エキシビションその7 雲雀の考え
今回は難産でした。ちょっと長くもなったし。
前回アンケートをとった訳ですが、その結果を踏まえて今回の話を書きました。
誤字脱字の可能性大です。
『馬鹿なの!? 馬鹿よね? 何でキミはあの場面で頑張りますなんて言えるの!? あそこは最低でもハイでしょうが!!』
「いや、つい」
『ついじゃないですよ! あの台詞でフィリアさん行っちゃいましたよ!?』
現在説教中。ついつい出てしまった頑張ります発言のせいでフィアが逃亡。それを会場中から非難されている。
「行っちゃいましたよと言われましても。追おうとしたのを止めたのはそっちじゃないすか」
『あの状況でキミが追っかけて何になるのよ!? キミの場合、更に悪化させかねないから止めたのよ!』
『フォローはショウゴ君たちが向かってますから、ヒバリ君はそこで正座してなさい!』
「なん……うす」
拒否出来る空気では無かったので、言われた通り大人しく舞台の上で正座する。まさか異世界人に正座を強要されるとは思わなかったわ。過去の奴らに、いらん文化を広めるなと言いたい。
『全く、何でキミは空気を読まないの!? あんな必死に訴えられて、心が揺れたりしないの!?』
「……むしろグラつき過ぎたせいで、頑張りますって出たんですよね」
『はあ?』
「……いやだから、アレは素なんですよ」
何言ってんだ?と言いたげな灰猫先輩に、俺は目を逸らしながらも真実を伝えた。
信じられないかもしれんけど、これマジね。皆は俺がまたはぐらかしたみたいと思ってるんだろうけど、あの頑張ります発言は本当につい出ちゃったんだ。
『またまた。冗談でしょ?』
「残念ながらマジなんです。翔悟が俺に何もしなかったのがその証拠」
もしあの台詞を故意で言っていた場合、翔悟は制裁の為にエアで斬りかかってきた筈だ。あの恋愛至上主義者なら絶対にそれぐらいやる。なのに何もしないでフィアのフォローに向かったのは、長年の付き合いから俺のアレが本当につい出たものだと察したから。
「本当、想定外もいいところですよ。俺の考えてた流れだと、フィアを軽く言葉で追い詰めて、混乱してる内になし崩しでバトル始めて、怪我しないように負かす予定だったのに」
それでボケとか適度に挟んでワチャワチャやって、デート云々の話を有耶無耶にする手筈だったんだけど。
「それがあんなちょっとした質問で、ここまで狂うとは思わなかったわ」
こんな禄でもない人間に何で惚れ続けられるのかと、純粋に疑問に思ってしまった訳だけど。あー、不用意に口に出さないで、心の奥に仕舞っておけば良かった。
「人生ってのはままらないねー……」
『……何か後悔してるところ悪いけど、サラリと計画的犯行だって事を自白してるわよね?』
『しっかりと頭の中で展開を考えてるのが何とももう……』
何故だか灰猫先輩たちがドン引きしていた。いやいや、何を言っているのやら。
「あんな事を本気でやるとでも?」
『九割以上は本気だと思ってますけど!?』
『だってヒバリ君ですよ!?』
「あんたら俺を何だと思ってんだ」
いや、自分でやっておいてアレだけどさ。あんなの真性の馬鹿しかやんねーよ。俺別に女の子虐めて楽しむ趣味も無えから。ノリと勢いにも限度があるから。
「ぶっちゃけると、俺の普段の行動にしても、四割本気で四割ノリ、残りの二割がその場の空気ですよ?」
『それ結果的に六割がノリじゃないの!?』
『待ってこれ何処までが本気ですか!? 今の話のせいで疑心暗鬼なんですけど!?』
「よし計画通り」
どんどん迷走してくれたまえ。
『はっ!? 今のも私たちが混乱するのを見越して!?』
『いやどんだけ腹黒なんですか!?』
「腹は白いですよ?」
ぺろんと制服を捲ってみせる。
『誰も肌の色の事は……って本当に真っ白!?』
『気持ち悪っ!? 何その色!?』
「白粉」
『そんなの何時から塗ってたんですか!?』
「今」
『いやだからいつの間に塗ったのよ!?』
種明かしすると、魔窟の入口を制服の中に展開しただけ。白粉は元々魔窟に入ってた。何故入ってるかは忘れたけど。マジで何の為に入れてたんだろう?
俺が内心で白粉の謎に首を捻っていると、解説の二人から何やらグッタリとした空気が流れてきた。
「どしました?」
『何というか……また見事に話題を逸らされたから……。こんな感じで毎回はぐらかされてるんだなぁと思うと……』
『泣き叫びたくもなりますよね。好きになった相手が、好意どころか普段の感情すら誤魔化すんですから。それも意図的に。同情するなんてレベルじゃないです』
ハァァと、とても深く溜め息を吐く二人。
『ねえ、何でキミはそんなにひねくれてんの? もっと素直に生きなさいよ』
何かしみじみと諭された。解せぬ。
「人の性格をどうこう言わんでください」
『それに振り回されてるから言ってんだけど』
ご尤もです。
「けど無理ですね。本心なんて見せたら利用されるだけですし」
貴族とか、権力者とか、女とか、師天メンバーとか、師天メンバーとか、師天メンバーとかに。……典型的な悪役側よりも、身内側の方が信用ならないってどうなんだろうね?
『………またサラリと重そうな事を言う』
俺の言葉で何を想像したのかは不明だが、灰猫先輩は大きく溜め息を吐いた。身内ドッキリを回避する為に身につけた癖だと言ったら、どういう反応をするのだろう?
「まあ兎も角、こればっかりはどうしようも無いんで。諦めてください」
魂レベルで刻まれた生き方を、今更変える事なんて出来ない。人格矯正なんて、もう自分ですら諦めている。
『でも、それだとフィリアさんが……』
「まあ、そうなんですけど……」
あんな涙ながらに告白されたらなー。流石に一度ぐらいは、ちゃんと向き合わないといけないなと思う。人として最低な部類な俺だけど、ああいう想いは無碍に出来ない。
「けどなー……」
無碍には出来ないけど、素直に受けとめる事も難しい。ほぼ必ず、脱線するか茶化す事になるから。というか、それ以上にヤバイ問題があるし。
『何をそんなに悩むのよ……』
『あんな良い娘に告白されて、理由も無く臆する男の人って……』
「色々あんの。いや本当に」
いやね、そりゃフィアは美少女だし、告白されたら嬉しいよ? でもそれ以上に問題があるというか。面倒だからとかそういう次元の話じゃなくてね? もっと切実なものがあるんですよ。
「下手したら死人が出る」
『それはキミが刺されるって事?』
『それともフィリアさんがストレスで死ぬと?』
「あー………その、うん。まあそんな感じ」
色々と訂正したかったけど、わざわざ言う事でも無いので曖昧に肯定しておく。決してそれも有り得そうだなとは思っていない。
『じゃあキミは結局フィアちゃんを振るの?』
「いや、面倒だけど保留」
婚約で生じる利益とか、色々な兼ね合いもあるだろうし。安易にこの場で結論を出す事は出来ない。
そう言う意味で保留と言ったのだけど、何故だか会場の空気が止まった。
「え、どったの?」
突然の空気の変化に戸惑う俺を他所に、解説席の方から何かを押し殺したような声が発せられた。
『……面倒だから? それって、どういう意味?』
「いやだって、フィア他国の王女じゃないすか。両方の立場的にも迂闊な事は出来ないんすよ。だから保留」
さっきまで散々迂闊な事をやってんじゃねえかというツッコミは無しである。今までのはどちらかというと、自分対象の意図的なネガキャンだし。それで生じるアール家に対する不利益は、後々俺が全力で埋め合わせする予定だし。取り敢えず今は、頑張って埋められた外堀を掘り返してんだよ。
『………それを無しに考えたら?』
「柵とか無視して、フィアをどう思っているかと?」
『そうよ』
フィアをどう思っているかねー………。
灰猫先輩の疑問に答える為に、ゆっくり思考の海に沈み、フィアに対する感情を整理していく。
「………特に何も」
そして出た結論は、何も思うところは無い、だった。
『は?』
俺の答えがあまりに予想外だったのか、灰猫先輩、いや会場中が絶句していた。
「いやだって、俺とフィアって、日数的には顔合わせてから一ヶ月も経ってないぐらいなんすよ? 会うたび会うたび何か問題起こってたり、周りの人間のインパクトが強過ぎるせいであまり放ってはおけないですけど、結局は知人友人の範囲からは抜けないんですよね」
こうして言葉にする事で、やはりそうなんだなと思えてくる。フィアという少女は、俺の心の中ではそこまで大きくない存在なのだと。
「雄一や翔悟みたいに長い付き合いでも無し。義妹みたいに家族という訳でも無し。灰猫先輩みたいにキャラが濃い訳でも無し。クラスメートみたいに頻繁に顔を合わすでも無し。婚約者って関係も、恋愛感情が無い時点で形式的なものに成り下がる訳で」
ぶっちゃけ、繋がりとしては薄い方。何時疎遠になってもおかしくなく、それを繋ぎとめているのは暫定とはいえ婚約者という立場と、フィアからの好意だけなのだ。
『あれだけ好かれてるのに、繋がりが弱いって言うの………?』
「そう言われましてもねー。一方通行で強い繋がりなんか望み薄でしょ」
強い繋がりがあったら、それは両想いと大して変わないと思うんだ。
『でも、だからってそれは………!』
「そもそも好かれたきっかけだって、本当に些細な出来事なんですよ。少なくとも俺にとっては」
偶然出掛けた先で、生贄にされかけたお姫様に出会った。ついでに魔王とも。
これを些細な出来事ととるかは人それぞれだが、俺からしてみれば本当に些細な出来事だ。
単に目の前で女の子、それも相当な美少女が襲われていて、襲っているのは雑魚。助けるだろ、普通。そして一度助けた以上は、何もせずにはいさよならは無責任だ。だからこそ、その後もフィアを助けてはいた。
その時のノリによって抱く感情は多々あれど、初めて会った時から今に至るまで、根底にあるのは義務感と言える。
「アレです。野良の犬猫を助けたら懐かれて、仕方無く世話する感じ」
うん。これが一番しっくりくる。助けられて懐いたペットと、懐かれて仕方無く世話する飼い主。これが俺から見たフィアとの距離感だ。
これで真剣に考えろと言われても、難しいとしか言いようが無い。
『でも、キミはあんなに楽しそうにしてじゃない! フィリアさんを揶揄ってたじゃない!』
「俺は大体の人間を揶揄いますけど」
『いやまあ、そうだけども! ってそうじゃなくて!』
納得しかけた事で、一瞬だけ毒気を抜かれた灰猫先輩だったが、すぐさま気を持ち直して食い下がってきた。
『好きって想いに、距離感とか時間なんて関係ないでしょう!? キミだって、真剣に想いを伝えられて、グラついたんじゃないの!?』
「……いやまあ、確かにフィアレベルの美少女に告白されたら、俺も男ですしグラつきますけど」
『なら……!』
「でもそれって単に、美少女に告白されたからグラついたんであって、フィアの告白にグラついた訳じゃないんですけど。後、罪悪感」
『なっ………!?』
俺の台詞があまりに衝撃的だったのか、言葉を失う灰猫先輩。それは他の人々も同様だったようで、異様な静寂が会場を包む。
そしてその静寂を破ったのは、灰猫先輩の赫怒の一喝だった。
『………誰かこの屑を、女の敵をぶちのめしなさい!!』
『エキシビションのルールを変更します! 挑戦者はくじ引きでは無く立候補制に。また、人数制限はありません。どうぞ存分に袋にしてください! というかしろ!』
「ちょっ!?」
いきなりキレた!? しかも何言ってんのこの人たち!?
「何やってんのアンタら!?」
『黙りなさい屑が! あれだけ女の子を傷付けといて、犬猫に懐かれた? 美少女の告白だからグラついた? ふざけんじゃないわよ! 一旦ぶちのめされて、その後フィリアさんに土下座してこい!』
「いや、フィアについて考えろって言ったのアンタらだろ!」
『あんな最低な答えが帰ってくるなんて思う訳無いでしょうが! 反省させる為に考えろって言ったのに、反省どころか悪化してんじゃないの!』
「だからって企画を乗っとるのは違うと思うんですけど!?」
こんないきなりのルール変更とか、皆戸惑………ってないな。むしろ、やったらァコラァ、なんて声がチラチラ聞こえる。特に女性陣がヤル気みたい。怖いよ。
『一応言っておきますけど、この会場の女性陣は全員敵ですよ? 男性の方は知りませんけど』
冷えきったフルールさんの言葉に、即座に観客の男性陣から否定の声が挙がった。俺たちをそいつと一緒にするなとか、あそこまで屑じゃないとか、そんな感じの言葉が聞こえてくる。味方無しか。
『さて、どうやら会場全てが敵に回ったみたいね。これで屑も文句は言えないわ。さあ、この屑に裁きの鉄槌を与える勇者は立ち上がりなさい!』
その言葉とともに、会場のいたるところから立ち上がる観客たち。みんなヤル気だ。
『良かったですねヒバリ君。これならイベントは凄く盛り上がりますよ? 自ら悪役を買ってでるなんて流石ですね。はっ』
字面的には褒めてるんだけど、これ実際は全く褒めてないよな? というか最後、鼻で笑ったよね? 嗤ったよね?
『何か文句でも?』
「………いえ無いです」
まあ、形はどうあれ盛り上がるのはいい事だ。色々と言いたい事も無くは無いけど、コレはコレでと納得しておこう。事実を言ったとはいえ、一応自業自得なのだし。
まあ、けどね?
「文句は無いですけど、俺も無抵抗でやられる気は無いですよ?」
笑顔で、それも邪悪に部類されるであろう笑顔で、俺は宣言する。会場全域に届かせる規模の、軽めの威圧をオプションに添えて。
『ヒッ!?』
『あ、ヤバ………』
打倒女の敵とばかり盛り上がっている状況で当てられた、威圧と邪悪な微笑み。冷や水となるには十分だったようで、そこかしこから怯えたような気配が感じられる。
それでも俺は気にしない。それが盛り下げるような行為であっても気にしない。ヒールを演じるのならば、全力でやるのが礼儀であるから。
それを倒そうとするからこそ、最も楽しむ事が出来るのだから。
「さあ、掛かってこいよ勇者たち。俺が全力で相手してやるから」
不敵な笑みを浮かべて、会場を徴発する。それでも誰も立ち上がらない。二の足を踏んでいるのは、さっきの威圧が原因か、それとも俺の普段の悪行を知っているからか。
『………一応訊くけど、全力って全力?』
普段の悪行の方を知っている灰猫先輩が、そんな事を訊いてくる。
「そりゃ勿論。全力は全力ですよ? ちゃんと大怪我しないように気は使いますけど」
『いやでも! それだと勝ち目が無くない!? 見せ物になるぐらいには手加減するみたいに聞いてたけど!?』
俺の実力を知っている灰猫先輩からすれば、確かに無理ゲーだと感じるだろう。更に言えば、手加減するというのも事実だ。
だが、待って欲しい。
「そっちが最初にルールを変更したんだから、こっちもルールを変更しても文句は無いですよね?」
自分たちだけ有利になろうなんて、虫が良過ぎるってものじゃないか?
『いやいやいや!』
「というか、こっちのはルールというよりは暗黙の了解ですよ? それを無視したところで、とやかく言われるのもねぇ?」
『うぐっ』
明文化してる訳でも無いので、それで責め立てるのはお門違いというものだ。
「さあ諸君! この学園きっての問題児に、挑もうという者はいるか!?」
気分はラスボス。堂々たる態度で、挑戦者を迎え撃つラスボスだ。
「………」
『………』
『………』
なのに誰も立候補しない。
「え、マジで? アレだけ盛り上がっておいて、挑戦者ゼロ? ちょっと臆病過ぎじゃね?」
どこからかカチンという音が聞こえた気がするが、それでも誰も立ち上がらない。予想以上に皆ビビってるらしい。
「えー、こりゃ本気で失望ものなんだけどー。ちょっとー」
「はい!」
テンションダダ下がりになり掛けたところで、漸く一人の立候補者が現れた。
「やっとか。てか今の声女子だろ。男、情けなさ過ぎね?」
今度はそこかしこからカチンという音が聞こえたが無視。立候補者の女の子の方に視線を向ける。
「さーて、一体どんな子が立候補したの…か……な………」
舞台に降りてくる少女の姿に、俺は言葉を失った。何故なら、その少女に見覚えがあったから。
背中まで届く輝くような金髪も。クリリとした大きな碧眼も。童顔の割にしっかりとしたプロポーションも。
「お兄様。私は悲しいです。いくらお兄様の本心だとしても、アレではフィリアさんが気の毒過ぎます!」
そして何より、俺をお兄様と呼ぶのは、この世界では一人しかいない。
『これはまさかの、兄妹代決………!?』
そう。挑戦者は、俺の義理の妹であるクラリスの姿をしていた。
「何で………何で………っ!?」
『おー。流石のヒバリ君でも、義理の妹が相手だと動揺するのね』
灰猫先輩が関心したように何か言っているが、それに気を配るような余裕は無かった。
「さっさと消し飛べオラァァァァ!!!」
動揺のあまり、全力で魔法を放っていたのだから。
はいという訳で、流れ的にはバトルendとなりました。………え? フィア逃げ出してんじゃねーかって? 待て待て、選択肢を思い出して欲しい。
色々あってバトルend。
誰もフィアが戦うとは言ってない。……卑怯とか言うな。
まあ実際、一世一代の告白で微妙な答えが帰ってきたら、そりゃ逃げたくもなりますよ。マンガとかでもよくあるじゃないですか。告白に素っ頓狂な答えが帰ってきて、涙ながらに走り去るヒロイン。
この作品だと、王道系のヒロインたちは基本的に割を食う事になるからしょうがないんですけど。
だって主人公の考え方がリアルだし。ちょろインの告白を、関係薄いから無理って言うね。主人公としてどうなんだと思うけど。因みに作者の場合だと、ドッキリを疑いながらもOKします。だって相手は美少女だし。
尚、この話で何がやりたかったかと言うと、フィアの現在の立ち位置を明確化する事と、雲雀の恋愛観に触れる事。次回辺りで、そのへんを詰めていきたいです。
そして次回、魔法を撃たれたクラリスは無事なのか? そして雲雀が魔法を撃った理由とは? 章のハイライトに向けて加速していくのでこうご期待!……多分バトルはまだしない。
後書き長いかな………?




