ネタキャラに歴史あり
今回の話で、ヒバリのトラウマとクイーンの目的が明かされます。内容的に違和感は無い………筈。
誤字脱字の可能性大です。
最後のセリフが、どっちがどっちかわからないというコメントが何個かあったので、わかり易く修正しました。
付加を付与に修正しました。
「ひーの恋人は、貴族たちに殺されたの」
ドロップは語る。俺の忌まわしき過去を。俺のトラウマの原因を。………勝手に語るなと言いたい。
「ひーたちはね、街でも有名なカップルだったんだって。若くして国内随一の魔法使いと呼ばれたひーと、そんなひーを支える天然気質の女の子。いっつも二人で問題を起こしては、仲が良かった貴族のお嬢様に怒られてたんだって」
そう言われて、久々に思い出す。アイツの笑顔を。アイツの声を。アイツと過ごした日々を。
「でも幸せな時間は終わったの。ひーがーー」
「ストップだドロップ。それ以上は喋るな」
無駄だと分かっていたが、一応ドロップの言葉を遮った。無抵抗は癪に障るので、形だけでも抵抗しときたかったのだ。
「駄目だよ。へーかの命令もあるけど、私自身、ひーの事を悪く思われるのは我慢出来ないもん」
「それでもだ。人の過去を勝手に語るなや」
というかお前、人に散々迷惑掛けてそんな事言うの?
「………ゴメンね」
「目を逸らすなや」
そしてやっぱり喋るのな。
いやまあ、クイーンの命令で動いているドロップが、俺の言葉で止まる訳が無いんだけどさ。
かと言って、実力行使という選択肢は無しだ。ドロップだって魔導師。普通の魔法じゃ魔導師には意味が無いし、効く程の威力となると会場の皆が巻き込まれる。何より、クイーンの命令を遂行する必要があるドロップが、無抵抗でいるなんて有り得ない。
今の俺に出来るのは、大人しく古傷を抉られる事だけ。クイーンの思惑通りに進むのを待つだけなのだ。癪だけど。
「その日、ひーは友人のお嬢様のお願いで出掛ける事になった。天然気味な恋人を一人にする事に不安を感じたひーは、お嬢様の家に恋人を泊まらせるよう手配してから出掛けたらしい」
懐かしいな。ああそうだったよ。確かに俺はそうした。アイツを思ってそうしたさ。アイツを心配しての行動だったさ。
「でもその気遣いが裏目に出たの。お嬢様の家の、政敵にあたる家に雇われた暗殺者が、丁度その日に屋敷に忍び込んだ」
『それって………』
「そうだよ。その暗殺者に、ひーの恋人は殺された。そのお嬢様と、ひーの恋人は外見の特徴が似てたんだって。結果、本来なら関係ないひーの恋人が殺され、殺される筈だったお嬢様は生き残った」
いや本当、なんて皮肉なんだろうかね。アイツの安全を思っての事だったのに、それが裏目に出るとかさ。そのせいでアイツは、貴族どものくだらない争いに巻き込まれたんだぜ? 無意味に殺されたんだぜ。
『………そんな事が………』
「それ以来、ひーは貴族を嫌いになった。権力者が嫌いになった」
『だからフィアさんの事も………』
「そう」
灰猫先輩の言葉に力が無い。俺のフィアに対する態度に、理由があった事を知ったからだろう。それを知らずに糾弾した事を後悔しているのだ。
「だけどそれだけじゃない」
『え?』
「ひーの不幸はまだ続くの。そしてそれが、ひーの抱える最大のトラウマの原因」
『………まだあるの………?』
まだあるさ。とっても醜い続きがな。
「街に戻り、恋人の死を知ったひーは、三日三晩泣き続けた。何故間違いで殺されなければならないんだと、何でお前が生きているんだと、何であの時に自分は泊まるように勧めたのだと泣き叫んだ。暗殺者を送り込んだ家を、友人のお嬢様を、自分自身を糾弾した」
あの時の俺は、貴族どもが憎かった。友人が憎かった。周り全てが憎かった。そして何より、自分自身が憎かった。あの時出掛けた自分が、泊まらせるよう手配した自分が、厄介事に巻き込まれる自分が、ただ何よりも憎かった。
「何度も自殺を考えたんだって。その為に危険な依頼を受けて、大怪我して、それでもまた依頼を受けて。もし私とひーが当時出会ってたら、あまりに悲痛な姿で見ていられなかったと思う」
それは俺も同感だよ。すっげえ荒んでたんだから。平和に暮らす周りの人々に当たり散らして、犯罪者を殺す事で気を紛らせて。本当に見ていられなかったろうね。
「そんな何日死んでも可笑しくない生活を続けてたひーだけど、ギリギリのところで踏みとどまらせた人がいた。友人のお嬢様が、ひーの事を必死で引き留めたの」
そうだったそうだった。アイツが死んだのは自分のせいだって、罪悪感で死にそうな顔をしていたな。ごめんなさいごめんなさいって、何度も何度も謝ってきて。最初は俺も怒鳴り散らして、相手にしないようにしてんだわ。それでも何度も通ってくるから、やがて俺も何も言えなくなってなぁ。
「結果として、ひーとお嬢様は婚約した。追い払っても追い払っても通ってくるお嬢様に、徐々にひーが心を開いた」
今思えば、あの時の俺はどうかしていたよ。アイツを失った事で、正気じゃなかったのだろう。恋人を失った男と、同じく友人を失った女が、お互いの傷を舐め合ったのだと一人で自嘲していた。
だからあんな目にあった。あんなクソったれな目にあった。
「運命は残酷だった。またしてもひーは、絶望のドン底へと落された」
『………もしかしてそのお嬢様も………?』
殺されたのかと、恐る恐る問う灰猫先輩に、ドロップは首を横に振る。俺も合わせて縦に振る。そしたらドロップに睨まれた。ゴメンナサイ。
「それだったら、まだマシだったろうね。でも現実は、もっと碌でもないものだったよ」
そうだろうな。また恋人を失ったとかだったら、どんなに楽だっただろうか。
「晴れて夫婦となる直前で、ひーは偶然知ってしまったの。かつての恋人を失った事件の真相を」
『真相、ですか………?』
「そう。ひーの恋人は、殺されるべくして殺されていたの。そのお嬢様と、その家の人間に」
あれはマジで堪えたね。だって今までの全てが、悪意の上に成り立っていた幻想だったんだから。
「ひーの恋人が殺された日、お嬢様の家は、暗殺者が忍び込む事を事前に知っていた。それを利用して、暗殺者に誤った情報を流し、ひーの恋人をお嬢様のスケープゴートに仕立てあげた。殺し損ねても問題無し。国内随一と呼ばれる魔法使いが政敵に敵意を向ければ良し、あわよくば娘に傷を癒させて取り込もうという算段で」
最初から、全てが仕組まれていたんだわ。俺が街を離れる事になったのも、アイツがあの女の家に泊まる事になる事も、暗殺者がアイツを誤って殺す事になるのも。全てだ。
そして俺は、相手の思惑通り、最も都合の良い方向に動いてしまった。
今でも思う。本当にあの時の俺は正気じゃなかったのだなと。アイツを失った事が、本当に堪えていたのだなと。そうじゃなければ、あの糞みたいな連中の上っ面だけを信じて、内側に潜む悪意に気付かないなんて事は無かった筈なのに。
「更に、ひーが事実を知った事に気付いたその家は、ひーに冤罪を掛けて処刑しようとした。幸い、捕まらずに逃げたようだけどね」
それが原因で、俺は世界を放浪する事になる。そしてある地域で偶然に最上位の古龍を殺し、魔導師となった。
その後は勿論復讐したさ。その国の王侯貴族を脅して孤立させ、あの女の家や、暗殺者を送った家も、あの事件で関わった奴らは、出来る限り惨たらしい方法で皆殺しにした。
皮肉だよな。口封じの為に殺そうとしたのに、結果として自分たちを滅ぼす厄災が生まれたんだから。
「こんな事があったから、ひーの権力者嫌いは余計に加速したの。それこそ、全ての権力者が憎悪の対象だと言わんばかりに」
『………で、でも、ヒバリ君にそんな様子は無かったわ。貴族の友達だって何人もいるし、何よりアール公爵家で家族として暮らしてるのよ?』
平和に暮らしてますぜ? 一応、って文頭に付くけど。
「だろうね。ひーだってそこまで馬鹿じゃないもん。理性や感情の部分では、ちゃんと割り切ってるんだよ。権力者にも良い奴悪い奴はいて、権力者だから憎悪を向けるのはお門違いだって。だからひーは、権力者だろうと気に入る相手は気に入るんだ」
爺さんとか爺さんとか爺さんとかな。理由は察せ。
『だったらーー』
「でもそれは表面上でしかないの。ひーの深層心理、それこそ生物としての本能とか根源的な部分には、権力者は全員敵だって刻まれちゃってるんだ。今のひーは、それを理性と感情の鎖で強引に縛ってる状態。だからふとした拍子に、本能が鎖を振り切ったりする。そうすると、身体が無意識の内に動いちゃうんだ」
『無意識に動く………?』
「簡単に言うと、身体が勝手に動いて相手を殺そうとしちゃうんだよ」
『こ、殺すっ!?』
想像以上に物騒な答えに、会場中がザワついた。
「大丈夫。そこまで心配しなくていいよ。地雷さえ踏まなければ、基本的に起こらない症状だから」
『地雷、ですか?』
「そ。大体この症状が出るのは、権力のある親しい相手が、不意打ちでひーとの精神的な距離を詰めてこようとした場合なの。これが逆に親しくない相手の場合だと、普通に嫌悪感を感じるだけなんだよね。何故か」
それが何故かと言われれば、親しい相手じゃないからとしか言いようがない。どうにもあの出来事以降、親しい相手ほど身体が勝手に警戒するようになったんだわ。クイーン曰く、一時的にしろ恋人だった相手に裏切られた事で、ある種の防衛本能が形成されたのだとか。
「兎も角、その辺りに気を付ければ全く問題無いの。無害、とは言わないけど、普通と何も変わらない。それにあくまで殺そうとするだけで、実際に殺した事は皆無だったりするから」
ドロップの言う通り、この症状で衝動的に相手を殺した事は基本的に無い。この症状が出る相手は大体が仲の良い人間なので、絶対に殺す訳にはいかないと、理性と感情を持って無理矢理にでも身体を止めているからだ。
まあ、その反動で心身ともに凄い疲弊するんだけど。クラリスの時なんかまさにそれで、無理矢理身体を抑え込んだ所為で、ちょっとの間動けなかった。
「まあそんな理由があって、ひーは権力者と深い付き合いを意図的に避けるようになったの。友人とは認めても、親友や恋人みたいな、それ以上の関係にはならないように線引きしてる。そうせざるえない状況だったとしても、ただの演技か、相手を別の存在に置き換えてるだけだし」
例、クラリス。ジョブは義妹。
「ひー、ちょくちょくふざけるのは止める」
「うっす」
いやだって、シリアス俺嫌いだし。
『そ、そんな事情があったなんて………』
『ぜ、全然気付きませんでした………』
本気で後悔している二人を見ると、やっぱりシリアスなこの空気を壊したくなる。ドロップが妨害してくるだろうけど。
「気を落とす事は無いの。ひーは馬鹿な行動をする事で、心の内を周りに悟らせないようにしてるから。普段の奇行にそんな裏があるなんて、キャラ的にも考えられないの」
基本ネタキャラで悪かったな。
「それにあの症状は、一定以上親しい相手からの不意打ちじゃないと発症しないの。基本的に、絶妙な距離感を取って人付き合いしてるひーに不意打ちとか難易度高いし、それ以前にシチュエーションが限定的過ぎるの。それで気付けとかマジで無理なの」
まあ雄一や翔吾ですら、俺のトラウマの内容は知らないしな。長年の親友である二人ですら知らない事を、他の人間が知る訳がない。
ただあの二人の場合だと、俺が何か抱えてるのは勘づいてると思う。でもアイツらは、基本的にそういう事を聞かない。というより興味がない。話したところで、乙とだけ返されると思う。あ、でも翔吾の場合は余計に恋愛症候群が悪化するかも。リハビリ云々とか言って。
『でも私たちが酷い事を言った事には変わりないわ………』
『そうですよ。知らなかったとは言え、やって良い事と悪い事があります』
「別にひーは気にしないと思うけど。ね?」
「うん、別に。けどお前が言うな」
流石に事情を知らない相手に責められたからといって、文句を言う程俺は子供じゃない。というか、現在進行形で人の古傷を抉りまくってる奴が目の前にいるのだ。それに比べれば万倍マシだろ。
『そうは言っても………』
「良いんですってば。てか、こんな空気になるから知られたくなかったんすよ。俺は周りに気を遣われるなんてまっぴらですし、何よりキャラじゃない」
どんな過去があろうとも、俺は所詮ネタキャラだ。周りを振り回す事はあれど、気を遣われる事は無い。あってはならない。
「俺はですね、気を遣われる事が嫌いなんです。同情されるのも気を遣われるのも、これっぽっちも嬉しくないんですよ」
だってそうじゃないか。同情も気遣いも、結局は関係ない奴らに傷を舐めて貰ってるって事じゃないか。
「俺はそんなものが必要なほど弱くないです。確かに俺の人生は波乱万丈だし、酷い目にも沢山遭いましたよ。でも俺は、それを含めて、山も谷も含めて、この人生を楽しんでるんすよ。それを他人が勝手否定するなって話です」
他人同情されるという事は、気を遣われるという事は、お前の人生は碌なものじゃないと、つまらないものだと言われているようなものだ。少なくとも、俺にとってはそういう事だ。
「俺はネタキャラです。そしてネタキャラには、ネタキャラとしての矜持ってもんがあるんです。同情なんてクソ喰らえ。気遣いなんて必要ない。そんなものは王道主人公やヒロインにでもくれてやれ、ってね」
周囲からの同情や気遣いは、主人公にこそ向けられるべきもので、ネタキャラに向けられるものじゃない。
ネタキャラに向けられるべきは、呆れや苦笑、喧騒や笑い声なのだ。
「そしてだからこそ、どんな思惑があるとすれ、人の生き様をねじ曲げようとした奴を、俺は一度ぶん殴らなきゃ気が済まない」
俺はそう言って、ドロップの事を睨みつけた。
「………まあ、ひーが怒るのも無理無いよね」
「当たり前だ。さて、もう目的は達しただろ? クイーンの狙い通り、俺の強制キャラチェンジは済んだしな」
「………うん」
ドロップが俺のトラウマを語った理由。つまりクイーンの目的だが、大きく分けて二つある。
まず一つは、大勢に対しての俺の印象操作。ドロップが俺のトラウマを語った事により、学園関係者が俺に抱いていた印象が、破天荒なヤバイ奴から、敢えて道化を演じる影を持った青年辺りに変化した。
これによって、今後俺がどんな馬鹿な言動をしても、それには何らかの意味があるのだと勝手に解釈するようになった。何らかの部分に関しては、可哀想な過去というフィルターを通して、自分好みのストーリーが展開されるだろう。
二つ目は、フィアに対するフォロー。俺のトラウマを大勢に知らせる事で、振られた原因は自分では無く、俺の方にあるのだとフィアに思い込ませるのだ。恐らくこれが本命だろう。
これによって、フィアは以前と変わらず俺にアタックを仕掛け続ける事になる。なおかつ、俺がフィアに対して冷たい行動を取ったとしても、フィアの都合の良いように受け取められかねない。
「ったく、ネタキャラから影のあるキャラに強制チェンジとか、本当に質が悪いな」
何が質が悪いって、これだと弁明が全く効かない事だ。やることなすこと意味も無いのに深読みされると、弁明すらも深読みされる。こうなったらお手上げだ。
じゃあそうなる前に止めろよという話なのだが、そうなるとガチで被害が馬鹿にならなくなるので、止めるに止められなかった。
「でも無抵抗もこれで終わりだ。仕込みの途中に仕掛ければ、お前も全力で抵抗したんだろうけど、仕込みが終わっちまえば話は別。クイーンのお仕置きから逃れるって理由が無ければ、なりふり構わずはルール違反だ」
これは師天の、というより魔導師としての暗黙のルールだ。魔導師同士の戦いは被害が大き過ぎるので、全力の戦闘は亜空間で行う。それ以外なら、何かしらの条件を付ける。
「条件はこの舞台の上から出ない事。魔法も同じく。余波だろうが舞台の外に影響を与える事も禁止だ」
「ん」
条件を確認し終えたなら、準備は完了だ。
「大人しく殴られる覚悟は出来たか? ドロップ」
「戦うのはしょうがないよ。でも無抵抗だと死ぬから、精一杯抵抗する」
だろうな。今回の条件だと、周りには被害が出ないようにはなってるけど、お互いの生死は別。下手したら死ぬ。
だが、魔導師の戦いとはそういうものだ。
「行くぞドロップ。テーマ発動【付与】!」
「来なよひー。テーマ発動【創造】!」
ヒバリの過去、出来るだけ重くしたんですよ。そしたら異様に感じるコレじゃない感。
ヒバリにシリアスはマジで似合わないなと改めて実感しました。何でこんなキャラになっちゃったんだろ。
次回、魔導師のガチバトル。
内容に違和感を感じたら、オブラートに包んで指摘をお願いします。




