誇‐アルフヘイム
決して数は多くない。それでも彼らには戦う理由があった。逃げられない理由があった。守るべき家族のために。失った祖国のために。失った誇りのために。
男たちは、おう、と相槌をうった。そして武器を構えた。
エルフの市民兵は無謀にも一斉に取り囲んでいるダークエルフの軍勢に向かって突撃を開始した。
ダークエルフもまた攻撃を開始する。無情なる無数の色とりどりの魔弾が虚空を穿つ。エルフは雄叫びをあげながら幾百もの魔弾をその身で受ける。ユミルの詠唱で耐久力が上がっているとはいえ、一方的な攻撃をいつまでも食い止められるほどの効力はない。
ランド兵長は言った。
「御逃げください。ローレイラ様。ここは我々がくいとめます。あなただけは絶対に守らねばならない。あなたがいればエルフはまた何度でも立ち上がれる。あなたこそが希望なんです」
「ランドさん!」
ユミルはエレベーターを反転させようとするが、ダークエルフの魔力介入により固定され、下降ができない。
「そんな……このままじゃ、皆……どうすれば」
防御力を強化されたエルフの兵士は必至に攻撃に耐えた。
ダークエルフ達は、その屈強さに手をこまねいていた。
そんな様子を遠くから退屈そうに横になって眺めているダークエルフの兵士が一人。彼は欠伸をした。
そんな彼に部下である兵は言った。
「何故、戦陣に加わらないのですか?武勲をあげる絶好のチャンスではないですか」
「武勲ねぇ。男の価値はさァ。勲章の数で決まるのかい?」
「それは……どうでしょうか」
「彼らを見ろよ。あれは紛れもない真の男の姿だろ。アーブルだって賞讚するさ」
「そのような戯れごと、他の者に聞かれでもしたら、事ですよ」
「かまわないよ。俺は酔狂だから。こんないい場面で、俺のような者が手を加えたら、せっかくの舞台が台無しじゃないか。俺にはそんな無粋なことできないね。そんなことよりも、この舞台がより一層面白くなるような、興のある奴か、綺麗なおネェさんがきたら教えてよ」
「全く。神衛師団が一人、魔弓のルノー・バルトロマイの名が泣いていますよ」
「泣くのは女神であって、俺じゃァないさ」
兵士は溜息をついた。
戦況を覗いている者は彼らの他にもいた。
「何をやっている。引きなさい。私が出る」
神衛師団の一人。シモーネ・アルファイ。ダークエルフ側の兵士でありながら彼女の肌は白かった。彼女はエルフの少女だった。体は華奢で、軍服がまるで冗談のようだった。
シモーネは他の兵の合間を縫って戦況のど真ん中に現れた。そして屈みこむと、大地に手を添え、目をつぶる。
地面が揺れ始める。ただならぬ揺れに誰もが異変に気が付く。
シモーネ・アルファイの姿に気が付いたダークエルフの兵士達は表情から血の気が引いていく。そして、慌てふためき、その場所から走り去って行く。
揺れは大きさを増していく。立っているのがやっとといった程の大きさだった。
やがてコンクリートで舗装された路面にひびが入った。
コンクリートが砕け、そこから緑色のうねる触手のような物が無数に現れる。
それが急成長する植物であると気が付いた者は少ない。それは多くの者にとって、対象を捕食する触手の化物でしかなかったからだ。
触手の先端には円形に牙の並んだ口のような物が備わっていた。
戦場でダークエルフの攻撃を耐えていたエルフ達を端から容赦なく、触手の化物が襲っていく。
巻き取られ、払われ、叩き潰される。
触手は敵味方、見境なく襲った。
戦場を断末魔の叫びと、残悔の念が渦巻いていた。
エルフの兵士は目に見えてに数を減らしていった。
ただ護ることしかできない彼らになすすべはなかった。
ユミルは目の前で、仲間たちが倒されていく中で、自分にはどうすることもできず、ただただもどかしさで胸が苦しかった。
最早これは戦闘ではなく一方的な虐殺に近かった。




