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夢追者‐ドリーマー

 修道者シスターは森を走り抜ける。肌に汗が浮かぶ。森の木々を破壊しながら迫ってくる大猪ジャイアント・ボア

 王都の協会ソサイティから委託された仕事だ。

 農民の畑の農作物を荒らし、家畜を襲って食い、果てには人間まで襲うという、暴食の害獣だ。もし倒せれば、経験値の他に、協会ソサイティから報酬が支払われる。

 とはいえ、全長4、5m、推定体重550kg。軽トラックの重量すら越える、四本牙のこの文字通りの化け物を狩るのは容易ではない。

 敵とみなした相手には手当たりしだいに突進をしてくる。

 なぎ倒された木々が大猪ジャイアント・ボアの通り道のように残っている。

 修道者シスターの呼吸が荒くなる。戦闘職では無い、修道者シスターのスタミナは戦士ソルジャータイプに比べて少なく、もう尽きかけていた。

 意を決して楯士シールダーが攻撃を受けるために振り返る。

「シスター様、行ってください」

「シールダーさん」

 修道者シスター心配そうに楯士シールダーを見つめる。

 楯士シールダーは大楯を構える。大猪ジャイアント・ボアの巨大な体が迫る。楯士シールダーと衝突する。楯士シールダーの体は勇気の甲斐なく、いとも簡単に吹き飛ばされる。

 5mは吹っ飛んだだろうか。

 ぐるぐると転がり、頭と足が逆さまになったところで、木にぶつかって止まる。楯士シールダーは言う。

「無念です」

 大猪ジャイアント・ボアが鼻息荒く、ゆっくりと方向転換をする。狙いは修道者シスターに定められる。大猪ジャイアント・ボア前足で地面を蹴る。

 修道者シスターの表情が恐怖に染まる。立ちすくみ、動けなくなる。全身が震える。人間として正常な反応だった。

 完全主観視点フル・ファースト・ヴューによる戦闘の臨場感は、巨大な敵を前にすればするほど、絶大なものになる。

 巨大な敵を前に一切ひるむことなく戦えるプレイヤーはそういない。

 大猪ジャイアント・ボアが走り出そうとした瞬間、乾いた銃声が森にとどろく。大猪ジャイアント・ボアの目の前で、真っ赤な粉塵が舞う。大猪ジャイアント・ボアは苦しそうにのたうち回り暴れまわる。

紅辛弾スパイシィバレッタ。僕の新作特別弾のお味はどうだい?」

 原料はトウガラシ、ハバネロ、ブートジョロキア。できることなら食らいたくない弾丸だ。嗅覚や感覚が鋭い者ほどダメージが大きくなる。

 大木にぶら下り、銃を構えている、無邪気に笑うリリィの姿があった。

 リリィは言った。

「今だよシスター。歌って」

 シスターはあひる座りをしたまま大きな瞳に涙を浮かべていたが、リリィの言葉にこくりとうなずくと、立ち上がった。

 そして舞う。しなやかに、美しく、時に力強く、ひらり、くるり、ひらり。

 修道者シスターは唄うように詠唱する。

「剣よ、竜の如く力を得て斬り裂け。楯よ、鋼の如き力を得て、我らを守れ。旗をかかげろ、挑め、戦う勇者」

 武闘曲バトルソング。ステップが成功するたびに、仲間のステータスが向上し続ける。

 攻撃力の上昇、防御力の上昇、精神力の向上、パーティのステータス上昇していく。

 楯士シールダーは言う。

「ああ。シスター様。いつにも益して可憐だ。力がみなぎってきました。ありがとうございます」

 リリィは木にぶら下がったまま言う。

「ありがとうシスター。今日も可愛いよ」

 リリィは木にぶらさがったまま引き金を引き続ける。続けざまに特殊弾頭が炸裂していく。

 鼻が利かなくなった大猪ジャイアント・ボアは怒りにまかせ、ところかまわず体当たりをしだした。リリィのいた木をめがけて大猪ジャイアント・ボアが突っ込んでくる。

 リリィはそこらの木々よりも丈夫そうで太い木を選んだつもりだったが、簡単に粉砕される。

 リリィが落下の体制を整え、猫のような身のこなしで着地する。

 目標物を定めずにランダムに攻撃を開始した大猪ジャイアント・ボアは動きが読めなくなっていた。修道者シスター楯士シールダーも慌てて避ける。

 リリィは言った。

「あらら。逆効果だったかな」

 三人そろって、暴れる大猪ジャイアント・ボアに翻弄される。

 楯士シールダーは言った。

「私に任せてください。シスター様の加護を受けた今なら、行けます」

 楯士シールダーは振り返る。楯を地面に突き刺す。腰を低く落とす。詠唱開始。

「大いなる大地よ、命の源泉よ、我に力添えを」

 大地が緑に光輝き、植物が、木が地面から楯を支えるように、絡みながら成長する。

 鳴き声を上げながら大猪ジャイアント・ボアは突進する。楯士シールダーに向かってくる。

 修道者シスターは見ていられなくて思わず手で目を覆う。リリィは今度はどれくらい吹っ飛ぶか期待を寄せる。

 激しい衝突音があたりに響き渡る。

 楯士シールダー大猪ジャイアント・ボアの突進を見事、受けきった。

 大猪ジャイアント・ボア足を蹴り前進を試みる。楯士シールダーは踏ん張り続け、楯で受け止める。

 リリィは言った。

 「やるじゃん、シールダー。今だよ、シスター。剣の歌を」

 修道者シスターは慌てながらも、うなずくと舞い踊る。唄うように詠唱する。

「剣よ、竜の牙の如く力を与えよ。剣よ、鋼を貫く閃光となれ。剣よ、我らを讃え、戦士に力を」

 武闘曲バトルソングは三小節に分かれ、一小節ごとに力を付与できる。

 二小節同様の唄を続けた場合、2倍の増幅。三小節続けた場合、3倍の増幅、ではない、2の2乗、4倍となる。

 リリィの体を紅い戦闘色のオーラが包む。

爆炎弾フレイム・バレッタ装填、視界良好、準備完了。すごい。エネルギーが増幅されて体がびりびりしてる。いつでもいけるよ」

 楯士シールダーは言う。

「了解!」

 楯士シールダーはすかさず、楯ごと身をひるがえす。

 その瞬間、リリィが引き金を引いた。轟音と供に、赤熱の弾丸が射出される。

 紅い閃光が大猪ジャイアント・ボアを貫く。刹那、大猪ジャイアント・ボアの全身を燃え盛る炎が包みこむ。炎は激しく燃え盛り大猪ジャイアント・ボアを焼きつくした。

 大猪ジャイアント・ボアがゆっくりと横たわる。ずうんと大地がゆれる。

 はしゃぐように喜ぶ合う三人。

 修道者シスターは目に涙を浮かべながら言った。

「リリィさん、シールダーさん、ありがとうございます。皆さんのおかげでで、こんなおっきな敵を倒せました。信じられません」

 リリィは言う。

「みんなが力を合わせた結果だよ。ね、シールダー。あいかわらず気持ち悪いけど今日はよく頑張ったね」

「そうです。すべてはシスター様のために」

 街に帰ると、いつもの広場へ向かう。女神像のある噴水、王都の大広場。

 そこでは、まだか、まだかと修道者シスターの姿を待つ多くのファンの姿があった。

 修道者シスターはいつもここで、路上ライブを行う。

 修道者シスターは小走りでステージへむかう。ファンに向けて一礼をすると、音楽に合わせて唄と踊りを披露する。

 初めてライブを行ったときは、恥ずかしさのあまり、なかなか踊り出せなかった。それでも勇気を振り絞ると、音楽に合わせて体を動かした。初めは誰も見向きもしなかった。それでもやがて、一人の観客が足を止めた。自分の踊りと唄を見届けてくれた。そして拍手をしてくれた。修道者シスターは感激のあまり涙を流して喜んだ。それがリリィだった。

 リリィは言った。

「それsieluの曲だよね」

 修道者シスターは頷いた。

 sieluは10代20代にカリスマ的人気を誇るトップアーティストだ。その才能は多岐にわたる。自ら楽曲を作成し、あるがままの女性の気持ちを歌う。モデルの仕事もこなしデザインまで行う。ナイツ・オブ・ワンダーランドの女性用装備もいくつか手がけている。アニメやゲームの仕事も進んで受け、その人気はとどまることを知らない。

 sieluは、路上ライブからのし上がった、シンデレラストーリーを持つ。

 リリィと修道者シスターは意気投合した。

 共にゲームの腕を磨き合い、リリィは修道者シスターに踊りや歌のアドバイスもした。時にはSNSでコメントをして応援もした。

 応援の甲斐あってか、しだいにファンが増えていった。

 修道者シスターは街を歩いていると、声をかけて貰えるようにもなった。

 そして今は、こんなにも大勢の人に応援をしてもらっている。

 嬉しいことに、ライブを終えると多くの人が握手を求めてくれる。

 

 ライブを終えるとシスターはバイト先の王都東側にある喫茶店「パレット」

でバイトをしている。

 味覚ジェネレーターを微調整しながら、ミル挽きでコーヒー豆を挽く本格的な喫茶店だ。コーヒーの他にもサンドイッチなどの軽食や、ケーキなどのデザートなども各種取り揃えている。

 ウッド調の内装の落ち着いた雰囲気の店舗で、知る人ぞ知る名店だ。

 単純にコーヒー好きのプレイヤーも来れば、情報交換の場としても使われてもいる。

 バイトの先輩であるリリィと共にケーキの飾り付けをしながら、物想いにふける。

 いつか自分もsieluのようなアーティストになりたい、と。

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