完全防御‐パーフェクト・ガーディアン
ドラッガーはランスを力の限り振り回す。そこには戦略もなければ、なんの美学もない。
あるのは破壊、ただそれだけだ。破壊、破壊、破壊。
通常のプレイヤーがオブジェクトの破壊に数撃を必要とするのに対し、ドラッガーのランスは少しかすっただけでオブジェクトを破壊してしまう。
ドラッガーは周囲のオブジェクトすら敵と認識して破壊していく。オブジェクトの中に隠された、プレイヤーの強化アイテムがさらにドラッガーを強くする。
ドラッガーのスタミナはすでに尽きていた。
通常でああれば、スタミナが尽きるとプレイヤーは内臓がやけるような苦痛を味わうこととなる。
しかし今、ドラッガーのスタミナは「パラノイア」で無尽蔵の物となっている。男は苦痛を感じない。
ブレイダーはしばらくドラッガーの攻撃を観察していた。その目つきはまるで品物を見定めるかのようでもあった。
やがて周囲のオブジェクトがすべて破壊されつくす。すべての強化アイテムがドラッガーに吸収される。
ドラッガーはついにブレイダーに襲いかかった。
ブレイダーはそれを涼しい顔で刀で受けた。
壮絶な打ち合いが繰り広げられる。
本来であれば、精神加速により、全ての攻撃が加速されているドラッガーとブレイダーとではブレイダーが撃ち負けるはずだった。
ランスから繰り出される攻撃を、ブレイダーはすべて発動前に撃ち払っている。事実上ドラッガーの攻撃は全て発動前にキャンセルされている。
つまりこれは打ち合いに見えるが、一方的なブレイダーによる攻撃による防御だった。
ブレイダーは言った。
「つまんない。最高の技で来なよ。今日で終わりなんだ。悔いは残したくないだろ」
ドラッガーは獣の如く遠吠えを上げる。スキルが発動する。さらに物理攻撃力に加速がかかる。
ドラッガーは再びブレイダーに襲いかかる。
激しい剣撃が撃ち交わされ、火花が散る。
ブレイダーはすべて受けきっていた。さらに攻撃の合間を縫って、反撃を加えている。
いくら攻撃力が増しても当たらなければ意味がない。
ドラッガーは攻撃をすればするほどダメージを負っていく。やがて持っていたランスを落としてしまった。
ブレイダーの強さは圧倒的だった。
ブレイダーは一切のスキルが使えない。単純に知識として知らない。
自らの剣術だけであらゆるプレイヤーと渡り合ってきた。
「教えてあげようか。キミの弱点はその鈍感さだ。攻撃をうけても苦痛のないキミは体の損傷に気が付かない。キミはもうランスをもてない。さようなら」
ブレイダーは剣を振るった。つまらなさそうに、退屈そうに、切り刻んでいく。
ドラッガーの現実の肉体は刑務所の医務室にあった。
そこにはかつての雇用者である、コズミックフロントの役員と、かつてドラッガーのメディカルドクターを担当していた者の姿があった。
この男は「パラノイア」の貴重な臨床サンプルであり、価値がある。
と、同時にノバメディカルとコズミックフロント社の違法研究を知る危険人物でもある。
この男を生かしておくわけにはいかなかった。臨床データを集めながらも、この男を抹殺するには、地下闘技場はもってこいの舞台だった。
ドクターはドラッガーにこの試合に勝てば妻と娘に会えるというシナリオをゲーム開始前にインストールしていた。
剣撃を受けながらドラッガーは涙を流しながら咆哮した。憎しみ、後悔、怒りそのどれともつかない黒く濁った感情の澱みのこめられた咆哮。
たとえ痛みを感じなくても、心は傷ついていた。
もし負ければ、もう二度と愛する妻と娘と会えなくなることをドラッガーは無意識に理解している。
(あいたい。せめて、もう一度だけでも)
ドラッガーの悲しみが奇跡を起こす。
ブレイダーはおろかドラッカー自身ですら知らなかった。
ドラッガーの咆哮が三度目の成功をすると、ある特性が発動する。
完全防御。一定時間、一切のダメージを無効化する。
ブレイダーは関心したように言った。
「そうこないと」
ドラッガーはブレイダーの腕に手を伸ばす。
このとき対象のプレイヤーがなんらかのキャンセルの動作をとらないと掴み技は成立、技が発動される。
キャンセルが認識されれば、技は失敗、認識されない。
ただし完全防御発動時にはキャンセルは一切認識されない。
このとき、ブレイダーはあえてキャンセルをしなかった。その表情にはうっすら笑みすら浮かんでいた。
記憶の中のあるの感覚を思い出す。ドラッガーはノイズまみれの思考の中で勝利を確信した。
ドラッガーはブレイダーの腕を掴んだ。
そのとき、かつて王座についたときの試合の幻覚を見ていた。
ドラッガーは壮絶にブレイダーを縦横無尽に叩きつける。
壁に、床に、天井に。これが、これこそが「パイルドラッガー」。
かつてドラッガーが正真正銘の王であったときの技。
過去の「パイルドラッガー」が発動したドラッガーの試合の勝率は100%。技を受けて立っていた者はいない。
ドラッガーは技のフィニッシュにブレイダーを壁に投げつける。壁が崩壊する。
時間経過により、完全防御終了
幻惑のなかでドラッガーは妻と娘に手を伸ばす。
笑っていた。笑っていたのはブレイダーだった。
歓声が湧き上がる。
何故ブレイダーは立っていられるのか。答えは単純だった。全身を切り刻まれたドラッガーは、腕と足の主要な腱が切断されている。技が発動しただけでも奇跡に近い。ダメージはたかが知れていた。
「楽しかったよ。今度はこっちの番だね」
ブレイダーの斬撃がドラッガーを捉える。
嵐のような連撃が始まった。
ドラッガーはされるがままに、なすがままに斬られ続ける。
まさに「無限の斬撃」。
一度開始されると、反撃はおろか、防御すらできない。対象のライフが尽きるまで続く。
ドラッガーは幻惑のなかで、遠ざかっていく二人をただ見ていることしかできない。
けっして追いつくことのできない距離がそこにはあった。
ドラッガーはやがてライフが底を突く。体が風化した陶器のように崩壊していく。
ドラッガーは薄れいく意識の中で、混迷する意識のなかで言った。
「戦いの果てになにがある?」
ブレイダーは言った。
「それを探しているんだ」
アレーナの特別観覧席に、戦いを眺める紅いランサーの姿があった。
この戦いの勝者が次の自分の対戦相手となると言われている。
ランサーは勝敗の行方を見届けると、静かに小さく笑った。




