48.キタコレ
「カラベッタ君は王家の秘密を知っているかい?」
キター! 王家の秘密!
やっぱりアドソン先生は『プラドネル王国編年史』を知っていたんだ!
そんな場合じゃないけどわくわくが止まらない!
声を出すことはできないから返事ができないのに、アドソン先生は私が目を丸くしたのを見てふっと笑った。
今、勝手に答えを出しましたね?
ダミアン曰く、私の顔芸は優秀らしいので。
「やはり、その表情は知らないということか……」
え? 知っていますけど?
私ってば考えていることが顔に出なくなったってこと?
ちょっと、今のダミアンに伝えられないですか?
もう真相とかどうでもいいんで、ダイイングメッセージに『レティシア、表情では考えがばれず』とかドヤれませんか?
このままじゃ、ダミアンに馬鹿にされたままなのが悔しい。
「王太子の婚約者だった彼女も、絶望していたようだよ。自分は〝聖女〟が現れるまでの繋ぎだと知ってね」
まさかのここで、カリナ様が出てくるなんて。
しかも「繋ぎ」って何? アクセル様がおっしゃっていた、〝聖女〟に求婚するとかどうとか?
たとえそれが事実だったとしても、カリナ様を舐めないでくれる?
あの方はアクセル様のことを本当にお慕いしていたからこそ、アクセル様のためならいくらでも身を引けるような方なのよ。――と、レティシアが申しております(声に出せないけど)。
だから、絶望したなんて嘘。
「カリナ嬢が死んだときは楽しかったな。あいつも王太子もみんなみんなショックを受けていた。あいつなんて、しばらくは使い物にならないくらいだった。まあ、もともと使い物になんてならないのに。あいつはその高貴な身とやらで、皆に許されていたんだ。馬鹿馬鹿しい」
よし、キタコレ。自分語りのターンだよ。
どんどん語ってほしい。さあ、自分勝手な不幸に酔って話してどうぞ。
って、そもそも「あいつ」って誰?
「そうだ。王家の秘密の前に、マードイ侯爵家の秘密を教えてあげようか?」
はい、よろこんで。
と言いたいところだけど、とりあえず苦しそうな表情をしていよう。
「ふふ。僕はね、アドソン子爵家の庶子で、魔力の強さを買われて養子にされたなんてことになっているけど、そんなわけないのはわかるかな? 鳶が鷹を生むことがないように、アドソン家から優秀な魔術師が生まれるわけがないんだよ」
ああ、そういうことか。
なるほどなるほど。よくあるパターンね。
「僕の本当の父親は、マードイ侯爵……先代のね。だが、あいつは公爵家出身の妻に頭が上がらなかった。だから僕の存在を隠し、アドソンに押しつけたんだ」
理解了解もういいよ。
生徒会活動での『生徒間の差別意識是正』とか、義母兄弟である現魔術師長やマードイ侯爵への当てつけのようなものね。
防音魔法については、生徒会長だった義兄がいない隙に同士と密談する必要があったとか?
今も実力で劣る義兄が魔術師長になっているのが気に食わないのね。はいはい。
それで? 社会の不条理に対する反抗ですか?
ちっちゃ!
そりゃ、先生は私なんかが簡単にはわからないような苦労をいっぱいしたんだとは思う。
だけどこの世界には魔力もなければ家もなく、今日食べるご飯もない人たちだっていっぱいいる。
魔獣に襲われて明日の命もあるかわからないような人で溢れていて、そんな世界を――せめてこの国を変えようとしているならともかく、これはただの理不尽な復讐だ。
たとえ自分の受けてきた仕打ちが許せなくて、侯爵令嬢としてぬくぬく育ってきたレティシアが憎く思えても、こんなふうに……何をする気なんだっけ?
短い人生に幕を下ろすって言っていたから、要するに私は殺される運命になるってことか。
なるほど。きっと、アドソン先生はこの後、アクセル様たちに成敗されるんじゃないかな?
それなら『王子様♡』にレティシアもアドソン先生も登場しなかった理由がわかる。
あれ? でもすでに生徒会は発足しているわけで、ええっと。なんだっけ?
何かがこう、思い浮かんできたのにはっきりしない。
「恨むなら、あのボンクラ王子を恨むんだな」
ダミアンですね! はい、よろこんで!
もやもやしているうちに、アドソン先生は私に近づいてきていて、目の前に立ってにやりと笑った。
その言葉には大賛成だったのに、それは勘違いだったらしい。
「カリナが死んで、王太子が次の婚約者に選ぶのは君か、あの辺境伯の娘だろうと目をつけたんだよ。また婚約者が死ねば、王太子は呪われているとでも噂になるかなと思ってな」
くくく。って笑っているけど、全然面白くない。
ボンクラ王子って、まさかのアクセル様のこと?
はああ!? はああああ!?
貴様は目も耳も頭も働いていないのか!?
アクセル様のどこがボンクラだと!?
完全完璧超絶正真正銘の王子様でしょうが!
「おや、今になって怒っているのか? まあ、あの王子ではなく、王弟のほうと婚約したのは誤算だったが、やつをこうして出し抜くことができたのは気分がいいからな。君のことは楽に殺してあげるよ」
ザ・悪役! って感じでアドソン先生は懐からナイフを取り出した。
美形だからこそ際立ってますね。
それで、そのナイフで私をグサリといく予定ですか?
やばいな、と思っていたら、座り込んだ冷たい石床が光り始めた。
どうやら私は魔方陣の中心にいたみたい。
「ははは! 時は満ちた! あとは君の血をこの魔方陣に組み込むだけだ! それで魔王を召喚――っ!?」
だから、こういうときに最後まで口上を聞くわけないじゃん。
私は口は動かせないけど、体は動かせるんだから。
えいやって力いっぱいアドソン先生に体当たりをしたら、驚いたみたい。
先生はしりもちをついて、私が押し倒す感じになっているのはどうかと思うけど、ナイフは手から離れて転がっていったからよし!
後は逃げるだけ。
立ち上がろうとした私を、今度は先生が押し倒す。
楽な服装だったとはいえ、やっぱりドレスだと動きにくいのがまずかった。
体重をかけられてどんと硬い床に押しつけられて、肺から一気に酸素が逃げたみたい。
私の喉から「がはっ」って声が出て、頭の片隅で呑気に声が出せるようになったんだ、なんて考える。
「この売女が! 私の邪魔をしやがって!」
お決まりの罵声と同時に、頬を強く殴られて、目の前に星が飛ぶ。
DV野郎とか思ってごめん、ジャン。本物がここにいたよ。
とりあえず口の中に血の味がしたけれど、どうにか耐える。
何がどうなっているのかわからないけど、聖女の出現を前に魔王召喚だけは絶対に阻止しないと。
だけど、もうダメかもしれない。
先生に圧しかかられ首を絞められて、意識が遠のいていく。
ダミアンの嘘つき。私のこと守るって言ったじゃない。
囮にするけど、安全は保障するって。
いや、そこまでは言ってなかったっけ?
ああもう、どうでもいい。
とにかく、あのモラハラパワハラセクハラの権化だけは許さないんだから。
「かっ……」
「何だ? 最期の言葉くらいは聞いてやろう?」
私の気持ちが声に出てしまったのか、首を絞める力が緩んだ。
最期の言葉として残すなら、これしかないよ。
「……っ、ダミアンの馬鹿ー!」
思っていたよりも大きな声が出たなって、自分で感心していたら、目の前の空間がぼやけた。
どうやら視界もかすんできたみたい。
アドソン先生の向こう側の空間がひずんで見えるんだもん。
それに、ダミアンの幻覚まで見える。
最悪だ。死ぬ前くらいはせめてアクセル様を見たかった。
「レティシア、それ全部声に出ているからね」
はっきり耳に届いた聞き慣れた声。
紛れもなくダミアンの声だ。
しかもかなり怒っているみたい。
ああ、神様。どうかこれが幻聴でありますように。




