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予想外の支出だった。今のダイナー公爵家にすぐに1億の現金は用意できない。
(リリト金山を担保に、銀行から金を借りるか。もしかしたらナルト金山も抵当に入れないと駄目かもしれないな)
バナージは目まぐるしく金策について考える。
しかし、すぐにそんなに心配する必要はないと気付いて考えるのを止めた。
フィーヌに教えられた場所を掘れば新しい金山もすぐに見つかるはずだから、1億リーンなどすぐに返済できるはずだ。
それに、今日買った土地はヴィットーレを代表するリゾート地になるはずだ。
金山を担保にすると、銀行は予想通り喜んで金を貸してくれた。バナージはその金をテーゼの購入資金に充て、晴れてテーゼはダイナー公爵家の所有となった。
「一体どうなっている!」
ダイナー公爵家の執務室に、バナージの怒鳴り声が響く。
「滝の近くに六角形状に生えた杉を見つけるのにどれだけかかっているんだ! いい加減にしろ!」
「しかし、それらしきものが見当たらず……」
掘削作業を請け負う責任者が必死に状況を説明する。バナージはドンッと机を強くたたいた。
「言い訳はもううんざりだ。今すぐ捜しに行け。三日以内に見つけてこい!」
バナージに怒鳴りつけられ、責任者の男は「かしこまりました」と言うとそそくさとその場を立ち去る。残されたバナージは頭を掻きむしった。
「なぜ見つからない!」
フィーヌからは滝の近くに六角形状に杉があると言われた。教えられた地域に滝は数カ所しかなく、その周辺を重点的に捜したが該当する場所は未だに見つからない。
このまま見つからないと、担保にしたリリト金山とナルト金山の所有権を銀行に差し押さえられてしまう可能性すらあった。
さらに、1億リーンもの大金をはたいて購入したテーゼについても誰に聞いてもリゾート開発のリの字も聞こえない。馬車の通れる道路すらないので、リゾート地になるにしても十年以上はかかるだろう。
そもそも、リゾート開発の話自体、信ぴょう性が疑わしいとバナージは思った。
「くそっ。レイナの話を鵜呑みにせずにもっと調査してからにすべきだった」
バナージは拳を握る。
テーゼが出品されると知ってから、競売当日までの時間があまりにも短すぎた。あの土地に関して価値があるという確固たる根拠は何もなかったが、競売所の男が高値で入札するので間違いないと思い込んでしまったのだ。
(どうすれば……。そうだ。フィーヌにもう一度聞けば──)
土の声を聴けるフィーヌであれば、この状況を打開してくれるかもしれない。
先日ダイナー公爵家を訪れたフィーヌはちらちらとバナージのことを見て、時折頬を赤く染めていた。
つまり、今もバナージのことを忘れられずにいるに違いないのだ。ならば、バナージが頼めば必ずいい返事をよこすはずだ。
バナージは早速ペンを取り、手紙を書き始める。
「おい、誰か!」
「旦那様、お呼びでしょうか?」
バナージの呼び声に、家令がやって来る。
「これをフィーヌに送ってくれ。大至急だ!」
フィーヌの神恵さえ利用できれば、こんな問題すぐに解決するはずだ。
◇ ◇ ◇
【ヴィラ歴424年10月】
フィーヌは愛馬であるリリーの手綱を引きながら、屋敷の敷地内の散歩を楽しんでいた。
リリーが道端に生えた草を食べ始めたので、それに付き合って立ち止まったフィーヌは道端の花を眺める。
そのとき「フィーヌ」と呼ぶ声がした。
「ホーク様。休憩ですか?」
フィーヌは自分のほうに歩いてくるホークに微笑みかける。
「ああ。ちょうど視察から帰ってきたら、きみがリリーと散歩しているのが見えた。これから回るのか?」
「いいえ。ぐるっと回ってきたところです」
「そうか。なら、一緒に戻ろう。部屋まで送るよ」
「ありがとうございます」
ホークはごく自然な所作でフィーヌから手綱を受け取ると、彼女と並んで歩き出す。
「先日ヴァルに地下水源の場所を教えてもらって、井戸を掘っただろう? 計画していた用水路の建設にも着手した」
「本当ですか? では、来年の夏はきっと豊作ですね」
「ああ、そうだな」
リリーを厩舎に戻すと、ホークはしげしげと彼女を眺めた。
「随分と大きくなったな。シェリーとよく似てきた」
「そうですね。美人さんです」
フィーヌは笑顔で頷く。ホークはそんなフィーヌの様子を見つめ、優しく目を細めた。
「今度、一緒に用水路の工事状況を見に行かないか?」
「行きたいです!」
フィーヌは目を輝かせる。
忙しいホークと出かけられるのは、たとえ視察でも嬉しかった。
「よかった。あの用水路はフィーヌのおかげでできるようなものだから、是非見てほしかったんだ」
「わたくしのおかげだなんて」
「きみのおかげだろう? 水源を探して、工事費まで確保した」
ホークはにやっと笑う。
実のところ、水路工事の費用はバナージが1億リーンという考えられない高価格で購入したことによる利益が充てられる予定だ。なぜなら、そこは前もってロサイダー家で500万リーンで購入した土地なのだから。
あの場に居合わせた人々は一体かの土地にどんな秘密があるのかと注目したようだが、テーゼは事実として何もない土地だ。
少し離れた場所にある海岸は遠浅ではないため海水浴は楽しめないし、小石交じりの荒れた土地は開墾するにも一苦労だろう。かといって、地下に何か鉱石が埋まっているわけでもない。
つまり、あの土地が値上がりする可能性は限りなくゼロに近い。
部屋に戻ったフィーヌは、机の上に手紙が置いてあることに気付いた。
「あら。噂をすれば、バナージ様からだわ」
すぐに封を切り中身を確認し、口元に笑みを浮かべた。
中には、すぐに現金が必要なので支援してほしいことや、もう一度神恵で助けてほしいと書かれていた。
「本当に、厚かましいこと」
「返事するのか?」
ホークはフィーヌに尋ねる。
「そうですね……お返事を書こうと思います。今更助けてくれと言われても困りますって」
フィーヌはにこりと微笑む。
もう二度と、彼らを助けるつもりはない。




