50.隠しキャラ
新たな攻略キャラであるユリウスの登場に呆然としているうちに、目の前ではもっと唖然とするようなことが起こった。
儚げな風貌のユリウスは真っ青な顔色のまま、アドソン先生へと近づいて思いっきり殴ったんだもん。
でも、その儚げさは見かけだけではなかったみたいで、一緒に倒れているのがまた風流。――じゃなくて。
「ヨナス! お前は、何をやっているんだ!?」
「う、うるさい! 実力もないのに、恵まれた生まれなだけで、その地位を得たお前にはわからないだろうな!」
「ああ、わかるわけないだろう!?」
あ、ここから青春ドラマが始まる感じですか?
たとえここがゲームの中の世界だったとしても、今現在の私たちにとっては現実なわけで。
リアルでそれはいらんのですよ。
「二人とも、気持ちはわからないでもないが、もういいだろうか? アドソンからの供述は後ほどとして、今はこの場から出よう」
その気持ちを代弁するかのように、ダミアンが二人の間に割って入った。
たまにはいい仕事するじゃない。
というか、どうやって出るんですか? 私は置いてけぼりですか?
「心配しなくても、ちゃんと連れて出てあげるよ」
「やっぱり私の頭の中に干渉する魔法でもかけているんですか?」
「そんなことはしていないよ。もしそれができたなら、さっさと僕を好きにさせているからね?」
「好かれていないって自覚があるんですね」
私とダミアンが会話する目の前で、アドソン先生はジャンとお兄様に拘束されている。
それを悲しそうな表情で見ているだけのユリウスは設定通りだなって思い出した。
確か、親友に裏切られて心を閉ざし魔術塔に引きこもっている魔術師長で、一定の条件をクリアしないと出現しないんだよ。
「どうすれば、レティシアは僕の婚約者だって自覚するのかな? やっぱり監禁して僕以外の誰にも会わせないようにするべき?」
「はい?」
何をどうしたらそういう発想になるの?
わけがわからず不審げな目を向けたら、ダミアンがにっこり微笑んだ。
あ、これはまずいやつ。
危機感を覚えた私の耳に、アクセル様の麗しい笑い声が聞こえた。
「レティシア嬢、許してやってくれ。ダミアンはレティシア嬢がなかなか呼んでくれなかったから、拗ねているんだ」
「そうだぞ、レティシア。あんなに焦っているダミアンは初めて見たよ。面白いものではあったが、二度はないと思ったほうがいい」
そのお言葉には疑問を覚えそうになるけれど、アクセル様が間違うわけはないのでダミアンは拗ねているということでファイナルアンサー。
だけど、続いたお兄様の言葉には異論を唱えたい。
ダミアンが焦ってたなんて、そんな馬鹿な。
そんな天変地異の前触れが起こったなら、外界では今頃大変なことになってそうと考えて、そういえばさっき突然現れたときにダミアンが自分のことを「俺」と言っていたことを思い出す。
ひょっとして、本当に焦っていたの? それで今、拗ねているの?
「うん。それはない」
しまった。声に出ていた。
だけどアクセル様がまた笑ってくださったから、我が人生に悔いなし!
このまま魔王の生贄にされたってかまいませんとも。
とはいえ、魔王がアクセル様の輝かしい未来を邪魔するなら許すまじ。
「そ、そうだ! なぜ私の結界が破られたんだ!? 完璧だったはずだ!」
びっくりした。拘束されておとなしくなっていたアドソン先生がいきなり叫び出すから何かと思えば、自分の魔法が破られたこと?
「そんなの、完璧じゃなかったからじゃないですか?」
思ったままに答えると、ユリウスと先生以外のみんなが声を出して笑った。
ユリウスだけが気の毒そうな表情で暴れようとする先生を宥めるように触れて、さらに拘束魔法の効力を強めたみたい。
意外と酷い。
「いや、ある意味完璧ではあったよ」
「そうなんですか?」
ダミアンが言うならそうなのかもしれないけど、当のダミアンが破ったんだよね?
魔法の法則はよくわからない。
それを教えてくれていたはずのアドソン先生の完璧理論が崩れたわけだし。
「この結界はアドソン一人だったら完璧だったかもしれないが、僕の婚約者であるレティシアを召喚した時点で綻びは生まれたんだよ」
やっぱり「僕」って言っているから、あのときは本当に焦っていたのかも。
まあ、囮にしていた私が何の役にも立たずに死んじゃったら、立つ瀬ないもんね。
「そんなはずは……」
「ああ、そうだな。レティシアを召喚できたのは、何も阻むものが――追跡魔法などが付与されていなかったからだと言いたいんだろう? それに表面上のレティシアは防御魔法を施されているだけで、それも結界内に取り込んでしまえば消失するようなものだった」
「では、なぜだ? なぜ、私の結界を破ることができたんだ?」
「だから、言ったじゃないか。表面上のレティシアは、と」
ちょっとどころか、かなり意味がわからない。
表面上でない魔法が付与されていたってこと?
それも簡単にはわからないようなもので、アドソン先生の暗示のようなものを、ダミアンも私にかけていたの?
「レティシア、言っただろう? おまじないだって」
「……あ!」
あのキス!?
驚きのあまり「キス」って言いそうになって、慌てて自分の口を押える。
まさかのキスで何かの魔法を付与していたの!?
ダミアンを睨みつけるように見れば、悪戯が成功したような楽しそうな笑顔になっていた。
そんな……そんなギャップたっぷりの初めて見せる笑顔でも許さないんだから。
あれは私のファーストキスなのに!
「レティシアが私の名を呼べば、すぐに駆け付けつけられる魔法だったのにね」
いや、知らんがな。
そんなことよりも、ジャンだけでなくお兄様やアクセル様まで含み笑いをしているってことは、そのキスを知られていたってことで死ねる。
アクセル様は当然のこと、身内にもそういうことは知られたくないのに、ダミアンのデリカシーのなさを呪いたい。
「まさか己の体液を媒介にして侯爵令嬢の体内に魔法を付与するとは……」
言い方! アドソン先生、言い方に気をつけて!
これでも私はまだ未婚の乙女なんですよ。たとえ相手が婚約者だとしても、衆目の前で言っていいことと悪いことがあるって気づいてください。
ああ、穴があったら入りたい。今まで散々掘り散らかした墓穴に埋もれたい。
墓石には『レティシア・カラベッタ 享年十六歳 恥ずか死ぬ』とでも刻んでください。
体は無理でも心だけでも地中に埋まろうとしていた私は、突如響いた轟音に驚いて顔を上げた。
「さ、後は地上で片づけようか」
「ダミアン、力技にもほどがあるだろう」
ダミアンはアドソン先生に答えることなく、爽やかに微笑んで天井に穴を開けたみたいで、アクセル様のツッコミが入る。
アクセル様のツッコミを見ることができるなんて、ダミアン憎しだけど許す。
というか、地中に埋まるも何も、すでにここが地下だった。
それなりに深い場所に地下室を作っていたようで、私をここから出すためにダミアンは強硬手段に出たみたい。
それはまあ、感謝してもいいけど、これをどうやって登ればいいんだろうと、太陽が差し込む穴を見上げたとき。
魔王召喚のための魔方陣が再び光り始めた。
え? どういうこと? 魔王はすでにここにいるのに?




