魔槍‐グングニル
ある戦士は目の前での出来事を、自分の目を、信じることができがかった。彼の手から握っていた剣がすり抜け、地面に突き刺さる。彼の戦意が朽ちた瞬間だった。
辺りをおびただしい量の、青白い火の粉のような、破壊された戦士の情報片が舞い散っていた。
槍撃士が槍を振るうたびに骸が増える。
虫でも払うかのごとく、槍撃士は魔槍を振るう。
たったそれだけで、いったい何人の戦士が葬られたのか。
そこは最早、戦場でありつつも、墓場のようでもあった。
多くの者はその光景に畏怖した。しかし、力を求める者にとって目前の状況は、その惨劇が凄まじければ、凄まじいほどに、彼らの本能を湧き駆り立てる、力の象徴でもあった。
その破壊力は多くの者の欲望を、本能を刺激した。
戦場の誰かが言った。
「なんだあれ。あんなモノが、あんな物騒な装備があっていいのかね。まるで調整を無視した壊れ性能、背筋がゾクゾクするよ。涎が出るぜ」
欲望に駆り立てられた戦士達は、我こそがと、槍撃士に戦いを挑んだ。
槍撃士は自分に降りかかる敵意を、まるで気にも留めないように槍を振るう。そして、また骸が増えていく。
無情な戦いは、これが戦いと呼べるのかは別として、それはしばらくの間続いた。
槍撃士は溜息をつくと、退屈を持て余したように言った。
「そんなにこれが欲しいのか。ならくれてやる」
そう言い終えると、同時に槍を正面に向けて、放った。
放たれた槍は、戦士を貫通し、そのままの軌道で地面に斜めに突き立てられた。
戦士たちは一目散に槍の元へと駆けよって行く。渇望していた槍が、今、目の前にある。
ある戦士は他の戦士を押しのけて、誰よりも先に槍にたどり着いた。懇願していた槍を右腕で掲げると言った。
「やったぞ。手に入れた。これは俺のもの……だ」
槍を手に入れた戦士の様子がおかしかった。すべてを言い終える前に、体が痙攣し始める。そして、訳のわからない、意味をなさない言葉の羅列を放つと、戦士は唐突な沈黙の後、糸の切れた人形のように地面に倒れ伏した。
明らかに異常な状況にそれまで、目の前の御宝に目がくらんでいた周囲の戦士たちも我に帰る。
「なんだ!?あいつに何が起きた?」
「何もしてねえ。あいつは槍を持っただけだ」
槍撃士は言った。
「何を怖れている?それが、お前らが欲した力だ。別に難しいことではないよ。槍が使い手の脳と同機をはかったまでの話だ。槍を扱えるだけの容量が脳にない者は、あいつのように、脳が熱暴走を起こし廃人になるだけの話だ」
「なんだ!?何を言ってんだ、こいつは」
槍撃士はゆっくりとした歩みで槍の元へと歩み寄る。丸腰の槍撃士を襲う者は今はいなかった。槍撃士を取り巻く、異様で形容しがたい、近づく者を斬りつけるような攻撃的な雰囲気がそうさせた。まるでそれは目に見えない、負の力のようだった。冷酷な微笑を浮かべ言った。
「槍に喰われたんだよ。あいつはな」
周囲の戦士たちが、理解を越えた力に畏怖し、後ずさりをした。
ただ、ここに集まった戦士たちは、ただの戦士ではなかった。KOGファーストエリアの戦いを乗り越える程度の力を持つ者たちだった。廃人になる可能性があったところで、それは彼らにとって、さしたる弊害とはならなかった。そのリスクを侵すだけの魅力があの槍にはあった。また、槍を手に入れた上でそれを第三者に譲るという手もある。これだけに注目が集まるゲームの希少装備ともなれば、優勝賞金にはとどかないまでも、十分な価値が見込めた。
幾人かの戦士たちは槍を諦めた。しかし幾人かはいまだ、欲望の炎を滾らせていた。
欲望果てぬ、周囲の戦士の姿を確認し、槍撃士は目を伏し、溜息をついた。そして後方に翻るように飛退いた。
青い情報片が槍撃士の通った奇跡に沿って舞い散る。
槍撃士は言った。
「お前ら、必死になって十三の極端を探しているようだが、それならここにもいるぞ」
そう言って、槍撃士は周囲で戦いの様子を窺っていた戦士の内の一人を槍で指示した。
そこには一人の魔術士の姿があった。正確には魔術師ではなく死霊使であった。
死霊使は言った。
「わたし?ちょっと、やめてよ。わたしは関係ないわ」
槍撃士は眉を顰め、死霊使の表情を観察した。その表情からはそれが、真か、嘘か、選別することはできなかった。
槍撃士はそれを見て鼻で笑った。それはこの女がどういうつもりであろうと、かまわないという意味だった。
槍撃士は死霊使の元へ詰め寄ると彼女の耳元で呟いた。槍撃士は「別にこのまま、あんたに敵を押しつけて姿を晦ましてもいいが、ここはお互い協力したほうが身のためじゃないのか」という旨の内容を淡々と告げた。そして、死霊使はまるで、諦めたかのように両腕で両肘を抱えながら、溜息をつくと言った。
「いいわ。それで」
槍撃士は淡々と告げる。
「あんたの力が発揮できる土壌は用意しておいたつもりだが」
「君、その強引さは女の子の意見、別れるわよ」
「女の子って歳でもないだろう、あんたは」
死霊使は舌打ちをすると言った。
「君、女の子には優しくしなさいって、幼稚園の先生から教わらなかったの?」
互いに皮肉を言い合う最中も、周囲には魔法陣が生じつつあった。それは何らかの魔法発動を示していた。
死霊使は唱える。
「黄昏に導かれし、兵どもよ。冥府より魂を依りて、今一度戦場へ参じよ」
深い森の大地に負の力を纏う魔法陣が生じ猛る。
霧散していた、情報片が時が遡ったかのように舞い戻り、破壊直後の戦士の姿を模っていく。
その姿は確かに先程までこの戦場で戦っていた戦士達だった。一度朽ちたはずの青白い光の死兵はまるで意識をもっていないかのようだった。そして、おもむろに周囲の戦士を襲い始める。まるで冥府への連れ合いを探しているような、そんな嘆きがこめられていた。
その戦闘行為は対象の戦士の戦う意思を問わなかった。
戦場は一瞬にして混乱に陥った。かつての仲間が突如、屍となり、敵となり、戦うことを宿命告けられた。
この悪夢のような力の名は屍使。死霊使に許されし、固有の魔術。消滅した対象を再度召喚し、その支配下に置く、異質で禍々しい能力。
戦場は混沌としていた。槍撃士はその光景を満足げに見届けると森の深い闇に消える。死霊使もまた、その光景を感慨深そうに見つめると、忌々しい能力に陶酔するように微笑を残し、槍撃士の後を追い闇に消えた。
残されたのは、地獄のような戦場だけだった。




