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弓を穿つ者-アーチャー

 彼女は、灰色の乾いた空を見ながら、ゆっくりと忍び寄る、死神の足音を聞いていた。

 風を引き裂く弦の音とともに、一本の矢が放たれる。

 それは、遥か遠くの虫ほどの人影を射ぬく。

 敵はその呆れるほどの腕前に畏怖を交えつつ古い塔の上部を睥睨する。

 彼女は周囲の見離しのよい、塔にいた。

 向かってくる敵を迎撃するにはもってこいの場所だった。

 この状況は彼女の独壇場であるかに思えた。

 何せ彼女は、狙った獲物を射抜くことにかけては、他に類を見ないほどの才能を持っていた。

 しかし、どんな天才的な弓撃士アーチャーであっても、その腕前が神の加護でも受けたかのような逸品であったとしても、弓を射続ければ、何れ矢が尽きてしまうことは、敵もまた知っていた。

 その運命セオリーに関しては彼女も、勿論理解していた。

 しかし、彼女はそうせざるをえなかった。なぜなら傍らには傷ついた仲間を引き連れていたからだ。

 今日合ったばかりの仲間ではあった。

 自分の命を賭してまで、助けてやるほどの義理は無いはずだった。しかし、だからといって、それを見棄てて逃げるだけの冷酷さを彼女は持ち合わせていなかった。

 その仲間も先刻の戦闘で敵の放った一撃に仕込まれた毒に体を蝕まれていた。それも先程までの話だ。今はもうすでに一足早く黄泉へと旅立った。

 当然解毒薬はもっていたし、それを使ってはみたものの、その毒が未知の特殊な毒であったために、解毒効果が得られなかった。

 彼女は結果として、自らの足で地獄の淵に足を踏み入れることとなった。

 塔の外の敵を確認する。

 彼女の瞳に魔法陣が浮かび上がる。

 彼女の瞳は外の光景を特殊なフィルターを通して見ていた。

 それはまるで、熱感知器サーモセンサーのような役割をしていた。

 瞳に映る戦場フィールドに生じているアウラの揺らぎを色の濃淡で表示していた。

 飛び道具を使う者が好んで、習得するスキル魔眼イヴィル・アイだった。

 塔を囲む敵はざっと見積もっても、軽く十はいるだろう。

 彼女は深い溜息をつくと残りの矢の残数を確認した。

 残りの矢は既に2本だった。

 それに対して敵の数はおよそ10。

 誰が見ても絶望的な数字の差だった。

 そして、彼女の仲間の命を奪った、毒使ポイズナーもまたどこかに潜んでいるはずだった。

 塔の周囲には崩壊した建物の残骸が無数にあり、敵が身を顰めるには十分だった。

 幸い、まだ、敵との距離は充分で彼女からは狙えても、敵からの攻撃は届かない。その有利アドバンテージも時期に失われる。

 敵はじりじりとその距離を詰めてきていた。

 その距離はまるで彼女の命の距離だった。

 彼女は首から下げた十字架に手をあてると、祈りを捧げる。

 そして深く息を吸った。

 百発百中の弓の腕を持つ彼女が、何を願う必要があるのだろうかと人は思うだろう。

 しかし矢が当たるのは、日々の鍛錬の賜物であって、矢は勝手に当たってはくれない。

 結局のところ、彼女ような優れた弓撃士アーチャーであっても、その必中を神の御心に委ねることしかできない。

 まだ、あどけなさの残る、幼さが混じる美しい顔つきに、くっと力が入る。

 その表情は狩人ハンターのそれとなる。

 壁の隙間から外を除く。

 残骸の影から、隙あらば移動しようと目論んでいる敵に標的を絞る。

 じっくりと弓をつがえる。

 その時だった。

 狙いを定めた敵が力無く地に転がるように倒れた。

 それは彼女が意図したことでなかった。

 なぜなら、まだ矢は、手の中に握られていたからだ。

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