 またある者は龍が来たのだと悟った。

 しかし、そのどちらも誤りだった。

 次々にそれは兵士を狩り取っていく。

 巻きつき、食いちぎり、叩き潰す。

 溢れるような、憎しみが伴っていた。

 それは大蛇でも龍でもない。

 この土地の繁栄の象徴。

 神木ユグドラシルの根だった。

 そして、それを従えるのは神官護衛団アルブ・ラスールの一人、裏切りのエルフ、シモーネ・アルファイだった。

 彼女は自らの命令で、死んでいくエルフの兵士たちに侮蔑の視線を送る。

 そして言った。

「行くがいい。この者たちに、絶望と滅亡を与えなさい」

 闇にまぎれて、有象無象の化物が現れる。

 既に戦う意思を失ったエルフ達を蹂躙していく。

 苦し紛れに放った矢も、振るった剣も、この者達では死に至らない。

 この者たちはかつての同胞。

 かつての肉親。

 エルフを媒介とした合成獣キメラだった。

 ダークエルフは、まだ未完全である合成獣キメラを最前線に送り出した。

 その総力を駆使し、ダークエルフは敵に報復する。

 自らの都市諸共焼き払い、破壊した。

 残ったのは無残に焼け残った戦士の骸だけだった。

 弓撃士アーチャーはその一部始終を淡々と、目前の銀鎧の剣士プレイヤーに語った。

 剣士プレイヤーは黙って、ただそれを聞いていた。

 剣士プレイヤーは言った。

 質問に答えろ、と。

 その質問は「何が起きたのか教えてくれ」という至極、普通のものだった。

 剣士プレイヤーは言った。

「俺の武器は、その死んでいった戦士達から借りた物だ。だからといって、そのかたきをとってやろうというつもりもないが、このまま終わるつもりもない」

「戦うつもり?」

 銀鎧の剣士は沈黙をもって答えとした。

 弓撃士アーチャーは言った。

「話には続きがあるわ。その襲撃の後、クエストボードに一つの依頼が公開されたの。依頼者の名は神官セオドルフ」

 これまでの通常のクエストにおいても、NPCノンプレイヤーキャラクターがクエストの依頼をすることは珍しくはなかった。

 弓撃士アーチャーは続けて言った。

「依頼の内容はこうよ。我らダークエルフに贖す愚かなエルフに敗北を。この戦争の功労者には報酬として一千万円を支払う。

 襲撃によって相当数の被害がエルフに出たわ。

 でもまだ彼らは戦う意思をもっていた。

 でも、敵はこの戦争の仕上げに、KOGの賞金と同様の報酬をぶつけてきた。思惑どおり、圧倒数の人間の戦士プレイヤーがダークエルフ側についた。

 無理もないわ。この馬鹿げた終わりの見えないゲームで勝ち残るよりも、エルフを滅ぼすほうが、ずっと楽だものね」

 銀鎧の剣士は言った。

「何故アンタは、あっち側につかない」

「私は私の信条に従うの。たとえこの世界の他の誰もが敵になったとしても信条に従い、戦い続けるわ。気に食わないのよ。やり口が」

 銀鎧の剣士はしばらく黙ってから一つの提案をした。

「それなら、しばらく手を組まないか」

 弓撃士アーチャーは得意気に微笑むと言った。

「条件によるわ」


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