戦士‐プレイヤー
情報の海に生じた世界。幻想の世界において、人々は際限なく力を、その「極端」を求める。
持てる全ての能力、戦略、戦術、あらゆる「力」を駆使し、最強のゲーマーの座をかけて戦士たちが、集い、覇を競い合う。
時間は遡る。
予選開始10時間前。
王都周辺の空を飛行蒸気機械が飛び交う。
各メディアは大金をはたいて飛行蒸気機械を購入した。全てはこの日のためだ。予選大会の光景を映し出すために各メディアは躍起になっていた。
魔導鏡の数字は刻一刻と刻まれていく。
戦士たちはそれぞれの想いを抱いて、予選大会の開始を待っていた。
紅い髪の槍撃士は地下闘技場で制限試合の要請を受けた。彼の装備は足鎧と任意に持ち込んだ武器のみ。
せまりくるチャレンジャーは十人。
彼らは装備に制限がない。皆、無名の野心家たちだ。
この期に名をあげようと、勇み参加した者たちだ。
制限を科されている紅い髪の槍撃士は相手から受けるどんな攻撃も致命傷になりかねない。
挑戦者たちには大きなチャンスがあった。
我こそはと一斉に襲いかかった。
無謀な戦士たちは紅い槍に貫かれ、引き裂かれ、叩き割られ、次々に砕け散っていく。
紅い髪の槍撃士の紅い槍は異様なまでの攻撃力、破壊力、突破力を備えていた。その強さは異質だった。
その槍の名は「グングニル」。伝説の魔槍の名を持つ槍。
武器そのものが「十三の極端」の一つに数えられる。
或魔と呼ばれる古代兵器の一つ。ゲームバランスを超越した強さを誇る。
槍には常に紅い戦闘特化の力がみなぎっていた。
紅い髪の槍撃士は涼しい表情で、顔色一つ変えずに目標を破壊していく。
間もなくして全ての敵を倒しつくす。
生存者はゼロ。
敵は断末魔の声を上げる間もなかった。
彼にとっては、これですら準備運動に過ぎなかった。
勝利を得ても、尚、彼の表情はどこか暗く、悲哀に満ちていた。
剣撃士は戦いに備えて精神統一のために剣の形をひたすらに磨き続けた。
彼女のストイックさもまた異常な域に達していた。
剣の形を行いたければ、どこでもできる。ただそれを高度50m近い、城の頂上で行うのは広い世界でも彼女ぐらいのものだろう。
そこは本来足場ではない。勿論、万が一足を滑らせれば、物理演算により、アカウントは消滅するだろう。
それでも彼女は、危険な場所での鍛錬ほど、より効果的だと考えていた。
危険にあえて身を置くことで、自らの感覚を、「記憶」を、戦場にいたころのものに近づけようとしている。
その顔はどこか期待に満ちていた。
ある者はたった一人、荒野で飛竜との戦いに明け暮れていた。
武器をもたず、その身一つで戦いを挑む。
いかなる攻撃も致命傷になる攻撃を寸前でかわし続ける。
まるで彼女には全ての攻撃が見えているかのようだった。
彼女は攻撃をかわすと、幾何学模様の魔法陣から金の三又槍を造り出す。
そして、それを飛竜に突き立てる。
飛竜は悲鳴にも似た咆哮を上げる。
彼女はさらに片手を空に掲げる。
空に幾何学模様の魔法陣が生じ、無数の金色の刀剣が上空に造り出されていく。
彼女が手を振り下ろすと、無数の刀剣が雨の如く飛竜にふりそそぐ。
戦えば戦う程に彼女の感覚は研ぎ澄まされていく。
一騎討ちの死闘のなかですら彼女は成長を続ける。
彼女は手を飛竜に向けて構える。
その手に幾何学模様の魔法陣が生じる。
手の中に金色のライフル銃が生じる。
引き金を引く。
魔弾が射出され、飛竜が炎に包まれる。
彼女は固有職業、錬金術師、公にはされていない「十三の極端」の一人だ。
彼女には負けられない誇があった。
プロのゲーマーとしての誇。そして、倒さなければならない者への焦燥。
彼女の胸には熱く燃えるような闘志が宿っていた。
またある者は直前まで冒険を楽しんでいた。長く険しい道のりを進み、高く聳える山頂に行き着く。
銀鎧の剣士は地図を広げながら傍らの妖精に問う。
「おい、まだつかないのかよ」
「もうすぐそこだ」
そこに位置する古代神殿。古代人の描いた荘厳な壁画を松明で照らし、最深部を目指す。
ついにたどり着いた先には宝箱があった。中にはきらびやかな財宝が眠っていた。手をかけた瞬間、山が大きく揺れ始める。
山そのものが巨大なダンジョンで、財宝がダンジョンを維持する制御装置だった。
制御装置を失ったダンジョンは崩壊をはじめる。
崩れいく天井や壁を避けながら、障害物を流れるように、飛び越えていく。
入口の明かりが目前に迫る。
入口を駆け抜けると直後、ダンジョンが崩壊する。
崩壊したダンジョンを見届け、手に取った宝を太陽にかざし、嬉しそうに眺める。
あるものは別の目的のために戦っていた。
黒いフード付きのコート。身の丈に合わない黒い大剣を持つ女。
傍らに小さな召喚獣の小悪魔の少女をつき従えている。
小悪魔は言った。
「APCOM社からメッセージが届きました。ここがギルド蒼鬼仁の塒です。彼らは違法電子ドラッグを売りさばき、戦士を襲いアイテムを奪うことで生計をたている畜生どもです。好きに暴れてもらってかまいません。クライアントはいつも通りの手はずで頼む、とのことです」
「わかった」
彼女は事務所の扉を蹴破る。
無数の弾丸が彼女をめがけて放たれる。
事務所の周囲には魔虫という羽虫型の使魔が放たれており、敵は既に襲撃に気が付いていた。
入口には無数の銃撃士が待機していた。
彼女の体は何百という弾丸で蜂の巣になった、はずだった。
硝煙の中から彼女は現れる。敵をねじ伏せていく。叩きつける。粉砕する。
剣を抜くまでもなかった。
受けた傷が、まるで何事もなかったかのように、自動で修復されていく。
能力の名は神加護、またの名を自動修復能力。
そして固有職業枢機卿「十三の極端」ですらある。
それが、彼女が1825日の記憶と引き換えに手に入れた力だった。
枢機卿、皮肉にも神を恨み、憎むはずの彼女は、この「世界」で神に祝福されて存在する。
事務所の階段を上っていく。
ギルドの首領の部屋を蹴り破る。
敵の姿がない。
周囲を見回す。
趣味の悪いインテリアがあるだけで敵の姿がない。
小悪魔が忠告する。
「何かがおかしい。気をつけてください」
「わかっている」
部屋の隅で何者かが呟く声がする。
「閃光をもって、あれを討ち払え」
それが詠唱だと気がついたときにはすでに遅かった。
枢機卿の体を青い稲妻が脳天から貫いていた。
「ハッハァ。やったぜ。侵入者を仕留めたな。ったくどこの鉄砲玉だお前は」
何もない空間から時代錯誤に髪の毛を逆立て、顔に刺青のある男が現れる。
特殊能力、背景化。業の回避性能を上げ続けることで手に入る能力のひとつで、姿を周囲に溶け込ませることができる。
高度な策敵能力がなければ存在に気が付けない。能力に応じて、使用時間が制限される。
さらにこの男は雷の魔術を使用することができる。
雷の魔術は受けた戦士に一定確率で麻痺を付与する。
小悪魔が呼びかける
「ちょっと、大丈夫ですか。返事をしてください」
「大丈夫だ。不意をつかれて少し驚いただけだ」
枢機卿はたちあがろうとする。
「雷鳴よ、銘々にこの者を冥府へ」
稲妻が三度、続けざまに枢機卿に落ちる。
男は言う。
「無駄無駄ァ。俺の稲妻は当たるたびに対象の運動能力を10%づつ奪っていく。補助効果付きだ。観念して雇い主の名前を言え。我が命じる。雷鳴よ。轟き、叫べ」
稲妻は枢機卿の体を繰り返し貫く。その度に衝撃と激痛が走る。
いくらアカウントが無敵に近いといっても、連続での脳への負荷のかかる衝撃を受け続ければ、意識がもたない。
痛みが走るたびに、忌むべき過去が蘇する。思考が加速する。記憶が激しい憎しみを呼び覚ます。
男は枢機卿の苦しむ姿を見て嬉しそうに言う。
「もうお前は終わりだな。雷鳴よ、この者を……」
刹那、枢機卿は立ち上がり男の首を握りしめる。そして、手繰り寄せると言った。
「撃ってみろ」
詠唱は開始されていた。男は必至に魔法発動をキャンセルしようとするが、発動は止まらない。男は言う。
「やめろ、貴様、放せ」
その声は恐怖で染まり、裏返っていた。何故なら、これまで何人もの敵をその稲妻で焼いてきた、この男が一番その威力を、味わう苦痛を知っているからだった。
枢機卿もろとも男は青白い閃光に貫かれる。稲妻の餌食になる。
男の断末魔が辺りに響く。
自動修復能力により、枢機卿の体の受けた傷が瞬く間に修復されていく。
傍らには黒く焼け焦げた、男が横たわっていた。
枢機卿は男の手の甲を調べる。そこには何もなかった。
枢機卿は男の首を掴んで持ち上げると問う。
「右手の甲に竜の刺青のある男を知っているか」
「何の話だ。金ならやる。好きなだけ持って行け」
男は怯えていた。まるで化物とでも対峙しているかのようだった。
小悪魔は言う。
「はずれのようですね」
枢機卿は男を地面に転がす。
男は何か命乞いをわめいていたが枢機卿の耳には届かなかった。
枢機卿は言った。
「祈れ」
男の頭蓋を一撃で踏み抜く。
硝子細工のように男の体がばらばらに砕け散る。
今現在をもって、ギルド蒼鬼仁のメンバーは全員、消滅した。
人間の闇は深い。この「世界」、ゲームの中にすら、闇社会は進出している。資金洗浄、違法電子ドラッグの売買等による資金集め、ナイトメアウイルスの悪用による掃除屋稼業。数えればきりがない。
ギルド蒼鬼仁もまたマフィアの所有するギルドのうちの一つだ。
小悪魔は言った。
「今回も有力な情報はありませんでしたね」
「ああ」
「また次があります」
「……ああ」
ある者は入念に戦いに備えていた。
銃撃士の少女は街の露天商を渡り歩いていた。商品を吟味しては購入していく。
街では手に入らないような特殊な鉱石や、魔導部品、薬品類をその優れた目利きで選んでいく。購入した商品を片っ端から後ろの付き人に放り投げていく。
「先輩買いすぎですよ。どうするんですか、こんなに」
「大丈夫だよ。捜査費で落とせるでしょ」
喫茶店パレットのガレージに向かう。
思考認証を解除しガレージの中にはいると、無数の武器がところせましと飾られている。
倉庫の中央で、大型二輪車が解体組立の最中だった。
「あーあ。主任のバイクをこんなんにしちゃって。怒られますよ」
「主任じゃなくて、店長ね。いんだよ。どうせ乗らないんだから。この方がバイクも喜ぶよ。君はメモ通り薬品を調合しといてよ」
ガレージの片隅には怪しげな黄緑色の液体の入ったフラスコを複雑な実験器具につながれている。
どの薬品にも取り扱い注意のマークが付いている。
「どれどれ。この赤いのと青いのを混ぜて」
液体が混ざり合って、フラスコの中身が勢いよく泡立つ。フラスコが振動し始める。
銃撃士は異臭に気がつくが、少々遅かった。
倉庫の中が煙で充満する。
白煙の中。咳き込む声だけが聞こえてくる。
「メモ通りにやってって言ったよね」
「あい」




