編入するちょっと前
学園に入るって事で前座みたいな感じです。文字数が少なめなのはお見逃しを。
パーティーの翌日、朝食の席で爺さんと拳と言葉(詠唱)で語り合った後、俺とクラリスは玄関口に立っていた。後ろには、ライデンさんやシータさん。執事長とメイド長などの使用人の偉い人達。後、ぐるぐる巻きで猿轡を噛まされてる爺さんが居た。
「それじゃあ行ってきますね」
「行ってらっしゃい。学園は良い所だから、緊張しないで楽しんできてね」
「はい、シータさん」
「あら、義母さんと呼んで良いんですよ?」
「……」
「フガーっ!フガーっ!」
多分、俺は今凄く微妙な表情をしてると思う。この場合、何て言ったら正解なのかが全く分からない。
朝食の場でクラリスが俺をお兄様と呼んだ時、それはもう大変な騒ぎになった。爺さんは『孫を誑かしたか貴様!』とか言ってブチ切れるし、ライデンさんは『ヒバリ君だったら歓迎するよ』と笑ってるし、シータさんは『明日にでも養子縁組の手続きを済ませましょうか』って真顔で言ってくるし。
アレは収集つけるのが大変だった。ライデンさんの場合は冗談っぽかったから軽く流したけど、シータさんはガチで言ってたみたいだからこっちもガチトーンで説得したんだ。お陰様で残念がってたけど一応は納得してくれた。『一応』って部分が引っかかったけど。……え?爺さんはどうしたって?んなの簡単だよ。切れて殴り掛かってきたから応戦したさ。爺さんって結構な武闘派らしいけど、流石に俺が相手じゃ勝負にならんよ。軽くぶん投げてやった。それでも向かってきたから、仕方なく拘束魔法でお縄になって貰ったけどね。猿轡は執事長が持ってた。何で持ってたかは知らん。てか聞きたくない。
「もう。お母様、お兄様が困ってるじゃないですか。お爺様も静かにしてて下さい!」
俺が困ってるのを見兼ねてか、クラリスが助け船を出してくれた。シータさんはあらあらと笑うだけだったが、爺さんは可愛い孫娘に怒られたのが余程ショックだったのか滅茶苦茶落ち込んでた。……クラリスさん、自分でやっておいてアレだが、ぐるぐる巻きで猿轡されてる爺さんに容赦なさ過ぎやしないかい?いや、ザマぁとは思うけど。
「あらあら、怒られちゃったわね。でも、クラリスだってヒバリ君が本当にお兄ちゃんになったら嬉しいでしょ?」
「それはそうですけど、そういう事は本人の意思を尊重するべきです。お兄様もまだこの世界に来て戸惑ってる筈ですし、ゆっくりと時間を掛けて籠絡するべきだと思います」
クラリスよ、残念ながらそれは気遣いとは言えん。籠絡とは随分物騒じゃないか………。
そして何度も言うが、何故そんなに好感度が高いんだ?アール夫妻もそうだが、俺と会ってまだ数日だよ?何で養子縁組しても良いかなって台詞出んのさ。
「……やはり女は怖いな……」
「あら、何か言ったかしらあなた」
「っ!?い、いや、何でもない。……んんっ!さて、二人共そろそろ行きなさい。遅刻したら大変だからな」
娘と嫁の会話に若干引いた様子だったライデンさんだが、シータさんが首を傾げて尋ねてきたら慌てていた。……まあ、そうなるよな。だって笑顔の割りに目が笑ってなかったし。
それでも、そろそろ行ってこいと言う言葉は有難かった。色々と反応に困ってたので、これ幸いと乗っからせて貰おう。
「「行ってきます」」
「「「行ってらっしゃい」」」
「フガーっ!フガーっ!」
ジジイが五月蝿いな。
そんでもって学園に到着。
「にしても意外だったな。馬車とか使うのかと思ったけど徒歩だった」
「僕も歩きだったよ?」
「まあ、貴族街から学園は大した距離でも無いからな」
台詞の主は順に俺、翔吾、雄一である。現在は学園長室で待機中だ。何やら職員会議的な物が有るらしく学園長が居ないのだ。一緒に登校したクラリスとは既に別れている。雄一と翔吾も同様だ。
学園長が来るまでの間は雑談に興じている。今は今朝の登校風景の話題だ。
「この学園は貴族街と平民街の間に建ってた筈だ。だから実家の近い生徒は貴族平民問わずに歩きで登校するらしい。徒歩がキツイ場合は学園の寮に押し込まれるそうだ」
雄一の説明に成る程と納得する。つまり徒歩通学か寮生活のどっちかなのだ。実を言うと、俺達の居る王都は滅茶苦茶デカイ。気になって調べてみた事があるのだが、その大きさ約八十平方キロ。分かりやすく言うと、東京二十三区の小さな区の六個分ぐらい。現代基準で見れば大した事は無いかもしれないが、この世界の人口が地球よりも遥かに少ないとなれば話は別だ。それに、人口の方もこの世界の街一つにしては破格の数を誇っている。何人いるかは調べてないけど。
如何に魔法が有って優秀な人材を多く抱えていても、如何にルーデウス王国が大国でその王都だとしても、この大きさははっきり言って異常だ。魔法が有るとしても文明など中世レベル。何をどうやったら一つの街がここまでデカくなるのか謎過ぎる。この結果を知った時は本気でこの国の歴史を勉強しようと考えたぐらいだ。何よりこの大きさで王都の治安が一定水準以上なのだから意味が分からない。……そして王都全体の五分の一がこの学園の土地なのも意味が分からない。
まあ、ここまで広大な王都だが、かなりの割合が研究施設といった物であったり、無駄に広い敷地の屋敷が大量に有る貴族街だったりする。一般人の生活区域は一箇所に固まっているっぽい。……ついでに未開発地域も割と存在してた。本来だったらそういう場所はスラム街と化すのだろうが、未開発地域の殆どが本当に何も無いので、スラム街は有るには有るけど小さいかった。また、そこには王直轄の諜報機関が本拠をこっそり構えてたりしてるので、治安もそこまで悪くない。
さて話がズレたが、この世界の文明レベルは王道的な剣と魔法のファンタジーなのだ。電車や自動車は疎か自転車すらない。存在する移動手段の主な物は馬車なのだが、これを個人で所有してるのは王侯貴族や豪商と言った特権階級の人間ぐらいだ。学園の生徒は皆平等と謳っているので、平民の方に合わせて馬車を禁止して寮となっている。……てか、馬車でも王都を横断しようとしたら日が暮れるので、この件については貴族達からも文句は出ていないそうだ。
学園の制度云々は雄一が、王都の地理的な事を俺が説明していると、学園長が扉を開けて入ってきた。どうやら会議は終わったみたいだ。
「待たせてスマンの。ちと長引いてしまった」
「いえいえ」
「お気になさらず」
「大して待ってないですよ」
「息ピッタリじゃの君たち」
そらどうも。
「それで、そちらの方は一体?」
学園長と一緒に入ってきた女性に俺は疑問の視線を向ける。口には出さなかったが二人も同じ疑問を抱いた筈だ。
女性を簡単に表現するなら何処にでもいそうな町娘だろうか。容姿の方は素朴ではあるが整った顔立ちをしている。後は失礼かもしれないが、雰囲気的に幸薄そうな印象だ。苦労人の相が見える。
「彼女はエクレア・クライム。君達のクラスの担任じゃよ」
どうやら彼女が担任の様だ。………ふむ。個人的な感想だが、良い先生っぽいけど頼りにはならなそうだな。上からの意見で申し訳ないが。彼女の純朴そうな雰囲気だと突発的なトラブルに弱そうだ。クラックでは『厄介事の恋人』の二つ名を持ってた俺である。クライム女史にはかなりの頻度で迷惑を掛けそうな事を、心の中で謝罪しておこう。
「エクレア・クライムです。担当分野は魔法実技です。これからよろしくね。ヒバリ君、ユウイチ君、ショウゴ君」
学園長の紹介にされて挨拶をしてくるクライム女史。一応、三人の中で俺が代表として前に出る。
「こちらこそ宜しくお願いします。クライム女史」
「女史って……。そんなに堅い呼び方じゃなくて結構ですよ。貴族という訳では無いですし。気安く、エクレ先生と呼んで下さい」
どうやら畏まった呼び方は苦手みたいだ。まあ、名前を聞いた時から貴族では無い事は分かってたので反応自体は予想出来たが。
良い機会なので説明しておくと、この世界では平民貴族関係なく苗字を持っている。なので、良くある物語みたいに家名で貴族かどうかは見分ける事が出来ない。見分けるのはミドルネームだ。地球のミドルネームとは違うのかも知らないが、この世界のミドルネームはそういう使い方をされる。
まあ、公の場以外ではミドルネームを名乗るかどうかは個人の判断となっていたりするので、自己紹介の時にミドルネームが無かったのに実は貴族でした、なんて事もあるみたいだけど。
……そう言えば、俺ってクラリスのミドルネームは知らないな。いや、別に知らなくても困らんが。
兎も角、本人が希望しているので、その通りに呼ぶ事にしようか。
「ではその様に。お世話になりますね。エクレ先生」
「はい。こちらこそ」
「それじゃあ、三人共頑張ってな」
「「「はい!!」」」
学園長に見送られ、俺達はクラスへと向かうのだった。
街の大きさに関して。
街にある幾つもの研究施設の敷地には、林や森みたいなのがあります。
学園の敷地にも似た様なエリアがあり、そこで逢えて発生させた魔物を学生達に狩らせたり、薬草などを採取したりしてます。
なので無駄に街が広いって訳じゃないです。いや、無駄に広いんですけどね。




