47.お決まりの展開ください
「――お嬢様、大丈夫ですか?」
「え?」
ダミアンが去ってからぼうっとしていたからか、いつの間にか部屋に戻ってきていたクレールに気づかなかった。
だから声をかけられて間抜けな声を出してしまったけれど、クレールはもう何も言わずに茶器を片づける。
うう。この沈黙がつらい。
クレールもただ事ではない何かが起こっているのは勘づいているんだろうけど、私が話さないから知らないふりをしてくれているんだろうな。
それなら私も何事もなかったように過ごさないとって思うのに、そんなことできるわけないよね。
でもこの部屋からは出るわけにはいかなくて……何をすればいいの?
「お嬢様、いい加減に腰を落ち着けてくださいませんか?」
「え?」
「ですから、お部屋の中をうろうろと徘徊されるのはやめてくださいと申しております」
「徘徊って……」
クレールに抗議しようとして、実際に私が部屋の中をうろうろしているのが事実だと気づいた。
仕方なく、勉強でもしようかと机の前に座る。
まあ、集中できるわけなんてないんだけど。――って、そういえば、アドソン先生から課題を出されていたことを思い出す。
今さら提出することなんてないだろうとは思うけど、一応はしておいたほうがいいかもしれない。
アドソン先生の魔法理論の授業は、魔法を扱ううえでためになるのは確かだから。
授業はもうなくても、解答は他の先生が教えてくれるかもしれないしね。
そう考えて、勉強机の横に置かれた鞄からプリントを取り出す。
(他の課題はなかったし、これを片づけてしまえば……)
明日は学園を休むことになるかもしれないけど、一応の時間割を頭に思い浮かべる。
それから取り出したプリントを机に置いて、ペンを取り上げて問題文に目を通し、答えを書き出した。
一枚目は終わり。続いて二枚目に取りかかろうとして、プリントに視線を落とした瞬間――。
「ぎゃっ!?」
「お嬢様!」
プリントから浮かび上がった魔法陣が光り、私は可愛くもない悲鳴を上げた。
クレールの驚愕に満ちた声が聞こえる。
だけど、その声はすぐに聞こえなくなって、光に包まれたはずの私が次に目を開けたときには暗闇の中だった。
「――やっと来たね、カラベッタ君」
「……アドソン先生、ここはどこでしょうか?」
「君が知る必要はない場所だよ」
「ですが、私は王宮の部屋にいたはずです。それがこのように……仕掛けられた魔方陣で見知らぬ場所に連れてこられたのですから、ここがどこかくらいは知る権利があると思います」
「権利を主張するのはいいが、教える義務はないね。どうせその知識は無駄になるのだから」
うわー! めっちゃ死亡フラグが立ってる!
これが物語のヒロインなら、ヒーローが助けにきてくれるクライマックスだけど、私はただのモブ。
むしろ囮。……いや、でも囮だからこそ、助けにきてくれる可能性……はないな。
ということは、自分で逃げるしかない?
何かヒントを引き出さないと。
「どうして先生はこのようなことをされるんですか? 私に暗示をかけていましたよね?」
「いちいち説明するつもりはない」
「ですが、ノーブ先輩まで暗示をかけて、私を追い詰めていたのですから、気になるのは当然ではないですか」
「君の気持ちはどうでもいい」
ぐぬぬぬ。こういう場合、悪役は嬉々として自分のことを話すんじゃないの?
ペラペラしゃべっている間に助けが来て救われるのは、ヒロインの特権だから?
モブには状況も背景も知ることができないとか酷すぎる。
「あの助手の先生も、アドソン先生の仲間なんですか? まさかプリントに魔方陣を仕掛けて私を攫うなんて、ずいぶん手がこんでいますよね? 他にも仲間がいるんですか?」
「……」
完全無視。おかげで私、かなり痛い子みたいになっているんですけど。
ちょっと冷静になろう。
ここはどこかの地下室か何かなのか、窓はまったくなくて、真っ暗。――と最初は思ったけれど、燭台の蝋燭に火が灯されているから、少しだけ明かりがある。
そこで先生が何かの本を立ったまま黙って読んでて、他には誰かがいる気配はない。
単独犯なのかとも思うけど、怪しまれないように魔方陣のプリントを確実に私に渡るように、あの助手の先生が手助けしたのは間違いないんだよね。
それにしたって、ダミアンが施した防御魔法をいとも容易く破るなんて、やっぱりアドソン先生の魔術師としての力はすごいってこと?
いや、容易くじゃないから、プリントでの魔方陣を使ったのか。
そもそも、どうして私はここに召喚されたんだろう。
アドソン先生の目的は何だろう。
ここで囮としてモブ死す、となっても、せめて理由くらいは知りたい。
ていうか、今のままじゃ囮にもなっていなくて、役立たずのまま死んじゃうよ。
これじゃ、ダミアンに馬鹿にされたままじゃない。
何かアドソン先生の悪事の証拠のようなものを残して、せめて囮として一矢報いて死にたい。
もちろん、その矢はダミアンの朝露一滴ほどの良心を射るんだよ。
よし!
「……先生は魔術師としてとても優秀でとてもお忙しいのに、わざわざ学園で教鞭を取っていらっしゃるのは、後進の育成のためだと伺っておりました。でも本当は、こうして女生徒を誘拐するためだったのですか? ずいぶん変態だった――」
「黙れ」
「んンっ!?」
「王弟殿下の婚約者殿はずいぶんベラベラしゃべる女なんだな。他にも候補がいたはずなのに、奴の趣味を疑うよ」
それはそう。
でも、本当のレティシアはもう少しだけ空気を読む子なんだよ。
それなのに私が出しゃばっちゃって、外面をよくすることもできなくなっただけ。
って、それよりも口が塞がれて声が出せないんですけど?
ガムテープが貼られたわけでもないし、魔法でこんなことまでできてしまうの?
あら、びっくり。
「ようやく静かになったか……」
声を出せなくなった私を見ながら、先生は大きくため息を吐いた。
憂いげな先生は蝋燭の小さな明かりに照らされて、大人の色気がマシマシになっててヤバイ。
ここに他の女生徒ががいれば、黄色い声が上がるよ。
「まあ、せっかくだから少しくらいは教えてあげようか。このまま生贄としてその短い人生に幕を下ろすのも気の毒だからね」
そう言って微笑む先生の顔はそれはもう妖艶で美しく、絶体絶命の大ピンチだというのに、オタク魂が萌えて見惚れてしまった。
どうして……どうしてアドソン先生が攻略キャラにいなかったの!?




