事情聴取 in アール家
別視点の話もあるので少し長めです。
誤字脱字の可能性大です。
屋敷へと帰宅した俺とクラリスは、爺さん達が居る居間へと向かった。
「ただ今帰りました」
「右に同じ」
「省略するなド阿呆が」
俺のトラウマがバレるという事件もあったが、その後は特に問題は無かった。ついでに言うと、会話もあまり無かった。
「おかえりなさい二人とも……あら? あらあらあら!」
居間で寛いでいたシータさんが、俺達の姿を見るなり目を丸くして驚いた。何事かと視線を追えば、それは俺とクラリス、正確に言うとその間に向けられていた。
「あ」
「……あ」
ばっと二人同時に手を離す。多少の恥ずかしさもあったが、それ以上に気不味かった。お互いにチラチラと様子を伺う。あくまで手を繋いだのは悪い空気を誤魔化す為だった。シータさんが違う意味で言ったのは分かっているが、俺にはそれを指摘されたみたいでなんとなく居心地が悪い。
「……ほほう。手を繋いで帰ってくるなんて、とても仲良くなったみたいだな」
ライデンさんがニヤニヤと茶化してくる。事情を知らない第三者から見れば、俺とクラリスの反応は初々しく感じるのだろう。
だが待て。一つ言いたい。おい、それで良いのか父親よ、と。そして爺さん。そんなに顔赤くすると血管切れるぞ。
「ヒバリ貴様ぁぁぁ! クラリスに手を出すなぞこのわーー」
「[うっさい黙れ指一本動かすな]」
「っ!?」
掴みかかってきた爺さんを【悪魔の囁き】で封じる。自分で作っておいてアレだが、本当に便利だこの魔法。
「またヒバリ君のびっくり魔法が発動したね……」
掴みかかろうとした体勢で固まる爺さんを見て、ライデンさんが頬をヒクつかせる。爺さんは爺さんで、掴みかかろうとした体勢(つまり片足立ちの前傾姿勢で勢い良く腕を振り上げた体勢)で固まっているので、全身がプルプルと震えている。このまま放置していたら、多分どっかの筋肉か筋が傷む。良くて筋肉痛か。
【悪魔の囁き】は人間に拒絶不可の命令を行う魔法だ。なので爺さんに『指一本動かすな』と命令した場合、爺さん身体が意思に反して動く事を拒否する。それを維持するのがツライ体勢の時に命令したらどうなるか? 答えは簡単。身体がどんなツライ体勢でも命令を遂行しようとする為、
「……えっと、これ大丈夫なの? お義父さん顔真っ赤よ? すっごい震えてるし……」
こうなる訳だ。
「大丈夫ですよ。精々が筋肉痛なるぐらいです。悪かったら筋肉や筋、神経が断裂しますけど」
「全然良くないわよ!?」
強制的にキツイ体勢で静止してたらそうなるでしょう?
「……ヒバリ君、流石に解いてあげてくれ。親父がヤバい」
「はいな」
ライデンさんの鶴の一声で即刻魔法を解除した。
「殺す気かお主は!?」
「死にゃせんよ」
「死ぬ程ツラかったわ!!」
だろうね。けどさ、元凶はアンタだぜ爺さん?
「つーか、負けるって分かってるのによく食ってかかるよな」
「漢には例え負けると分かっていても、闘わなければならない時がある!」
「いや無えよ。その考えは否定はしないが、アンタには無えよ。あっちゃ駄目だよ」
立場ある奴が無謀な突貫しちゃ駄目だろ。それで良いのか元当主。
「……ったく、お主という奴は。まあ良い」
「あ、良いんだ」
「良い訳あるかっ! 話が進まんから流してるだけじゃ!」
さいで。
「それで聞いたぞ。お主の親友、確かショウゴじゃったか? あのシグムントの馬鹿息子と決闘したらしいじゃないか」
「そうだが。早いな。もう耳に入ってんのか」
「まあの。お主達三人の事で何かあった場合、関係者各位には直ぐに情報が入る事になっとる」
まあ、そりゃそうか。この世界では異世界人は優秀な人材とされているし、子孫繁栄の鍵でもある。引き込む為には逐一情報を収集するのは当然。それを差し引いたとしても、この国にとっては俺達(と言うか俺なんだが)は爆弾だ。ルーデウス王達は、俺が簡単に国を滅ぼせるのを知っている。国を治める者として、そんな存在を野放しには出来ないだろう。
「それで、結果はどうじゃった?」
「いやいや、結果もどうせ報告されてんだろ」
決闘の報告が来ていて、結果が報告されてない筈が無い。
「まあそうじゃがのう。やっぱりこう言うのは関係者から聞きたいじゃろ?」
「えー、面倒」
「私もヒバリ君の口から聞きたいわ」
「了解しました」
シータさんの鶴の一声で話しだす。
「……儂とライデン達に対するこの扱いの差はなんじゃ……」
世界の意思だ。
軽く落ち込んでいる爺さんを他所に、俺は翔吾と坊々の決闘の内容を語る。
「ーーとまあ、大体こんな感じですかね」
「……上級魔法って斬れるんだな」
「……流石はヒバリ君の親友ね。こっちの予想の斜めを行ってくれるわ」
なんとも言えない表情をするアール夫妻。それでも否定する気は無いみたいだ。俺の仲間なら、って理由で納得したのだろう。
「まあ、彼奴らも普通に強いですし。あれは当然の結果ですよ。温室育ちの坊々が勝てる道理が無い」
あの実力だから実戦も多少は経験はしていそうだが、ワイバーンの群れに放り込まれて全滅させた二人には敵わない。
「ふうむ……クラリスはどう感じた? お前も見たんだろ?」
ライデンさんがクラリスに意見を求めた。しかしクラリスは上の空。自分に話題が振られたのに気付かなかった様で、一瞬だけ反応が遅れた。
「……え? あ、はい。とても凄かったです。あのハンスさんが手も足も出ないなんて、流石はお兄様の親友だと思いました」
「どうした? 上の空なんてお前らしく無いな」
普段のクラリスとは違う行動に、ライデンさんは訝し気だ。やっぱりさっきの事を気にしてるのだろう。
「いえ、少し疲れてまして。部屋で休んできてよろしいですか?」
「お、おう。しっかり休みなさい」
明らかに無理して作ったであろう笑顔を浮かべるクラリスを見て、ライデンさんは戸惑いながらも部屋へと戻らせた。
そして一連の流れを見ていた爺さんは、俺の頭をむんずと掴んで問い詰めてきた。
「……おい、お主クラリスに何かしたか?」
「な、なななななななななななななななななな何の事だ?」
「……どもり過ぎじゃろ……」
「うんワザと」
スパコーンと思いっきり頭を殴られた。あまりの痛みに蹲って悶えた……爺さんが。
「……ぐぅっ、お主の頭はどうなっとんじゃ!? とんでもなく硬いぞ!?」
見れば俺を殴った手が真っ赤になっていた。そらそうか。俺の耐久は四十万を超えている。基本的には人体の柔らかさしかないが、攻撃などを喰らう瞬間には鋼鉄なんか目じゃないぐらいの硬さになるのだ。硬さは自分の意思で調節も可能だが、それでも殴る時は魔力を纏って保護しておかないと怪我をする。ちょうど今の爺さんみたいに。
「ったく、親父は何やってんだよ。シータ、治してやってくれ」
どうやらシータさんは回復系の魔法を使えるらしい。
「別に良いけど、私のは光魔法よ? ヒバリ君の方が良いんじゃないの?」
不思議そうにするシータさん。既に俺の魔法の効果を体験している以上、何故に俺ではなくて自分に頼むのかが理解出来ない様だ。
理屈では合ってるが、この場合はライデンさんが正解である。
「……ヒバリ君、頼めるか?」
「ついでに幼女にして良いのならやりますよ」
「駄目に決まっとろうがこの馬鹿タレが! お主の場合は本気でやりかねん!」
俺が交換条件を出すと爺さんがキレる。爺さん、やりかねないんじゃなくてやるんだよ。
「……やっぱりこうなるか」
「了解。私がやるわ」
俺と爺さんのやり取りを見て、シータさん苦笑いで引き受けた。
「[形成せ光・願うは癒し]【ライト・ヒール】」
下級の光属性魔法【ライト・ヒール】によって、爺さんの手は赤みを引いていく。
ついでなので、ここで簡単にこの世界の回復魔法を説明しよう。この世界の回復系の魔法は大きく分けて三種類ある。身体機能を活性化させ自然治癒を促進させる水属性魔法。傷に直接作用して治療する光属性魔法。そして先の二つを合わせて、尚且つ発展させた治療術。効果は治療術が最も高く、他の二つは場合による。水属性の場合は病などにも効果があるが、完治するまでに時間が掛かり、身体を活性化させるので体力を消耗する。光属性は即効性があって体力を消耗しない。その代わりに病などには効果が薄い。
今回は大した事の無いただの怪我なので、ライデンさんは光属性を持つシータさんに頼んだのだろう。
「すまんの」
「構いませんよお義父さん」
「爺さんの自爆だがな」
「うっさいわ! 元凶お前じゃろうが!」
「おー怖い怖い。また殴られる前に早よ逃げよ」
また噛みつこうとしてくる爺さんをあしらい、俺は部屋へと退散する。
「待ていっ! どさくさに紛れて逃げるなヒバリ!」
チッ。逃げられなかったか。
回避は不可能と諦めて、俺は爺さんに向き合った。
「はぁ……で、何だよ爺さん。俺がクラリスに何かしたとでも思ってんのか?」
「別にお主が何かしたとは思っとらんわい。ただ、最近でクラリスが変になるのはお主関係でしかなさそうじゃからな。……認めるのは非常に癪じゃが」
苦虫を噛み潰したかの様な顔をする爺さん。孫馬鹿ここに極まれりである。
「お主の事で、あの娘は何か気に掛かる事が出来たのかもしれん。何か心当たりはないかの?」
とは言え、ここまで察せられていては話さない訳にもいかないか。アール公爵家にはお世話になっているし、なによりクラリスの親族だ。身内の様子が変になれば、気になるのも当然だろう。あまり知られたくない要素も含んでるので、詳しい事はボカして伝える事にした。
「心当たりというか、凡その見当はついてる。さっきの事が原因だろうな」
「さっきの事?」
「クラリスがちょっと悪戯をしてな。俺がそれに過剰反応しちまったんだよ。その事で気に病んでるんだろ」
あの娘はとても優しい。そんな娘が、自分の悪戯で多少なりとも慕っている相手を傷付けたのだ。今頃、自分の部屋で自責の念にでも駆られている筈だ。
「悪戯のう……。ふむ、あの娘がそんな事をするとは思わなんだ。余程お主の事を慕っていたのじゃろう。それならあの様子も納得出来る」
難しい顔で爺さんは語る。クラリスは人見知りのきらいがあり、他人にあまり心を開く事をしない。だが俺に対してはかなり心を開いているのだと。悪戯を行ったのも、いわば信頼の表れなのだと。
それを俺は拒絶した。嗚呼、本当に嫌になる。
「そんな顔をするでない。お主が過剰反応をするなど、クラリスはよっぽどの事をしたのだろう。場合によっては叱らねばならんの」
「……意外だな。爺さんからあの娘を叱るなんて言葉が出るとは」
少しだけ目を丸くする。この孫馬鹿にそんな行為が出来るとは思わなかったのだ。
そんな俺の反応が面白かったのか、ライデンさんが笑いながら説明してきた。
「親父はこれでも厳格で通ってるんだ。クラリスの事になると馬鹿になるが、それでも叱る時は叱る。俺なんか何回殴られたか」
「子供の教育とはそういう物じゃ。間違った事はしっかりと間違ってると教えねばならん。それを怠れば碌な人生を歩めんからの。ましてや儂らは貴族。数々の特権を持つ儂らが誤った道に進む訳にはいかん。それが貴族の最低限の義務じゃ」
そう語る爺さんには、普段の姿からは考えられない貫禄があった。だからこそ言った。
「似合わねー」
「……人が良い事を言った反応がそれか」
「うん。なんか威厳ある姿がムカついたから」
「次は魔闘でぶん殴るぞ」
「良いよ効かないから」
そしてリピート。
「……学習しろ親父。ヒバリ君には勝てないって」
「……クゥっ、よもや痛みすら与えられんとは……!!」
悔しそうに床を叩く爺さん。ケケ、ざまあ。
「まあ冗談はさておき。クラリスを叱るのは無しにしてくれ。あれは俺が悪いから」
俺のトラウマを知らなかったのだからしょうがない。隠してた俺も俺なので、次から気を付けてくれれば良い。
「……クラリスを庇ってるなら必要無いぞ? さっきも言ったが、間違った事は間違ってると教える必要がある」
真剣な瞳を向けてくる爺さんに、俺はゆっくりと首を振った。
「別に庇ってる訳じゃないさ。単純にあの娘に落ち度が無いだけだ。悪戯と言っても可愛げがある奴だったしな」
まあ、勘違いさせるって意味だったら凄えタチ悪いけど。
「兎も角。あの娘を叱らないであげてくれ」
「それは話の詳細を聞いてからじゃな」
やっぱりそう簡単にはいかないか。
「……ざっくりで良いか? 俺の内面の問題もあるから、詳細は話したく無い。例えそれがお世話になってる貴方達でも」
クラリスには運悪く知られてしまったが、トラウマの件は出来るだけ隠しておきたい事なのだ。今回の場合は例外なので触りだけ教えるが、トラウマの詳しい内容は伝える気は無い。……それに、寸止めとは言えキスされそうになったなんて言えるかい。
そこだけは譲れない一線だと目で伝えれば、爺さんは少しだけ黙考してから頷いた。
「……分かった。それで構わん。人の内側の問題ならば、無闇に入り込むべきでは無いだろう」
「助かる」
やはり爺さんは話が分かる。さっきの教育理論と言い、かなり優秀な貴族だと思う。これなら心置きなく、って訳にはいかないが、あまり気負わないで済む。
「帰りにクラリスと話をしていた。その話の流れで、クラリスは俺に悪戯をしてきた。悪気があった訳じゃない。少しだけ驚かそうとしただけなんだろう。けど、その行為が俺のトラウマを刺激したんだ。お陰で発作が出てな。それでクラリスも落ち込んでんだよ。結構デリケートな問題だから、そっとしておいてくれると助かる」
そう締め括って説明を終了した。かなり簡単に纏めたが、それでも理解出来る範囲だろう。その証拠として、三人とも難しい顔をしていた。
「……ううむ……トラウマのう」
「何だよその反応は」
「いや。お主はトラウマとか無縁そうなもんじゃからな。少し意外に思ってな」
俺を何だと思ってんだこのクソジジイ。
「何言ってんだよ。俺にだってトラウマの一つや二つあるわ」
「例えば?」
「俺って実は対人恐怖症」
「「「それは無い」」」
綺麗にハモって否定された。まあ事実だけどさ。
「まあ良い。事情は分かった。ならばこの件には儂等は不干渉じゃ」
「助かるわ」
「その代わり、しっかりクラリスと仲直りしてね?」
「俺達も娘の暗い顔は見たくないからな」
大人達から掛けられる言葉の数々を聞いて、俺はクラリスがどれだけ大切にされているかを実感した。一時期には辛い思いをさせてしまった為に、爺さん達はあの娘の笑顔が本当に大事なのだろう。
だからこそ、俺は胸を張ってこう言った。
「言われなくても」
一方その頃。貴族街。
とある屋敷の門を叩く男がいた。
「どちら様で?」
「治癒術師のイセトと申します。怪我人が居るとの事で、協会の方から派遣されてきました」
「畏まりました。少々お待ちください」
門番の一人が屋敷へと向かう。暫くすると、一人の老人が屋敷の方からやってくる。
「旦那様がお会いになるそうです。此方へどうぞ」
執事と思わしき老人はそう言いつつ門を開けた。そしてイセトと名乗った治癒術師を連れ、自らの仕える主の下へと案内する。
「此方で旦那様がお待ちしております。くれぐれも失礼の無い様に」
「当然です」
イセトが頷いたのを確認してから、老人は応接室であろう部屋の扉をノックする。
「入れ」
返ってきたのは比較的若い男の声。老人は音を立てない様に扉を開け、イセトに入る様に促した。
中には四十一歩手前の男が一人。身なりも良く、年齢に似合わぬ威厳のある。彼がこの屋敷の主人なのだろう。
「君が協会からやってきた治癒術師か?」
「はい。イセトと申します」
「まだ協会には依頼は出していない筈だが」
屋敷の主人は眉を寄せてイセトに尋ねる。依頼を出してないのに、丁度良いタイミングで治癒術師が来た事が疑問の様だ。
その疑問にイセトは苦笑いで答える。
「やはり指摘されますよねぇ……いやですね、実を言うと私の上司はかなり出世欲が強いんですよ。その上司の耳に貴方の御子息、ハンス様が怪我を負ったという情報が入りまして」
たははと頭を掻くイセト。その様子に毒気を抜かれたらしく、屋敷の主人ーーシグムント侯爵は肩を竦めた。
「成る程な。がめつい上司を持つと苦労するだろう」
「いや、その……はい」
何度か逡巡した後、イセトは諦めた様に肩を落として頷いた。
その様子に苦笑してから、シグムント侯爵は本題に入る。
「それで、君はそのがめつい上司の命令で派遣されてきた。つまり君はその上司に腕を認められている、そう捉えて構わないか?」
欲深い人間が貴族、それも侯爵家を相手にして生半可な人物を派遣するとは思えない。それも今回は押し売りに近い形だ。下手したら失脚の可能性もあるが、それを推してでも成功する確率が高い。その上司はそう判断したと、シグムント侯爵は予想する。
そしてその予想は正しく、
「ええ。無名ではありますが、かなりの使い手だと言う自負があります」
返ってきたのは確固とした自信に基づきた言葉だった。
「そうか。ならば信用するとしよう。愚か者に育ってしまったが、それでも私の大事な息子だ。しっかり治してやってくれ」
「畏まりました」
イセトが恭しく返答する。そんな彼を見て満足そうに頷いてから、ハンスの眠る部屋へと案内する。
「そう言えば変わった香水を使っているみたいだな」
「ええ、まあ。上司の無茶振りで彼方此方を転々としているモノで。これもその時に入手したのですよ」
会話の切り口として軽く雑談を交わした後、二人は仕事の話に入る。
「さて、聞いた所によると、御子息の症状は凍傷だとか」
「ああ。どうも編入生に決闘を申し込んだらしくてな。手酷くやられたらしい。その際に使われた氷の魔法で、今はベットの上だ」
しょうがない奴だと、呆れ気味に首を振るシグムント侯爵。自分の息子を愚か者と呼んだあたり、彼も相当に苦労しているらしい。
「昔はとても純粋だったんだがなぁ。甘やかし過ぎたみたいで、相当な馬鹿に育ってしまった。今では私の言葉も聞く耳持たん。表面上は頷いて、裏では反省していないなんてしょっちゅうだ」
話題は徐々に愚痴へと変わっていった。イセトも苦笑いである。
「っと、悪いな。愚痴になってしまった」
「構いませんよ。やはり子育ては大変ですか?」
「想像以上に大変だ。今回の件でハンスも反省して欲しいんだが、全く反省してないし」
シグムント侯爵から、色々な思いの詰まった溜め息が出る。アール元公爵は雲雀に親はマトモと言っていたが、どうやらその通りの様である。
「それにしても、御子息はかなり優秀だと聞いています。それを降すとは、相手の生徒はかなりの使い手みたいですね」
「そうみたいだな。その子は陛下からお墨付きを貰った三人の内の一人らしいが、話を聞く限りだと下手は冒険者よりも強い。信じられん話だが、上級魔法の【プロミネンス・スフィア】を斬ったとか」
その情報にはイセトも目を見開いた。
「なんと!? 上級魔法は攻城戦や竜種などを相手にする、所謂大規模戦闘と言われる時に使われる魔法と聞きます。まさかそれを斬るとは……」
感嘆の声を上げるイセト。
「それを学園の決闘で使った家の息子の馬鹿さ加減ったら……」
それに反して、シグムント侯爵は頭を抑えていた。
その様子を見てイセトは慌ててフォローする。
「いやいや、上級魔法を一人で発動出来るなんて凄い御子息じゃないですか!」
「確かにそこは評価出来るが、一発が精々だったみたいだ。何より発動までに二分近く掛かったとか。それでは実戦では使えん」
冷静な判断を降すシグムント侯爵。それでも優秀という部分は否定しない辺り、やはり息子には甘いらしい。
そうこう話している内に、ハンスの眠る部屋へと到着した。
「此処だ。おい、ハンス。起きてるか?」
扉をノックし、ハンスが起きてるかを確認するシグムント侯爵。
返事は直ぐにやってくる。
「何でしょうか父上」
「お前を治療する治癒術師を連れてきた」
簡潔に要点だけを伝え、シグムント侯爵は扉を開ける。
「具合はどうだ?」
「不本意ですが、あまり良くないです」
本気で不服そうなハンス。余程負けたという事実を認めたく無いらしい。しかしそれも直ぐに引っ込める。そしてイセトへと視線を向けた。
「そこの男が私を治療するのですか?」
「ああ。イセトと言う治癒術師だ。協会に所属しているから、腕は確かだろう」
「よろしくお願いします」
シグムント侯爵に紹介されると同時に、イセトはハンスへと膝をついた。
「うむ。やはり平民の反応はこうでは無くてな」
膝をつかれた事に満足気な声を出すハンス。シグムント侯爵がそれを咎めるようとするが、それを遮ってイセトが続ける。
「それでは治療を開始致しましょう」
「どれ程の期間で治る?」
「この程度の凍傷ならば、明後日には動ける様になりますよ」
「それは本当か?」
イセトの見立てに疑問の声を上げるハンス。ハンスの凍傷はかなり酷い。【冬の剣】の余波しか喰らっていないが、それでも重症な部類に入る。実はレギュレーションすれすれだったのである。
「ええ。その代わりこれを飲んでください」
ハンスの疑問に頷いた後、イセトは緑色の丸薬を取り出した。
「これは?」
「私が調合した丸薬です。治癒術の効果を高める効能があります。あ、見た目はアレですけど、毒では無いですよ」
丸薬は飲めと言われたら躊躇する程度に毒々しい色をしていた。ハンスもシグムント侯爵も軽く顔を引き攣らせている。
「……大丈夫なのか?」
「味は保証しますよ。青リンゴの味がします」
「はぁっ!?」
予想外の報告に素っ頓狂な声を上げるハンス。まあ、毒々しい緑の物体の味が青リンゴと言われても、普通は信用出来ないだろう。張本人からすれば尚更である。
「おい、これを飲まなかーー」
「補足ですが、それを飲まなかったら動ける様になるまで四日か五日は掛かります」
先回りして答えるイセト。そこに更にシグムント侯爵が追い打ちを掛ける。
「確か五日後には勇者の出立パーティーがある。お前も出席する予定だぞ」
目の前の怪しげな物体を飲むのと、勇者出立パーティーの出席を天秤に載せるハンス。暫く迷った後、
「……仕方無い。これを飲もう」
丸薬を飲む事に決めた。
「……」
ハンスは受け取った丸薬を見つめ、意を決して口に放り込む。
「……本当に青リンゴの味がするんだが……」
「マジか」
釈然としない様子のシグムント親子。その二人を眺めながら、
「……ククッ」
イセトは邪悪な笑みを浮かべていた。
実を言うと、今回のメインは後半部分。
アール家の話はオマケ。ついでに色々な説明詰めました。




