王都‐インペリアル・シティ
間近で見ると、あらためてその大きさに驚いた。丈夫そうな塀で囲われ、大きく威厳ある門が東西南北に位置する。
そして、外からでもわかる巨大な城、その全長は100mはくだらないだろうか。現実世界であれば、城の上に航空障害灯を設けなければならないだろう。
日中は門が解放されている。夜は固く、閉じられている。だからといって、夜に出入りができないわけではない。夜間用の小さな門を使って出入りができる。
俺はついにこの王都に足を踏み入れることとなった。
門をくぐると、大きな街道に沿って市場が開かれていた。その中にはプレイヤーによる露天商もめずらしくはなかった。
そして、この世界に来て初めて、こんなにたくさんのプレイヤーを見た。
見たことのない装備をしたプレイヤーや、見たこともない職業のプレイヤー。さらに、これまであったことのない様々な異種族のプレイヤーもいる。
この世界にはエルフやドワーフ、獣人など、まだまだ、俺の知らない種族もたくさんあるらしい。特殊な条件を満たせば、他の種族に転生できるのだという。
アイリスは言った。
「あんまりきょろきょろすんじゃねぇ。こっちまで初心者だと思われて、はずかしいだろ」
俺は答える。
「しょうがないだろ、本当にはじめて来たんだ」
俺はこいつらと会うまでは、慎重にプレイをしてきたから、あんな強いモンスターが出てくるようなフィールドまで行ったのは初めてだった。
リリィは言った。
「そうなんだ。じゃぁわたしが案内してあげようか?」
「ほんとうか。それは助かるな。よろしく頼む」
アイリスは言った。
「それなら私は別行動させてもらう」
「なんだ。一緒に行かないのか?」
「ああ。私はやらないといけない事があるからな」
「そうか。じゃまた、あとでな」
「ああ」
アイリスは足早に街の中に消えていった。
俺はリリィに聞いた。
「あいつは何をしに行ったんだ?」
「なんだろう」
俺はリリィが進むままに王都を見て周った。
街の中はどこに行っても盛況で、まるで祭りでもやっているようだった。
露天で売っている食べ物も、どこか夏祭りを彷彿とさせるものが多い。たこ焼きだとか、林檎飴だとか、かき氷だとか。
「シュライバ。アレ食べよう」
「シュライバ。アレも」
「シュライバ。アレ」
気が付くと俺は王都に来て浮かれていたこともあってか、リリィに何品も買わされていた。どう考えてもこいつの方が金持ちなのに。
リリィは武器街に行くと様々な商品を吟味しながら部品ごとに買った。俺もそれを真似して買ってはみたが、わけのわからないガラクタが増えただけな気がする。
途中えらくごつい部品を見ながら、その金額を何度も数えて落胆していた。魔導エンジンとかいっただろうか。
こいつでも買えないような金額なんてあるんだな。
あんまり、食い入るように見ているので店の主であるプレイヤーは言った。
「お?お譲ちゃん。見た目の割に、お目が高いね。どうだい、うちは分割でもかまわないよ」
お?買うのか?このバカ高い部品を?
陽気な店主は調子に乗って続けた。
「迷ってないでさぁ。ほら、そこの彼氏におねだりしちゃえば?」
彼氏?なんのことを言ってるんだ。保護者の間違いではないのか。
案の定、リリィは顔を真っ赤にしてうつむくと、すたすたと店を後にした。
大丈夫かな。後でこいつ、店のやつ、ぶっとばしにこないよな。
俺たちは時計塔から街を見下ろした。
「すげーな。これ全部街なんだな。今までの街なんて全然たいしたことなかったんだな」
「え?本当に初めて王都にきたの?」
「逆に、俺が冗談ではじめてきたって言ってると思ってたのか?」
「へぇ。そうなんだね。どうりでシュライバは弱いわけだね」
俺は少しむっとしたが。すぐにその感情はどこかに消えた。俺が弱いのは事実に違いなかった。
俺は言った。
「まぁ。ゲームなんてするの10年ぶりくらいだからな」
「え?なんなの。シベリアにでも抑留されてたの?」
「怒られるぞ。まぁでも、あながち間違いでもないか」
厳しいピアノの英才教育の日々。ゲームなんて友達の家にでも行かないと、する機会はなかった。
「その割には、このゲームについて詳しいよね」
「まぁ、攻略本買ったからな」
リリィはくすりと笑った。
「今時そんなの買う人本当にいるんだ」
「形から入るタイプなんだよ。俺は。なぁ。なんだってお前はそんなに強いんだよ」
「わたしは、なんでかな。慣れ、かな」
「はぁ?なんだよ、それ」
「シュライバー。どうして、はじめてあったとき、わたしに話しかけたの?」
「それはリリィが初心者だと思ったからだよ」
「それだけ?」
リリィは真っすぐな瞳で俺を見つめた。
本当のことを言えば、ちょっと好みだとは思った。
「それだけだ」
「弱いのに?」
「どういう話の脈絡だよ。
そうだな。俺はさ。好きなんだよ。この世界が。
正直言うと、俺はこのナイツ・オブ・ワンダーランドが発売されて、皆が浮かれている時、それを馬鹿にしていたんだ。
ゲームなんか、どこがおもしろいんだって。
でも本当は、仲間外れにされているような気がしてた。何度も流れるかっこいいCMを見ているうちに、気が付いたら欲しくなってた。
自分でも単純だと思うよ。でも自分から何かをやってみたいとか、何かが欲しいって思ったの、ものすごく久しぶりだったんだ。
いざやってみたら楽しくてさ。
でもまぁ、おかげさまで超下手くそなんだけどね。でも楽しかったよ。好きになった。この世界が」
「へぇ」
「だから俺は許せなかった。
こんなに面白いゲームのなかで、盗みとか、殺しとか、そういうのが。
ゲームの世界なら当たり前なのかもしれないけど、俺は嫌だった。
俺のエゴかもしれないけど、この素晴らしい世界にそんな要素はいらないと思った。
だから、そういうやつは酷い目にあえばいいと思ったよ。
そしたら、リリィとであった。やることなすこと目茶苦茶だけど、面白いなって思った」
「今日は随分お喋りだね」
俺は少しの間、考えた。
「永久落って知ってる?」
「知ってる」
「永久落は多分存在する」
リリィは何も答えなかった。それでも俺は続けた。
「永久落は何らかの条件下にあるプレイヤーがロストするときに発動する。だから俺はこれから誰もロストさせたくない」
「もし、それが本当だとして、相手が襲ってきたとしてもシュライバーは殺さずに戦うってこと?」
「そう、なるのか」
リリィは笑った。とても冷ややかな笑顔だった。まるでいつものリリィとは別人のように思えた。
「そんなの、無理だよ。きっといつか、シュライバが死ぬことになる」
「そう、かな」
リリィはもう一度笑った。今度はいつものリリィだった。
「シュライバーは弱いから。私が守るよ」
この時、不確かではあったけど、俺はリリィが何かの覚悟をしたのかもしれないと感じた。でも、それが何なのかは、わからなかった。
いつの間にか日は暮れて、あたりは暗くなっていた。
不意に、空が明るくなった。夜空に一輪の花が咲いた。その後も、何度も、色とりどりの花が咲いた。
リリィが言った。
「この時間になると、たまに花火が上がるんだ。ここから見える花火が一番綺麗」
何かいうべきだったのかもしれないけど、この景色にはどの言葉を添えても邪魔な気がして、ただ黙っていることにした。




