造花‐フェイク
フラッシュがまたたく。
ポーズを変える。
フラッシュの度に、ポーズを変える。
そのどれもが、異なる表情を演出する。
真っ赤なドレス。
この一着がサラリーマンの平均年収と同等。彼女のために作られ、この一瞬のためだけにある衣装。
見る者を虜にする。
悩殺する。
誘惑する。
美しさと、幼さが、絶妙に、不安定な、バランスで成り立っている。
彼女はこの撮影が何に使われるのかすら知らない。
撮影の合間に食事をとりながら、何人ものアシスタントの手で、別の衣装に着替えさせられる。
まるで着せ替え人形のように。
彼女が彼女であるから、着こなせるような衣装だった。
他の人間が同じものを着れば、またたくまに笑い者になるだろう。
大人の皮を着た、子供のための、着せ替え人形。大人のための贅沢なおもちゃ。
カリスマ性、才能、天才、様々な言葉で彼女は着飾られる。
ただその言葉のどれ一つとして、彼女は気にいっていない。
そのどれもに重みがない。自分の本質をとらえていない。
空虚な自分を派手な飾りつけで、でごまかしているように見える。
自分にある才能と呼ばれるモノなど、所詮まがいものだ。
いつかの、誰かの、何かの、猿真似に過ぎない。
切り貼りされて、作られた、コラージュ。
言われるがままに歌を歌う。
言われるがままにインタビューに答える。
言われるがままに笑う。
言われるがままに食事をとる。
言われるがままに呼吸をする。
世間は彼女をまるで、シンデレラか何かのようにまつり上げようとしている。
実態の伴わない虚像。
その虚像はいつか、魔法が解けて真実を映し出すようになる。
真実を写す鏡が正直なことを彼女は知っている。
いつからかだろう。
もう長いこと、彼女は真の意味で笑った記憶がない。
彼女にとって唯一の至福の時がある。
過密なスケジュールの合間をぬって、睡眠時間を削り、彼女は「世界」に没頭する。
ナイツオブワンダーランド。
ゲームの中の自分は、ナニモノにもとらわれず自由に、奔放に生きる。
力で支配される世界で存分に力を奮う。
彼女が真の意味で、彼女になる瞬間。
最近、やっと仲間と呼べるような存在ができた。
嬉しかった。
自分をケースに並んだ商品としてではなく、一人のプレイヤーとしてみてくれる。
作られた、虚像の自分ではなく、ありのままの自分を受け入れてくれる場所を見つけた。
わがままで、めんどくさがり屋で、弱い自分が、ありのままでいられる場所。
決して失いたくない場所。
守りたい場所。
彼女は「世界」を愛していた。
彼女は「世界」を守るために、「世界」を裏切らなければならなかった。
息の詰まるような、偽物の自分の名前は、sielu。
あるがままの猟奇的な、偽物の自分の名前は、アイリス。
彼女の頬を、感情と切り離された、冷たい涙が伝う。




