英剣-アルブヘイム
デルバートの表情は落ち着いていた。
被験体03号改は4本の鎌を使い、目の前の男を斬り裂くために自在に操りだした。その様は最早、剣術と言うには異質であり、調子の異なる機械の刃とでもいうべきだろうか。
デルバートは自在な四連撃を三連撃まで英剣ナーセルの刀身で受け、四撃目が自らの反応速度を越えていることを悟り、大きく飛びのき間合いを取った。
被験体03号改は嗤っていた。ただただ、嗤っていた。自分が何故、嗤っているのか理解はしていなかった。
被験体03号改は目前の得物を八つ裂きにするべく再び、鎌を振りながら間合いを詰めていく。
デルバートはもう一度剣を構え、剣を交わすつもりだった。
しかし、その意識とは裏腹に、全身から力が抜けていく。かろうじて、剣をついて体勢を保とうとする。
(不覚だった)
毒がまわっていた。
先程かわしきれなかった、尾による攻撃。先端の毒針は確かに彼の肉体を蝕んでいた。
四本の鎌が迫る。
無様だな、と彼は自分を罵った。まだやり残したことがあった。悔いが残るな。彼はそう思った。
目前で紅い閃光が奔った。
鎌による斬撃が弾かれ、一命を取り留める。
閃光の正体は、人間の剣士の振った斬撃だった。
シュライバは青色の薬瓶を手渡すと言った。
「飲め」
被験体03号改は新たな標的に向け斬撃を繰り出す。
シュライバは最早、剣撃で攻撃を弾くことは頭から消し、間合いを取り続け、回避に専念した。先程の剣撃を弾くことができたのは、相手が自分に気が付いていないことによる油断が功をなしたものであり、偶然に近い産物だと、自分でも理解をしていた。この人間離れした連撃を三撃受けるだけでも十分、神業に近い所業だったことを彼は身を持って知った。
デルバートは問う。
「これは何だ?」
「つべこべ言ってないで飲め。さっきお前が自分で用意したチェストベリーとニオイスミレで作った解毒剤だ」
デルバートは青い薬瓶をぐっと飲み干す。よほど不味かったのか、咳き込んだ。しかし、同時に体を包んでいた麻痺が消えていく。神経毒が解消されていく。
デルバートは深く息を吐く。そして腰に指した、鞘に手をかけた。通常の戦士の反応速度を越えた連撃に対応するには、通常の戦術では足りない、そう判断し、彼は自然とその戦術を選んだ。その戦い方は、彼の知る剣術の中には存在しない形だった。ただ戦いの中でそうすべきであると、彼の剣士としての経験がそうさせた。
デルバートは剣と鞘を構え黒い不気味な大虫と対峙する。
被験体03号改の繰り出す、自在四連撃をデルバートは鞘を交えた剣撃で見事受けきってみせた。
被験体03号改とデルバートとの激しい打ち合いはしばらく続いた。
デルバートはどこか悲哀に満ちた目で被験体03号を一瞥すると言った。
「終わりにしよう」
鞘と刀身で4本の鎌を弾き飛ばすとデルバートは詠唱した。
「我は告げる、風よ、吹き荒れろ、疾風」
黄金の刀身を風の力が包む。刀身が黄金に輝き、斬撃と共に放たれる。刀身そのものが吹き荒れる竜巻のように触れるものを破壊する。
被験体03号の肉体は風の刃による削岩機で破砕された。肉体の8割が突風で虚空に消えた。
胴体の一部と頭だけになっても被験体03号は未だ意識を保っていた。被験体03号は皮肉にも肉体のほとんどを失うことで、肉体を占める魔物の割合が減りエルフとしての意識を取り戻しつつあった。彼は朦朧と言った。
「キメラの研究の材料となったエルフは盲信的なアーブル神の信者が大半だった。だが、いくらやってもダークエルフではその肉体が崩壊してしまう。特異個体はエルフからしか見つからなかった」
「だからエルフの子供を生贄にさせているのか」
「そうだ。我々は研究の中で、一つの仮説に達した。ダークエルフは既に改良されたキメラなのではないかと私は思っている。我々は一体何者なのだろうか」
その時紅い刀身の剣が被験体03号の頭を貫いた。
剣を引き抜くとシュライバは言った。
「もういいだろう」
頭を貫かれた被験体03号は息を引き取っていた。
デルバートは悲壮な表情のまま言った。
「言ったはずだ。手出しは無用だと」
「同族を殺す業をお前が背負う必要はない」
「もうすでに俺の手は同族の血で汚れている」
「なら、これ以上汚すのはやめろ」
「くだらない気をつかいおって。人間め」
二人は部屋の奥へと歩みを進めた。
アルブヘイム上層都市魔導床付近。
包囲され戦意を失ったエルフの市民軍の中で立った一人、戦意を失っていないものがいた。
ユミルは手を握り合わせ歌を歌った。
「楯よ、大地の如く聳え護りたまえ。楯よ、何人をも斥ける、砦となれ。楯よ、我らを我らを讃え、戦士に護りの加護を」
エルフの兵士達の体を守護の力が包んでいく。三小節続けた「護歌はエルフ達に一定時間通常の4倍の防御効果を与える。
ユミルはこれで少しでも撤退の時間が稼げれば、そう願った。
しかし誇りを取り戻しつつある今の彼らにとってこれは撤退の好機とは捉えなかった。彼らにとって、この祝福は彼女の優しい思いとは裏腹に、彼らの誇り護るための糧となった。戦意を高揚させ、男たちに自分の死に場所を与えるとなってしまった。
「行くぞ。誇りを取り戻せ同胞よ」




