36.防音魔法
今日は素直にダミアンに教室まで送ってもらったけど、先週ほどの騒ぎにはならなかった。
みんな少し慣れたんだろうね。
でも私は慣れないよ。
まさか放課後、こうしてダミアンと生徒会室に行くことになるなんてね。
ひとまず今日一日は何事もなく、先輩に絡まれることも、頭上から花瓶が落ちてくることもなく過ごせたのは喜ぶべきなのかな。
私は囮らしく一人ふらふら行動したほうがいいんじゃないかとも思うけど、ダミアンと仲がいいふりをしたほうが婚約者として説得力が増すのかもしれない。
たしか『王子様♡』では、ヒロインは従者であるアントニーと毎回生徒会室に行っていたから、この世界がゲームだったとしても大丈夫だよね。
間違っても私がヒロインの邪魔をするわけにはいかない。
そりゃ、私が実はヒロインだったら、なんて考えたりしたけれど、正直なところ魔王復活だの⦅サント・クリスタル》の力だのは荷が重すぎる。
この世界がゲームだろうとなかろうと、アクセル様がお幸せになれたらもうそれでいい。
「ずいぶん上の空だけれど、僕の話は退屈かな?」
「はい? 何かおっしゃってました?」
あ、おっしゃってましたのようですね。
ダミアンと一緒に生徒会室にこれから毎日向かうなんて、あまりの衝撃に現実逃避していたよ。
だけど、話を聞いていなかった私に微笑みかけるダミアンから溢れるオーラが怖い。
現実逃避というよりも、この場から逃避したいんですけど。
何か、何か、この状況を誤魔化す言葉はないものか。
「あ、あの、今日皆さんにお話しするんですよね? 私を……庶務にした理由を」
「うん、そうだよ。僕が片時もレティシアの傍から離れたくなかったから、なんて言うと怒られてしまうかな?」
ここはまだ公の場――廊下で、込み入った話ができるわけもないのに、馬鹿なことを訊きました。すみません。
そのせいで、ダミアンが意地の悪い返事をして、通りすがりの生徒が驚いて振り向いた。
でも、けっこうな距離はあったよね?
やっぱり私たち――ダミアンは注目されていて、みんながその一言一句聞き逃したくないんだろうなっていうのがわかる。
もちろん、この中には忍者みたいな護衛もいて、さらには敵方のスパイもいるのかも。
迂闊だったのは申し訳ないけど、なんか腹が立つのでわざとらしく困ったように笑って嫌みを返す。
「公私混同はまずいですからね」
「もちろんそうだよね。だけど、それだけじゃなく、この四年間のレティシアの勤勉さや全生徒の模範となるような行動を鑑みて、次代の生徒会のためにも必要な人材だと思ったからこそ、役員みんなで話し合い、選出したんだよ」
「……それは、ずいぶん買いかぶりかと思います」
「そんなことないよ。アクセルだって、レティシアの優秀さは認めているんだからね」
「……光栄です」
くううう! アクセル様の名前を出せば私が引くと思って!
その通りだよ!
そんなことよりも、今の発言は嘘? 本当?
アクセル様は私の優秀さを認めてくれていたの?
それはきっとレティシアも喜ぶよ。というか、喜んでいるのが不思議と私にはわかる。
晴乃とレティシアはまったくの別人格ではなくて、なんというか上手く融合している感じ。
今、晴乃のほうが出しゃばっているのは、きっとダミアンの婚約者という立場に動揺しているからじゃないかな。
「――で、やっぱりレティシアは僕の話を聞いていないね?」
「はい? 何かおっしゃってました?」
二回目だよ、これ。
でも本当にダミアンは何も言ってなかったと思う。
うん。間違いない。
そう確信してダミアンを見上げると、なぜか笑いを堪えていた。
「何か面白いことでもありました?」
「うん……。僕の婚約者が面白すぎるかな」
「そうですか」
って、私のことか!
今のいったいどこに面白要素があったの?
それにしても「僕の婚約者」ってパワーワードなんですけど。
まさかダミアン相手にキュンするとは思っていなかった。
負けた気分でいるうちに、生徒会室に到着。
先週と同様にダミアンに扉を開けてもらって、目に飛び込んできたのは眩いばかりのオープニングスチル第二弾。
またすでにみんな揃ってる~。
アクセル様のほんのわずかに口角を上げただけの笑顔が私の胸を射抜く。
これぞ尊死。
ダミアンに胸キュンとか、片腹痛いわ!
「お待たせして、申し訳ありません」
「いや、時間通りだ」
ここで「待っていないよ」とか「レディを待つことも幸せだよ」とか言わないアクセル様が好き。
ダミアンだったら絶対言うよね。
アクセル様が一番に応じてくださったから、ジャンやお兄様、アントニーも笑顔で応えてくださる。
ああ、ここはやっぱり《アヴァン》かな?
と思ったけど、違うみたい。うん。背後からすごく嫌な気配がする。
おそるおそる振り返ったら、ダミアンがいつもの微笑みを浮かべたまま、扉を閉めた。
「レティシア、この部屋は防音魔法が施されているから、盗聴の心配はないよ」
「生徒会室にわざわざ防音魔法が施されているほうが怪しまれません?」
「この部屋の防音魔法は代々受け継がれている伝統だからね。新しい会長が綻びなどないように上書きするんだ。だから、独自の応用などは使わず、教科書通りの術式を展開させる。効力は術者の――生徒会長の力量に因るが、歴代の会長は当然ながら実力者揃いだからね。その中でもアクセルは群を抜いているから安心していいよ」
「そうですか……」
アクセル様がすごいのは当然として、生徒会室に防音魔法を施さなければいけない意味がわからない。
生徒会活動にそこまでの機密事項を扱うことなんてある?
それとも人気者揃いの生徒会メンバーだから、過去にストーカー被害みたいなことがあったのかな?
代々受け継がれているってことは、何かがあってそうなったんだろうけど。
まあ、それも気にならないではないけれど、さり気に椅子を引いて座らせてくれるダミアンの紳士な行動はさすがと言うべきかな。
それに、急に防音魔法について説明するということは、さっそくカリナ様の話題に触れるってことだよね。
ちょっと緊張する。
「――ジャン、アントニー、今日の話は議事録に残す必要はない」
「いきなり防音魔法について話し始めるからどうしたのかと思えば、そういうことか」
アクセル様が書記のジャンと庶務のアントニーに声をかけると、二人は筆をすぐに置いた。
二人とも理解が早い。いや、普段の私が鈍いのか。




