聖砦の森‐残敵掃討
情報の海に生じた世界。幻想の世界において、人々は際限なく力を、その「極端」を求める。
持てる全ての能力、戦略、戦術、あらゆる「力」を駆使し、最強のゲーマーの座をかけて戦士たちが、集い、覇を競い合う。
あるところに、高き理想を持つ、未熟な戦士がいた。
シュライバーは「聖砦の森」を進行しながら状況を整理していた。
アイリスはしばらく前から音信が途絶えている。
リリィもまた、ここ数時間連絡がとれない。
俺は、この予選を二人の力を頼らずに自分の力で乗り切らなければならない。
不安そうな表情のシュライバに気がつきフェアリスは言った。
「大丈夫だ。できることをやろう」
シュライバは深くうなずいた。
彼は大きな不安と同時に、自分がどこまでできるのかという期待の入り混じる複雑な心境を抱えていた。
進行する戦士の一団が突然声を上げる。
「敵だ!」
至るところから、戦いを知らせる声が上がっていく。
フェアリスが言う。
「来るぞ」
シュライバは戦士の一団の中央に位置していたが、次第に近付いてくる、敵の気配を感じていた。
至るところから聞こえてくる、おぞましい敵の威嚇する声が近づいてくる。
近づく速度が速い。
敵は相当の突破力があるとみて間違いない。
戦場には戦士が溢れ、先が見通せない。
緊迫する空気の中、シュライバーは紅剣を鞘から抜き、構える。
木漏れ日を受けて刀身が赤く光る。
何者かが戦士の人並みを軽々と吹き飛ばしながら着実に迫りくる。
この化け物じみた突破力に正体に戦士たちは畏怖を覚えだす。
やがて目前に現れたのは見上げるほどの巨大な牙獣。
大猪だった。
大猪は次々に戦士たちを吹き飛ばしながら進行してくる。
すかさずシュライバーは大猪の進行方向からのがれるように体ごと飛退く。
地面を転げながら回避する。
そしてすかさず周囲を観察する。
そこでやっとこの敵の突破力の高さの理由をしる。
圧倒的な大猪の進撃により、空いた空間に次々に流れ込むように、重装小鬼兵団が進行してきていた。
大猪の突進を逃れるために空いた空間へ逃れたのが、返って悪い結果を招いた。
流れ込んだ重装小鬼兵によって、あっという間にシュライバーは取り囲まれてしまった。
心拍が加速する。
周囲の音が遠のいていく。
もし選択を誤れば、このまま無残に袋だたきに合い、あえなく予選敗退といったところだ。
フェアリスが冗談めかしく言ったことが現実になるだろう。
フェアリスが言う。
「落ちつけ。戦況を見極めろ」
「わかってる」
目前の小鬼が手斧を振りかざす。
すかさずシュライバーはその手を目掛けて剣撃を加える。
小鬼は持っていた斧を討ち払われ、手から斧を落とす。
すぐさまシュライバーは振り返り、銀乃楯で後方の小鬼の頭部をぶん殴る。
後方の小鬼は頭部への攻撃負荷により怯状態に陥る。
その隙に、小鬼の合間を縫って戦士の多くいる側へ転がり込む。
危ういところだった。
この数の装備の整った小鬼に囲まれればひとたまりもない。
シュライバーは守りを中心に周囲の観察を行った。
戦場は完全な乱戦に陥っていた。
戦士を吹き飛ばしながら進行する大猪の背には小鬼が乗っており、手綱で大猪の進行方向を操作していることが窺えた。
まずはあれをどうにかする必要がありそうだ。
「君。気が付いた?」
後方から女の声がして振り返る。
そこには魔導士のローブを羽織った女がいた。
どこか妖艶さがあり、年齢はわからないが少なくともシュライバよりは上のように思えた。
実年齢よりは若く見るのだろが、それでも、年上の魅力のようなものがあった。
彼女は続けて言った。
「あの猪がこの戦場の要だと思うの」
「そうだな」
話をする途中にも小鬼兵は攻撃を続けてきている。
シュライバは問う。
「あんた、魔法使いなら、あれをなんとかできないか」
「私には無理。まだこのゲーム初めて三日だから」
「はァ!?」
シュライバは自分よりも初心者がこの予選に出ていることを知って驚く。
ただ、そうだとしても、まったくおかしな話ではなかった。
この予選開催までに、少なくとも何千人もの初心者がこのゲームに参加しているはずだった。
魔導士は言った。
「君がもしアレをなんとかできれば、私はこの戦況を変えられると思う」
(何を言ってるんだこの女は。いずれにせよアレをなんとかしなければならないことには、かわりはない)
フェアリスは言う。
「その女の言う通りだ。この戦況は複数人のプレイヤーによる相互の補助がなければ突破が困難な戦況に設定されているようだからな。小鬼どもの装備を見ろ。これだけの重装備じゃ、簡単には突破できない、戦況が膠着するように計算されている。その中で、あの大猪が、こっちの戦力を消耗し続けるって算段だろうな」
シュライバは言う。
「わかっている」
(アレをなんとかするには、注意を俺に引き付ける必要がある。もし失敗すれば、俺は消滅することになる。ただこのまま膠着状態がつづけば、その先で待つのも消滅だろう。遅いか、早いか。だったら……)
シュライバは迷いをぬぐい捨てたように格納から角笛を取り出す。
低い笛の音があたりに響き渡る。
勘のいいものは、戦場に勇敢な戦士がいることに気が付く。
戦場のある者は言った。
「ほう。面白い奴がいるな。お手並み拝見といこうか」
誰もがこの膠着状態を危惧していた。
誰かがやらねばならない。
ただ誰もそれをしたくはない。
損失に対し利益が見合っていなかった。
大猪は笛の音を聞いて猛り狂う。
目を血ばらせて、騎手の操作を無視して旋回すると、けたたましい呻り声をあげ、シュライバの方へ向けて突進を始めた。
シュライバはすかさず格納からもう一つのアイテムを取り出す。
何か複雑な技巧の凝らされた、球体だった。
それを大猪に向けて投こうする。
球体は大猪の目前で炸裂すると同時に、眩い閃光があたりを包む。
シュライバーはすかさず楯で視界を覆う。
敵も味方も一斉に視界を奪われる。
誰かが言った。
「誰だ!?閃光弾なんか使いやがったのは」
敵味方が茫然と視界の回復を待つ中、シュライバはその間を縫うように通り抜けていく。
視界を奪われ暴れまわる大猪の動きを目で追いながら、タイミングを窺う。
手綱が目前に流れてくると同時に、その手で手綱を掴み取る。
視界を奪われた大猪は闇雲に暴れまわる。シュライバは手綱ごと縦横無尽に振り回される。
周囲の敵、味方が互いに視力を取り戻していく。
振り回されるシュライバの姿を見て、誰かが言った。
「見ろ。あいつがこの戦況の要だ。援護しろ」
歓声があがり、指揮が上がる。
「おうよ」
「まかせとけって」
「まってたぜ色男」
一斉に大猪に向けて矢が放たれ、魔法が飛び交う。
大猪の体から爆炎があがる。
「馬鹿野郎。やりすぎだ!加減を知らねェのか。あいつまでやっちまうぞ」
爆煙が大猪を包む。
攻撃力が大猪の耐久値を超える。暴れ狂う大猪が怯状態に陥り、沈静化する。
煙が晴れていく。
力強く、手綱を伝うシュライバの姿が現れる。
歓声が上がる。
登りきったシュライバは騎手と剣を撃ち交わす。剣撃により赤い火花が散る。
視界を取り戻し怯状態から復帰した大猪が大きく嘶く
シュライバはそれにより足を滑らせる。
騎手がその隙をついて剣を振り上げる。
刹那、シュライバは自分の陥った状況に絶望する。
脳の情報処理が加速する。
視界がゆっくりと流れる。
状況が見えていても、体が動かない。
(まずい!防ぎきれないッ)
戦場から流星の如く、一本の槍が放たれる。
真っ赤な、美しい槍だった。
槍は騎手の鎧の隙間を縫って首を貫通していた。
槍はやがて、赤い煙となり消え戦場に消える。
呟くようにシュライバは言った。
「お見事」
戦場を探すが、槍の主は見当たらない。
シュライバは息絶えた騎手を大猪の背から蹴落とす。
そしてシュライバは手綱を引いた。大猪が呻り声を上げ、武装した小鬼共に頭を向ける。
小鬼どもの表情が凍りつく。
戦況が変わる。
地面をけり上げ、大猪とシュライバは小鬼兵団を突き飛ばし、踏みつけ、蹴散らしていく。
大猪の通った後に小鬼の骸の道が出来上がる。
その時を待っていたかのように、妖艶な魔導士は詠唱する。
「黄昏に導かれし兵どもよ。その魂を依りて、今一度剣を握れ」
小鬼の骸を紫色の力が包み込んでいく。
やがて、一度倒れ、朽ちたはずの小鬼どもがゆっくりと立ち上がっていく。
そして先程まで仲間だった者へ向け、刃を構える。
誰かが言った。
「死んだ敵が蘇り、俺たちの仲間になっていく。あの闇の力、死霊使か!?そんな職業は存在しない。固有職業……十三の極端の一人がこの中にいるのか!?」
シュライバーと大猪が敵を打ち倒すと同時に、相当数の小鬼の骸が仲間となっていく。
戦況が一変する。
乱戦は終わり、圧倒的な掃討作戦へと変わっていく。
間もなくして、小鬼は一掃された。
紫色《闇》の力に包まれた、小鬼共も肉体が朽ちて、
地面へと還って行く。
敵が殲滅され広くなった戦場で、踏みつぶし、突き飛ばす目標を失った大猪が困ったような表情を見せる。
シュライバは言う。
「よーし。次はお前だな」
「ふごッ!?」
シュライバーは大猪の背を渡って地面に降りると、シュライバーは大猪につけられていた手綱を取ってやった。
シュライバは言った。
「さっきのは冗談だ。さぁ行け。どこへなりと」
「ごふッ」
大猪はどこか敬意の眼差しをシュライバに送ると森の中へと消えていく。
フェアリスは言う。
「あれに乗ってけば早かっただろーな」
「あっ」
青ざめた顔でフェアリスを見るシュライバ。
「ま、先行したらお前は間違い無く、やられるけどな」
シュライバはほっと胸をなでおろす。
そんなシュライバの姿を多くの戦士達が様々な目で一瞥していく。
ある者は勇敢な戦士として。
ある者は無謀な狂人として。
ある者は危険因子として。
フェアリスは言った。
「おまえ。目立ちすぎたな。これからは行動に注意が必要だ」
「そうなのか?」
フェアリスは呆れ気味に言った。
「そうだ」
戦士たちは、また一斉にそれぞれ森を進み始めた。
シュライバーは赤い槍撃士と魔導士を探した。
しかしその姿は、既に周囲にはなかった。
KOG予選開始から、45分が経過。
森の西側の被害を含め650名が消滅。
聖砦の森の険しい道のりはまだ続く。




