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毒使‐メデューサ

 それは至って簡単だった。

 地に突き立てられた剣にアウラを帯びさせ、それを時限式で発動させる偽装トリックだった。

 となれば、自然と敵は一体ということになる。複数であればこんな子供騙しは必要がないからだ。

 であれば怖れるには足りない。

 毒使ポイズナーは思った。怖れるだと?今、私は一瞬でも敵を怖れたのか?

 自分が《合成獣》キメラとして生まれ変わってから、一度として感じたことのない感情だった。

 毒使ポイズナーから、怖れは消え今はむしろ強い憤りを覚えていた。

 こんな小手先の技で自分を一瞬でも翻弄させたこと、必ず後悔させてやろう。

 まず、《合成獣》キメラとなってから得た特殊な麻痺毒パラライズで相手の体の自由を奪う。

 そしてその後で、もう一つの能力、死毒デッドリィ・ポイズンでゆっくりと体力を奪う。そして命乞いをさせる。相手が懇願したら、解毒薬と偽って回復薬を飲ましてやる。そして告げてやる。解毒薬などないと。そうして恐怖のどん底の中、泣き、叫ぶ姿をゆっくりと拝ませてもらおう。

 その時だった。

 周囲の無数のアウラの中から一つに動きがあった。

 毒使ポイズナーは、しめたといわんばかりに爆発的な俊発力でその反応に向かって飛び出した。

 毒使ポイズナーにはおよそ足と言うべき物がない。ぬらぬらと奇妙に光る緑の鱗に覆われた長い尾からは強靭な俊発力が生まれ、その移動速度は、速度重視スピードタイプ戦士プレイヤーに匹敵する程だった。

 しかし動きをみせたアウラの所有者の速度もまた異常だった。

 その速度は毒使ポイズナーの移動速度ですら上回り、一瞬で毒使ポイズナーに到達した。

 毒使ポイズナーは不意をつかれ、生じた右肩の軽い痛みに気がつくのが遅れた。そこには鋭利なエルフの使う短剣が突き刺さっていた。

 動きをみせたアウラの正体は、投げ放たれた短剣だった。

 毒使ポイズナーはその長い尾で、肩に刺さった短剣を叩き払った。毒使ポイズナーは牙が軋むほどに食いしばり怒りを露わにした。アウラの動きが罠であったこと、不意をつかれ攻撃を受けてしまったこと、そのどちらも彼女ポイズナー自尊心プライドを酷く傷つけたが、最も彼女ポイズナーが怒りを感じたのは、この短剣に毒が塗ってあったことだった。

 投げられた短剣は攻撃のための一撃ではない。

 敵は自分が毒を使うことを既に知っていて、さらにそのことを誇示アピールする、そのためだけに短剣を放ったに違いなかった。つまりこれは侮辱。

 毒使ポイズナーは怒りで我を失い雄叫びをあげた。それは女の断末魔の叫び声のように甲高く、気味の悪いものだった。

 戦場フィールドの残骸に姿を隠すのはとうにやめた。

 毒使ポイズナーの全身がやっと露わになる。緑の鱗は光を浴びて翠玉エメラルドの如く輝きを見せる。長い尾で体を持ち上げるとその体高はゆうに二メートルを超える。下半身に足は無く、上半身には人間同様の二本の腕があり、その片腕ずつに、奇妙な形の片手剣を携えている。二刀使いであることが窺えた。頭部は美しい人間の女の形はしているが、美の象徴でもある美しい毛髪の代わりにおびただしい量の蛇が生えていた。その姿はまるでギリシャ神話の化物メデューサを彷彿とさせた。

 毒使ポイズナーの二つの鋭い琥珀のような眼球は、まさに得物を見据える蛇の如く、瞳孔が縦に細長く開かれる。その瞳が捉えているのは、眼下で何一つ怖れを抱かず、戦士ぜんとして仁王立ちする銀鎧のプレイヤーだった。

 毒使ポイズナーは得物を前にして、溢れ出そうになる涎を堪える。今はこの目前の戦士プレイヤーの体の自由を奪うことこそが先決だった。

 戦士プレイヤーをめがけて、麻痺毒パラライズが塗られた右の片手剣、蛇雅サーペントを振り上げた。

 その時、毒使ポイズナーの左胸を鎧、諸共、一本の矢が射ぬいた。矢は毒使ポイズナーの体を貫通し大地に突き刺さった。

 矢は未だに赤い攻撃色のアウラを纏っていた。溢れ出る激しいアウラほとばしる赤い稲妻となり未だ帯電していた。

 銀鎧の戦士プレイヤー毒使ポイズナーが胸を穿たれ怯んだ一瞬の隙を見逃さなかった。

 右足にアウラを纏い一蹴りすると、銀鎧の戦士プレイヤー毒使ポイズナーの胸まで跳躍した。そして、あいている手で、胸倉をつかみ自分の体を固定すると、横薙ぎの一撃をもってして、毒使ポイズナーの首を撥ね飛ばした。

 毒使ポイズナーは自分の身に起きたことを理解する頃には、天と地が逆転していた。

 銀鎧の戦士プレイヤーはゆっくりと沈んでいく毒使ポイズナーの巨躯から飛退くと、身軽に転がるように受け身をとって着地をした。そしてすかさず、毒使ポイズナーに向けて剣を構えた。

 弓撃士アーチャーは必要であれば次の一撃を放つため、もう一本の矢をつがえ、毒使ポイズナーに向けて構えていた。矢を中心にして無数の大小の魔法陣が発動する。矢に追加威力を付加していく。瞳の中で魔眼イヴィル・アイが風向きと風速、さらに威力ダメージ計算カリキュレイトされていく。彼女アーチャーの弓は構えた時間が長い程、威力が増加する。

 溢れたアウラが風となり彼女をなぞる。

 やがてその必要が無いことを悟り、弓をおろした。

 激しくたぎっていたアウラが集束していく。

 毒使ポイズナーの体はアウラが魔獣の血が暴走し、肉体を再生させようとうごめき始めていた。

 銀鎧の戦士プレイヤーは至って落ち着いていた。まるで過去にも同じことを経験したことがあるようでもあった。

 銀鎧の戦士プレイヤー思考画面ウインドウを呼び出すと、倉庫ストレージから無数の剣を物質化し、それを次々に毒使ポイズナーの体に突き立てていく。

 無論、地面に転がった毒使ポイズナーの頭部にも剣を突き立てた。

 剣が突き立てられた瞬間、頭部の蛇が激しくもがいた。蛇のそれが収まった。

頃には、銀鎧の戦士プレイヤーの姿はそこにはなく、塔の長い階段を上っていた。 

 銀鎧の戦士プレイヤー弓撃士アーチャーのいるフロアに上がる。

 しかしそこに、人影はない。辺りを見回しても見つけることは出来なかった。

 銀鎧の戦士プレイヤーはかすかなアウラのゆらぎを感じ取り、振り返ろうとした。

 すると弓撃士アーチャーは言った。

「振り返らないで」

 弓撃士アーチャーはこう考えていた。魔眼イヴィル・アイを持つ弓撃士アーチャーには、無数に現れた、アウラの正体が、アウラを帯びた、無数の剣であることは見ればわかった。さらにそれが、ある一点を中心に全てを把握できるように配置されているようにも思えた。

 つまり毒使ポイズナーアウラの正体を探ろうとすれば、その姿が把握されるように仕組まれていた。

 さらに姿を現わせば、それを弓撃士アーチャーである自分が狙撃することまで織り込んでいたようにさえ思える。

 策士と、表現することもできた。しかし弓撃士アーチャーにはこう感じられた。

 こいつは「狡猾」だ。

 この相手が、もしも味方であったのであれば、頼もしいだろう。

 しかし、もしもこの相手が、敵であったとしたならば、それは確実に始末する必要がある。

 銀鎧の戦士プレイヤーは、溜息をついた。

 彼は黙ったまま、彼女の忠告を無視して、振り返ろうとした。弓撃士アーチャーは慌てつつも、あくまで冷静を装って言った。

「聞こえなかったの?振り返らないで」

 銀鎧の戦士プレイヤーは諦めたように、振り返ろうとするのをやめた。

そして言った。

「質問してもいいか?」

「駄目。質問はこっちがする」

 銀鎧の戦士プレイヤーはもう一度、小さく溜息をついた。そして先程の命令がまるできこえなかったかのように続けて言った。

「もし俺が敵だとしたら」

「ちょっと。聞いてなかったの?」

 弓撃士アーチャーは弓を強く引く。弦がしなる音が響く。

 銀鎧の戦士プレイヤーは右手を懐に入れ、左手で腰の剣をゆっくりと外すと床に向けて捨てた。

 その瞬間、それはもう始まっていた。

 剣が床に着く直前、銀鎧の戦士プレイヤーは既に振り返り、右手に握った短剣を弓撃士アーチャーに投げ放っていた。

 放たれた短剣は弓撃士アーチャーの構えていた弓の弦を切断する。

 弓撃士アーチャーは慌てて、腰の短剣に手をかざすが、既に遅かった。

 アウラを足に纏った銀鎧の戦士プレイヤーは既に移動を終え、弓撃士アーチャーの背後から、ナイフを喉元に突きつけていた。空いた方の腕で弓撃士アーチャーの短剣を握る手を制していた。

 銀鎧の戦士プレイヤーは言った。

「わざわざ、こんな面倒なことをせずに、あんたを見棄てて、ここを去ればいい。だがそうしなかっただろ」

 銀鎧の戦士プレイヤーは突きつけたナイフをしまい。弓撃士アーチャーの拘束を解いた。そして言った。

「質問に答えてほしい」

 弓撃士アーチャーは振り返ると、抵抗するすべがないことを理解し、観念した様子で言った。

「質問によるわ」


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