魔導反射炉-マジックジャマー
魔術塔内部。
デルバートとシュライバーは階段を下りると、そこで不思議な光景を目の当たりにしていた。
部屋は神殿のような構造になっており、足が浸かる程度の水が敷かれていた。中央には花の色が紫色の桜の木に似た妙な木が一本、生えている。
その木の様子をよく観察してやっとその木から発せられる、異質さの原因を理解した。木の幹の中央には一人のエルフの少女が木と一体化するように取り込まれていた。キメラという知識がなければ、この少女が精巧な木の彫刻であると言われれば信じてしまうかもしれない。
シュライバは言った。
「この木が魔導反射炉なのか?」
デルバートは静かに頷いた。
シュライバは剣をデルバートの喉に突きつけると言った。
「俺は魔法が使えない。だから命令する。この木に干渉して反射炉の向きを反転させろ。言うとおりにやらなければお前を殺す」
デルバートは突きつけられた刃を力無くどけた。
「人間よ。言っただろ。気遣いは無用だと。そんなお膳立てがなくても、俺は、もう、同族を裏切る腹は決まっているさ」
デルバートは木に埋め込まれたエルフの少女の頬を撫でながら消え入るような声で言った。
「すまない」
シュライバの胸に抱える疑問が深く突き刺さる。こいつらは一体なんなんだ。
俺がやっていることは正しいのか?
デルバートは呟くように言った。
「人間よ。俺は誰を憎しみ恨めばいいんだろう」
「さぁな。それは自分で決めろ」
「そうだな」
デルバートが魔導反射炉に干渉する。反射炉の向きが反転する。
街、一帯を目視することのできない無色の力が波紋のように伝っていく。
街中の明かりが消える。車が電車が止まり、浮遊施設がゆっくりとした速度で落下を始める。魔導二輪もまた落下していく。魔導機械も力無く機能が停止する。
街が、停止する。
ダークエルフの兵士たちは自分たちの手から魔弾が放たれなくなったことを不思議そうに眺めている。
支配者の意思が伝達しなくなった植物の触手もまた、力なく地面に倒れていく。
防戦一方だったエルフたちは、困惑しながらも周囲の状況を把握し、自分達に千載一遇の好機が訪れたことを知る。
エルフの兵士達は武器をとると一斉にダークエルフ達に刃を向ける。魔力に頼り切ってきたダークエルフ達は、魔法を封じられた今、物理的な攻撃を防ぐ手段を持ち合わせていない。
形勢逆転だった。
一方的な攻撃が始まった。
エルフたちは積年の恨みをはらすかのようにダークエルフたちに刃を向ける。
多くの血が流れた。
中には命乞いをするダークエルフもいた。しかし、エルフたちの怒りは収まらなかった。
地上からも続々とエルフの援軍が到着しつつあった。
戦うすべを持たないダークエルフたちは戦いを放棄し、戦線を離脱し始めた。
神官はその全ての様子を礼拝堂の魔導鏡で眺めていた。彼は怒りに震えていた。
「何をやっておる。人間はおろか、たかだか卑しきエルフ如きに敗走するなど、何たる無様さか。アーブルに顔向けできんわい」
「神官様。申し上げます」
「なんだ」
「都市の第一から第三区画をエルフに奪われました」
神官は報告する軍人の頭を掴むと持ちあげ、睨みつけた。その表情は怒り狂い、瞳の色が濁って行く。彼の皮膚の下で、彼の感情に呼応するように、何か不気味な物が蠢いているように見える。血管が異常なまでに脈打っている。
「ええい。なんとかせい」
「しかし、我々の装備はほぼ全て魔法制御でして……」
「なんだと。なぜ物理兵器がない?」
「それは……神官様のご命令で、全て魔法制御の武器に切り替えるようにとのことでしたので」
「なに!?貴様、この惨状は我のせいだと申すか」
「いえ!そのようなことはございません」
「デルバートはどうしたのだ。エルフ最強の剣士は。なんのためにやつを雇っていると思っている」
「それが、もうしばらく前から、捕えた人間と共に姿を消してしまいまして」
「おのれ、あの男。まさか計ったな。ただでは済まさぬ」
「異常事態発生。神官様!大変恐縮ながら申し上げます」
「今度は何だと言うんだ」
「魔妨炉が反転したことで、街を覆っていた霞の結界が失われました」
「なんだと……」
エルフの少女は問う。
「ママ、どうしてお外に出ちゃいけないの?」
「今は駄目よ。怖い化け物が外に来ているの。だから、ここにいなくてはならないの」
霞の結界を失った街の周囲を次から次へと現れる魔物が周囲一帯を覆っていた。
魔物は街を覆う塀を破壊し、乗り越え、踏みにじり、容易に下層の街へと侵入を始めていた。
魔物は腹を空かせ、涎を垂らし、得物を探し、街を闊歩する。
唯一戦える戦士達や、男たちは皆、戦へと行ってしまった。下層は最早、全くの防御手段を持っていなかった。




