十三の極端‐Extreme13
アイリスは究極の選択をせまられていた。
壮絶な戦いだった。8時間にも及ぶ長期戦。このままでは今までの苦労がすべて水泡に帰してしまう。
後、一撃、せめて、これさえ当たれば、この勝負、私の勝ちだ!
俺はチャットコールでアイリスに呼ばれて、王都西側の酒場で落ち合った。
アイリスは珍しく意気消沈していた。
席につくなりアイリスは、額の前で両手を組み、がっくりとうなだれると、酒を頼むと、俺に言った。
「負けた」
俺は愕然とした。知る限りこの女を倒せるようなやつに心当たりは、ない、でもないが、やっぱり普通に考えればありえなかった。
「負けたって、お前が負ける相手ってどんな相手だよ」
「それはもう、とんでもない相手だよ。確立という名の数字の悪魔だ」
俺はしばらく考えて、意味を理解した。
「おまえ、まさかギャンブルか」
呆れたものだ。
アイリスは言う。
「今日は飲むぞ。」
なんだか肩の力が抜けた。
「おまえでも勝てない相手はいるんだな」
「リリィはどうした?」
「帰った」
「なんだ。喧嘩でもしたのか?」
「そんなんじゃねぇよ」
「あいつはお前になついてるよな」
「そうか?」
「そうでもないか」
「そうだろ」
アイリスは遠くを見るような目をすると言った。
「おまえ。強さってなんだと思う」
「相手を倒すだけの圧倒的な力」
「ちがうな。それは私のようなやつの考え方だ。私とおまえ、どっちが強いと思う」
「そりゃ、おまえだろ」
「ちがう。それは違うぞシュライバ。強さってのは力じゃない。恐怖だ。恐怖を知っているやつは、知らないやつよりもずっと強い。シュライバー、だからお前は強い」
「よくわからん」
「簡単だ。例えば私か、リリィどちらかしか救えない場合、お前はどっちを助ける」
「どっちも助ける」
「駄目だ。答えはどちらかひとつしか選べない」
「選べない」
「強さとは、それを選択することだ」
めずらしく、難しい話をする。
長い沈黙の後に答えた。
「わからない」
「わからないなら、今はそれでいい。グラスが開いているぞシュラ。お前は何を飲む」
「苦くないやつ」
「おまえらしいよ。おーい。ビールとスクリュードライバー、あとはフィッシュチップを頼む」
この世界の食べ物にもちゃんと味がある。記憶を際限できるシステムが搭載されているため。現実世界で舌が肥えている者ほど、味覚が多彩になる。
よってまだ酒を飲んだことの無い俺は、いくら酒を飲んでも、雰囲気以上に
酔うことはできない。こういう瞬間だけは大人がちょっとだけ、うらやましくなる。
アイリスは赤ら顔ではあるが、突然、真剣な表情をすると言った。
「シュラ。おまえ一昨日の夜、何してた」
「何って、テレビ見てたよ」
「へぇ。じゃぁ、これはお前じゃないのか?」
アイリスはエアウインドウを操作すると一枚の写真を見せた。そこには一昨日の夜、ダリアと俺が教会の前にいる姿が映っていた。
「見ていたのか?」
アイリスは言った。
「そんなことはどうだっていい。お前はこの相手が何者かわかってるのか?」
「さぁ」
「ナイツオブワンダーランドには【13の極端】と呼ばれる固有クラスが存在する。その多くはまだ空位となっているが、今現在判明しているのは三つ。枢機卿、魔術王、そしてもう一人がそこに写っている追放者だ。おまえがいつ、どこで誰と会おうが勝手だが、そいつとだけはやめておけ」
「なにむきになってるんだ。別に、所詮これはゲームの世界の」
アイリスはテーブルを叩き、でかい声で言った。
「ただのゲームじゃねぇんだよ、これは」
あまりの迫力に、おもわず椅子から転げ落ちそうになるが、かろうじてとどまる。その後アイリスは椅子にすわると、うとうとしはじめ、最後にはテーブルに突っ伏すと、すやすやと眠った。
ただのゲームじゃない、その言葉がどこか胸の奥でひっかかった。
俺はおもむろにヘッドセットを外す。
店内の喧騒は遠のいていった。




