ダンジョン:サザラ・テラ遺跡
俺はアイリスにチャットコールをした。
アイリスはめんくさそうに答えた。
「はぁ?強くなりたいだぁ?」
「ああ」
「そんなもん適当にどっかダンジョンにでも行けよ」
「だんじょん?」
「ダンジョンもしらねぇのか。あれだ。施設だ。敵とか。お宝とかある」
「おお。すげぇな。行こう、そこに」
アイリスはしばらく考えてから言った。
「わかった。こいつを連れていけ」
物品保管庫にアイテムが届く。
アイテム名に、妖精人形と表示されている。
「なんだこれ。俺は人形なんかいらねぇ」
「そうじゃない。それは妖精人形。送った人間をモチーフにした召喚獣になってお前をサポートするんだよ。私は忙しいからな。後はソイツに聞け」
そう言うと一方的に通話を切られる。忙しいっていっても、どうせギャンブルだろう。
物品保管庫から妖精人形を選択する。
輝きと供に体調30cm程の妖精の姿をした簡略化されたアイリスが現れる。ちょっとだけかわいいかもしれないと思った。
「ふぁー。よく寝たぜ。ん?シュラじゃねぇか」
「おッ!?喋るのか。今日はだんじょん?とかいうのに行くんだ。よろしくなアイリス」
「エ?めんどくさ。それに私はアイリスじゃねぇ。フェアリー・アイリス。フェアリスだ」
うわ。まぎれもなくアイリスだ。やっぱかわいくない。
俺はフェアリスと一緒にダンジョンとかいうのに行くことになった。フェアリスに導かれるままに歩いた。
「お前はどう強くなりたいんだよ。自分がどうなりたいかによって訓練の中身は変わるぞ」
「俺は、強くなりたい」
「だから、そうじゃない。私達のステータスを決める根源は業と呼ばれるスキルボードの成長のさせ方で変わるんだ」
「スキルボード?」
「ハァ?もしかして、全部、私が教えないといけないのか」
「まぁ、そうだな」
舌打ちをされた。こわっ。
「ここに一枚のでっかい板があります。真ん中がゼロ。なんもできないお前。ゼロを中心に東西南北があります。北は体力、南は魔力、東は力、西は防御。モンスターを一匹ぶっ殺しました。お前は東西南北どこか一つに駒を進められます」
「ほうほう」
フェアリスはへったクソな絵を描きながら教えてくれた。
「お前はとりあえず、強くなりたいので、力を上げるために駒を東に動かしました。道中むかつくやつがいたので、そいつをぶっ殺しました。そいつは二人組だったので二人ともぶっ殺しました。また新たに駒を東西南北好きな方へ二つ進められます」
「ほうほう」
「パワーだけじゃ死ぬと思ったので、今度は北の体力に一つ、やっぱりパワーが欲しかったので、東の力に一つ進めました。すると、なんと東に二つ進めると撲殺斬りのスキルが隠されていました。お前は撲殺斬りを覚えました。以下その繰り返し。以上猿でもわかる業の説明でした。おしまい」
「おー!すげぇ。思いのほか、わかりやすい」
フェアリスは死んだ目で俺を見ていた。なんだその目。おおかた、あまりの無知さに呆れているのだろう。
アイリスは言った。
「なに。お前、そんなんでKOG出るとかいってんの?」
「そうだな」
「へぇ。まぁ、とりあえず」
アイリスは右手を表にして差し出した。
俺はよくわからないふりをして、その手に左手を重ねた。
「お手じゃねぇよ!犬かッお前は」
「金取るのかよッ!この、守銭奴が」
「金がねんだよッ」
「知るか!お前が勝手にギャンブルで溶かしたんだろ」
「ギャンブルじゃねぇ!未来への投資だ」
「くだらねんだよ」
溜息。
気を取り直してダンジョンへ向かう。
俺は聞いた。
「じゃぁ経験値を積んで業を育てれば俺でもアイリスみたいに派手な属性攻撃ができるようになるのか?」
「ならない」
「ハア!?じゃぁどうすればいんだよ」
フェアリスは大きな溜息をついた。
「何。これも私が説明しないといけないのか」
「わかった。伍$払う」
舌打ち。
「この世界には聖霊っつうのがいる。そいつらはどこにいるかはわからない。そいつらは馬鹿みたいに強い。そいつらにもし気に入られると聖霊の力を使えるようになる」
何か説明が雑だ。
「え?簡単じゃん」
「アホか。簡単じゃねぇ。基本的にはなんらかの条件を達成したときに現れると言われている。たとえば残り体力が1の状態でボスを倒すとかな」
「ハァ!?超ムズいじゃないですか」
思わず敬語になるほどの衝撃だった。
「じゃぁアイリスは何の聖霊持ってんだ?」
「鹿」
「ハァッ!?」
「嘘だよ。それはまた今度な。ついたぞ」
「おお。これはまた随分と雰囲気があるな」
荒涼とした大地に切り立つ、遺跡群が現れる。
サザラ・テラ遺跡。
かつてはここで多くの人間が生活をしていた。それが突如謎の大災害により滅亡した。という設定らしい。
王都周辺にはこういった遺跡群が多く残されているそうだ。
「遺跡なんてまた、ジジイみたいな趣味してんだな」
「はぁ?ゲームのダンジョンつったら遺跡は定番だろ」
「え?なんでだよ。遺跡なんて普通、岩しかないだろ」
「岩しかないわけねェだろ。ゲーム舐めてんのか。まぁ行けばわかるだろ」
そう言ってアイリスはさっさと先へ進む。
すると、突如岩陰から黒い影が飛び出してくる。
ごるると喉を鳴らし腹をすかせた狼型モンスター。グレイウルフだ。
攻略本のモンスター図鑑は結構読みこんでいるから割とモンスターには詳しい。
何だこいつ。こわっ。普通に灰色の狼じゃねぇか。牙とかめっちゃするどいじゃん。
「何やってんだ。早く倒せ」
「え?俺がやんの?」
「あたりまえだ。今日はお前の訓練なんだろ」
無理無理無理。こんなの普通に猛獣だから。危ないから。そうだ銃は?リリィは?
グレイウルフは俺がビビっている間にもじっくりと間合いを詰める。
とりあえず銀剣を抜く。
グレイウルフは俺とアイリスを見比べてから、俺の方へターゲットを定める。
どうやら、モンスターにもどっちなら倒せるかは分かるようだ。
グレイウルフは走り出し、一気に間合いをつめると俺に飛びかかった。俺は仰向けに押し倒され、銀剣を落としてしまう。噛みついて来ようとするグレイウルフの頭を上顎を右手でつかみ、下顎を左手でつかみ、かろうじて食われないで済んでいる。
フェアリスは右手で頭を抱えると、呆れた顔をしている。
鋭い金属音と共にグレイウルフは力なく俺の体の上に覆いかぶさる。
重っ。俺はグレイウルフの下敷きになる。
どうやらフェアリスが一撃で仕留めたらしい。アイリスは呪剣ベイリンを鞘にしまう。
やっとのことでグレイウルフの亡きがらから、フェアリスに手を牽かれて這い出る。
グレイウルフの亡きがらを見て思う。これ動物虐待には当たらないだろうか。そういった対策はしてあるのだろうか。しているか。あの会社がしていないわけがない。
フェアリスは厳しい目つきで言い放った。
「こんな雑魚一匹倒せなくてどうする」
「はい」
俺は少し反省する。
「こいつらは基本群れで行動する。一匹のときに倒せなければ、この先は進めないぞ。どうする」
俺はこれまで、ビビって街の周りのフワッピ程度しか倒してこなかった。たまに突然やってくる、翼竜にビビりながらフワッピを倒して、貯めた、なけなしの金で買った新しい装備のことを今でも覚えている。
あの日こいつらと合って、初めて始まりの街、ダミア近郊から旅立った。
アイリスは口では厳しいことを言うが、しっかりと俺の意見を尊重する。今も選択を俺にゆだねてくれている。
俺は、変わらなければならない。
「行くよ」
「そうか。骨が折れそうだな」
そういってフェアリスは溜息をつく。
「なら、ぼさぼさしていないで、さっさと行くぞ。日が暮れて、おまえと夜間戦闘なんて自殺行為だからな」
先を進むと、フェアリスが俺を制止した。ジェスチャーで「あっちを見ろ」と示した。
その先には緑の肌の爬虫類とも、人間ともつかない不気味な姿をした化け物、小鬼が二体いた。
俺は唾を飲む。
アイリスは顎で示す。「行け」と。
俺は意を決して、進む。
あらかじめ銀剣を抜き、ゆっくりと足音を立てないように進む。小鬼は、あの日、何体も倒した。
怖くない、怖くない、怖くないわけない。気持ち悪イ。
俺は足元をよく気をつけながら進む。こういう雰囲気の時には決まって、足元に小枝が落ちているからだ。そしてそれを踏んで敵に気づかれる。俺はそんなベタな展開は回避して見せる。
案の定、設置されていた小枝を避ける。額から伝った汗が顎から滴り落ちる。
そして一息呼吸する。
目の前を黒い影が横切ると、すばやく二匹のゴブリンを始末する。
後ろから一突き。そしてもう一匹が武器を手に取る前に、下段から上方へ袈裟斬り。二匹の小鬼が一斉に倒れる。
影の正体はフェアリスだった。
「おせぇんだよッ!さっさとやれよ」
「はい」
いや、小枝が、とは言えなかった。
先に進むと宝箱が設置されていた。
フェアリスが喜んで飛びつく。
「やったぜ。見ろ宝箱だ。中が楽しみだな」
「待てッ!」
「なんだよ、急に。まぁ確かに、宝箱を開けるときには細心の注意を払うのは悪いことじゃぁないけどな」
「いや、絶対罠だろ」
「なんでだよ」
「だって、こんなところに宝箱あるのおかしいだろ」
「おかしくねぇだろ。ゲームではよくあることだろ」
「よくあるのかよ。こんなふうに宝箱が?」
「そうだよ。変な奴だな」
「絶対拾われるだろ」
「拾われたら補充するんだろ
「誰が?」
「知らない」
「ま、いいか。すげーな!そしたら、すぐに金持ちになれるじゃんか」
フェアリスは鼻で笑うと言った。
「だといんだけどな。まぁ、開けてみろよ」
「いいのか!?」
アイリスは頷く。
「やったぜ。ってなんだこれ。回復薬。店で買えるじゃねぇか!」
「おい!ショックだからって投げ捨ててんじゃねェ」
「いや、おかしいだろ。なんであんな、いかにもな宝箱からこんなゴミがでてくんだよ」
「知るかよ。そういうシステムなんだから。昔からの慣習だよ」
クソっ!。忘れねェからな。俺の胸の高鳴りを返せよ。
階段を下り、ダンジョンの先を進む。
腰に付けたランタンに火を灯す。
ダンジョンの奥から、何か機械の動く音がする。
「なんだ?人がいるのか?」
フェアリスは言う。
「待て!剣を抜け!」
暗闇に明かりがちらつく。
俺はダンジョンの壁の縁に明かりを灯す油が流れていることに気がつく。火をつけると明かりが灯る。
暗闇の中で光っていたモノの正体が露わになる。
そこには旧式の蒸気機械がいた。三輪式タイヤ、そして、人間のような機械の腕、胸から赤く光が漏れている。背丈は140cm程度。
その手には工作機械が握られている。
遺跡の調査に使われていたものだろうか。
そっと胸をなでおろす。
フェアリスは言う。
「おい!油断するな」
蒸気機械はこちらに気がつくと、勢いよく向かってくる。
「うわッ。なんだよコイツ」
蒸気機械はスコップを振り回す。
「おかしくないか。なんで調査マシンが人を襲うんだよ」
「知らないっつの」
「それになんで他の調査員がいないんだよ」
「知らねェ。いいから戦え!」
食らえ。銀剣を振るう。金属音とともに剣撃がはじき返される。
こいつ、固い!
フェアリスは言う。
「マシンの中心部分に見える光ってる部分があるだろ。あれがコアだ。この手の機械系のモンスターはコアを破壊されると沈黙する。どんな敵にも大概弱点はある。それを見極めろ」
もう一度、銀剣を振るう。やはり、弾き返される。
「落ち着いて、相手の動きをよくみろ。がむしゃらに戦っても、悪戯に敵の攻撃をうけるだけだ。自分がうけるダメージは最小限にとどめろ」
よく観察する。敵の行動にはパターンがある。こいつには突進か、回転しかない。回転中は攻撃がきかない。
突進後に生れる隙を狙う。
タイミングをはかる。床を転げるように、蒸気機械の突進をすれすれ避ける。
銀剣の剣先を突き立て蒸気機械の赤く光るコアを貫く。間も無くして蒸気機械は沈黙する。
「やればできるじゃないか。その調子だ。来るぞ」
ダンジョンの奥から二機の蒸気機械が同時に迫って来る。
二機同時に来やがった。そんなのありかよ。
動揺で腰が引ける。いや、駄目だ。戦わないと。落ち着いこう。深呼吸をする。
相手の動きをよくみれば、攻撃はかわせる。一機目の蒸気機械の攻撃が迫る、二機目が攻撃体制に入った瞬間にうまれる隙をつく。一気に間合いを詰める。銀剣がコアを貫通する。一機目、沈黙。
二機目は突進が終わって3秒間の膠着状態にある。すかさずコアを銀剣で貫く。二機目、沈黙。
俺は大きな溜息をつくと、その場に座り込んだ。
背後から、忍び寄る影があった。
煙を上げながら蒸気機械が迫る。
俺は急いで振り向いた。もう一機いたのかッ!?防御が、間に合わない!
フェアリスが斬撃で破壊する。外部の装甲板ごとぶったぎっている。これが力の差か。
「油断するな。戦いの最中は常に周囲に気を配れ。警戒を怠るな」
「すまない」
先を進むと聞きなれた、化け物の喉を鳴らす音がした。グレイウルフが現れる。
さっき、襲われた記憶が蘇る。恐怖で体が膠着する。
でも、決して牽かない。
ビビってようが、なんだろうか、牽いちゃだめだ。
言われたとおりにやれば、戦える、はずだ。
動きを観察する。こいつ《グレイウルフ》は獲物の周囲をぐるぐる回りながら、隙を窺う。あえて隙を見せれば、構えを解けば、そこを襲ってくる。
グレイウルフが背後から飛び上がる。
襲ってくるのが分かれば、かわせる。俺は前方に倒れこむよう回転しながら受け身をとる。そして、すかさず体制を整えると、銀剣を横薙ぎに振るう。
グレイウルフの体を横一線に裂く。その瞬間に斬撃の奇跡が光輝く。
「今のはカウンターにより発動した致命的命中だ。致命的命中は一定確率で発動する。攻撃にダメージが上乗せされる。いいぞ。その調子だ」
グレイウルフは悲痛な声を上げ、地面を転がると、横たわりダウンする。
俺は一瞬ためらってしまう。かわいそうだと思ってしまった。
「ためらうな!すぐに止めをさせ」
グレイウルフは飛び起きると、飛びかかってきた。
完全に不意をつかれ、反応が遅れる。
フェアリスが斬り伏せる。
ダウンしたところにすかさず向かう。銀剣をダウンするグレイウルフに突き立てる。止めを刺す。
周囲を見回して敵がいない事を確認すると、俺は座り込む。
フェアリスは言った。
「なぜためらった」
「かわいそうだったから」
「強くなりたかったら、そんな気持ちは捨てろ。一瞬でもためらえば、それが命取りになる。忘れるな」
俺はうつむいたまま言った
「分かった」
そして立ち上がる。
エアウインドウを呼びだすと、俺は業を成長させる。スキルボードが成長したことで、技、耐久を習得した。体が一瞬青色の防御色のオーラで包まれる。
フェアリスは言った。
「いいスキルだ。そのスキルは序盤から中盤まで頼りになる」
俺はダンジョンの先を目指して進む。
フェアリスは言った。
「待て。あそこだ」
フェアリスが飛んでいった方へ向かう。
光っている植物を見つける。
フェアリスは言った。
「ヒカリゴケだ。貴重なアイテムだ。調合に使えば、アイテムの持つ効果を増加させる。向こうに生えているのは毒消し草だ。持てるだけ持て」
「え?毒消しがなんでいるんだ。そんなもん、店で買えばいいだろ」
「毒消しがこれだけあるってことは、この先で毒を使うモンスターがでることを想定しろ。フィールドに残された情報から可能性を探れ」
「そうなのか」
「こうやって現地でアイテムを調達することで、柔軟に戦いにそなえろ。それに、毒消しだって店で数を買ったら馬鹿にならないぞ」
「わかった」
ダンジョンの階段を降りると、開けた場所に出る。
あたり周辺に腐敗臭が漂う。モンスターやマシンの残骸が見つかる。
「マシンは何かと戦うために残されたんじゃないのか」
「どうやら、そうみたいだな」
熊蜘蛛が天井から降ってくる。体高は3m、足を含めた全長は4m。茶色で毛深く、一見して、その大きさから熊と見まがうほどだ頭部には八つの瞳が怪しく、赤く光る。足の関節も同様に赤く光っている。
うわ。
でかっ。
きもっ。
こわっ。
そんな俺の気持ちが考慮されるわけはなく、淡々とフェアリスは告げる。
「気合い入れろ。こいつがこのダンジョンの主だ」




