灰色の猫 その2
旧タイですが、一カ月ぐらいしたら消す予定です。
キリが良いところで切ったので、少し短めです。
誤字脱字の可能性大です。
「いやー、助かっちゃうなー」
「……」
朗らかに笑いながら歩く灰猫先輩。無言で横を歩く俺。とても対照的な二人だと感じるだろうが、これもしょうがないと思うんだ。
「もうねー、先生も酷いと思わない? 幾ら私が冒険者科に在籍してて、一般的な生徒よりもステータスが上だからってさ、こんな重い木箱七個を一人で運べなんて信じらんないよね」
「………」
「そりゃ、私の筋力値は結構高いけどさ、物には限度ってもんが有るでしょ? 七個よ七個。ただでさえ持つのも辛いのに、それを一人で運ぶなんて危なっかしくて出来ないわよ」
「………」
「さっき階段から落ちちゃったのだって、重ねて運んだ所為で前が見えなかったから……ねえ、聞いてる?」
無言を決め込んでいると、灰猫先輩が俺の顔を覗き込んできた。額に青筋が浮かんだ気がしたのは、錯覚じゃない筈だ。
「……取り敢えず、聞いてはいますよ。だから言わせて下さい。今のセリフ、ブーメランだって自覚は有りますか?」
顔は決して灰猫先輩の方へと向けず、目の前の木箱を見つめながら俺は尋ねた。そうしないと、頭の血管が切れそうだったから。
「有るわよ?」
持っている木箱を軽く上に放り、高速で灰猫先輩の頭を叩く。
「にぎゃっ!?」
「殴って良いですかね?」
「…ッ、もう殴ってるわよね!?」
「失敬。イラついたので言葉よりも先に手が」
灰猫先輩に謝罪しながら、片手で落ちてきた木箱をキャッチ。
それを見て、目を丸くする灰猫先輩。
「……わお」
「何か言いたい事が?」
「……取り敢えず、怒る気が失せるレベルの大道芸はヤメテ」
「大した事はしてませんよ」
こんなもの、ステータスが高ければ出来るだろ。
「大体ですね、文句が言いたいのはこっちの方なんですよ。何で木箱の数が6:1なんすか」
灰猫先輩が持っている木箱の数は一つ。残りの六つは全部俺の手の中だ。うず高く積まれた木箱のお陰で、前が全く見えん。
「ヒバリ君が持ってくれるからでしょ?」
「ほざくな灰猫」
「……遠慮が無くなってきたなぁとは思ってたけど、とうとう先輩が消えたわね……」
「敬われたいなら行動で示せ」
この人、俺が渋々木箱を持とうとした途端、木箱を一つだけ持って走り出したんだよ。普通に殺意が湧いたわ。
「だってしょうがないでしょー。この箱一つでも相当重いんだもの」
「俺はそれを六個持ってるんですけど」
因みにこの木箱だが、一つ辺りの重量は十キロぐらいだ。中身は大量の紙らしい。
「良いじゃないの。ヒバリ君、割と軽々持ってるんだから。それともキミは、私みたいなひ弱な子に六十キロ近い荷物を持てって言うの?」
「そういう問題じゃないんすけど。そして、木箱全部をさっきまで持ってた人が言っても、ひ弱とか説得力が無いです」
普通に強いだろアンタ。
「細かい事気にしてたらモテないわよ?」
「余計なお世話です。と言うか、そう言う事を言いたいんじゃないんですよ」
「じゃあ何よ?」
「あんな風におちょくらなくても、普通に言ってくれれば持つって事です」
流石の俺でも、そこまで無神経では無い。
そう伝えると、灰猫先輩は目を丸くしていた。
「……へえ、意外に優しいところも有るのね。ヒバリ君の事だから、てっきり挑発して立ち去るのかと思ってたわ」
「何でそんなイメージが定着してんすか…。俺とアンタ、出会ってまだ十分も経ってないからな」
そんな外道みたい行為、知り合いにしかやらんわ!
「知り合いにはやるんだ」
「だって面白いでしょ?」
「キミも中々良い性格してるわねー」
クスクスと笑う灰猫先輩。十中八九、この人も俺と同類だと思う。
「まあ、それならもう一度お願いするわ。ヒバリ君、荷物持ってくれる?」
上目遣いで俺の顔を覗き込んでくる灰猫先輩。普通に可愛いのだが、笑顔の裏には打算が有るのは確定だ。
「普通に頼んでください。んな一々あざとくせんでいい」
「むー、大体の人はこれで喜んでくれるのに」
「嫌な事を思い出すんですよねそれ…。打算とかが有ると効果が半減します」
基本的にドロップの尻拭いの所為である。アイツの上目遣いで何回奮闘した事か。【願望の聖杯】なんて良く分からない発明品の為に、魔神の異空間にカチコミを掛けたのはいい思い出だ。因みに同じ事を七回はやった。
俺が遠い目をしていると、灰猫先輩が意外そうな声を挙げる。
「あら、キミが振り回される姿なんて想像つかないわ。どちらかと言うと振り回す側でしょ?」
「んー、否定はしませんが、世の中って広いんですよ。昔の仲間に比べたら、俺なんてかなり常識が有った方です」
俺も大概変人だけど、師天の奴らは全員がヤバい。唯一の常識人であるニャーさんですら、人に飽きたという理由で猫になったのだ。普通に頭が可笑しいと思う。
「……ちょっと想像出来ないかなぁ………」
灰猫先輩の顔が引き攣ってる。
「想像出来ない方が良いですよ。世の中、知らない方良い事も有ります。あの手の奴等は、マジで会わない方が良いです。心労で寿命が減ります」
まあ、そうそう出会わないとは思うが。と言うか、あんなのがゴロゴロ居てたまるか。そうなったら一度世界を壊すぞ俺は。
そんな事を考えていたら、資料室が見えてきた。
「そう言う訳なんで、俺にはあんまり関わらないようにしましょう。灰猫先輩の寿命を縮める事になるのは、俺も心苦しいですし」
「あら? それだとヒバリ君も、その傍迷惑な人種と同じって言ってるように聞こえるわよ?」
「実際にそうですからね」
ついでに言うと、アンタもな。
俺も灰猫先輩も、他人を振り回す類の人間だ。俺は引き寄せられる厄ネタで。灰猫先輩は傾国クラスの美貌で。
ベクトルは違えど、俺と灰猫先輩は非常識側に身を置いている。
「むー、そんな風に思われるなんて心外だわ。まだ出会って十分も経ってないのよ?」
「それはそっちも同じでしょうに。と言うか、アンタは印象付けるに十分な行動をやっとるわ」
出会いから別れまでの終始が悪女だよアンタは。
「兎も角! お互いに程々の距離感を持って、程々に付き合っていきましょう。それが俺達の為です」
俺がそう宣言すると、灰猫先輩は不満そうな声を上げた。
「えー、私はヒバリ君の事気に入ってるのにー。キミは私の事嫌いなの?」
「いえ、別に。灰猫先輩の性格は俺好みですし、見た目も眼福だとは思いますよ。ただ、近くに居ると碌な事にならなそうだなと。後は、役者よりも観客に回った方が面白そうです」
正直な感想を漏らすと、灰猫先輩は愉快愉快とばかりに笑った。
「あははは! キミのそう言う正直なところ、私結構好きだよ。美麗字句は何度も聞いてるけど、こんな事を言われたのは初めて」
「さいで」
灰猫先輩の容姿だ。歯の浮くようなセリフは聞き飽きているのかもしれない。
「うんうん。そう言う事なら、今はヒバリ君の言う通りにしておきましょうか。私的には残念だけど、言ってる事も一理有るしね」
「そりゃ良かったです」
いや、マジで。だってこの人、下手したらドロップやクイーンの後釜に収まりそうなんだもん。俺を振り回す的な意味で。相当に失礼な事を言ったが、それも嫌な未来を回避する為。一応、心の中では頭を下げておこう。
ごめんなさい。
「……どうしたの? いきなり頭なんか下げて」
「おっと、これは失敬」
間違って本当に頭を下げしまった。
灰猫先輩は俺の行動を不思議そうにしていたが、軽く肩を竦めるだけでスルーしてくれた。
「取り敢えず、荷物はそこに置いといて。もう大丈夫だから。手伝ってくれてありがとね」
指示された場所に荷物を下ろして、灰猫先輩の方を向く。
「一応言っておくけど、学習室はこっちの階段で三階、そこを右に行けば直ぐだよ」
「あ、ども」
「いいのいいの。ヒバリ君には手伝ってもらったし、今後は程々の距離でヨロシクやってくんだもの。困ってたら助けるわよ」
そう言いながら、灰猫先輩は資料室の中へと入っていく。
そして、扉から半分だけ顔を覗かせ、
「それじゃあ、またね。ヒバリ君」
ウィンクをしながらそう言ってきた。
「はい、さよならです。灰猫先輩」
俺は別れの挨拶を交わして、階段を上った。
その途中で気付く。さっきのセリフの違和感に。
「………ん? 今後?」
なんとなくだが、猛烈に面倒そうな予感がした。
灰猫先輩ですが、世界が違ったら師天の仲間入りをしてたかも。そんな人物。




