35.嫉妬と羨望
私だって、さすがにそんなことできるとは思っていない。
そもそも魔王が人語を理解できるのかもわからないんだから。
「物語の鉄板であるんですよ。魔王や怪物を復活させて、自分の思い通りに動かそうとして一番に殺されてしまう馬鹿が」
「そんな物語は読んだことも聞いたこともないが?」
「あ……そうですか?」
やばいやばい。この世界にそんな物語はなかったっけ?
晴乃として暮らしていた頃は、小さい頃からアニメや映画でも人造人間だの何だののそんな物語があったから、普通に語ってしまった。
「ええっと。とにかく、普通に考えて『馬鹿だ』って思うような信じられない発想をする人って、意外といるんですよ」
これは日本で働いていたときに、つくづく感じたこと。
そもそもブラック企業で社畜していた私だって、今になって考えてみれば、なぜ辞めなかったんだろうって思うもん。
人間、追い詰められると何を考えるかわからないから怖い。
「あとは、自棄になっているかでしょうか?」
「自棄? 何のために?」
「ダミアン様のことが嫌いだからとか?」
「へえ?」
あ、本音が出てしまった。
だけど、ダミアンはいつもの微笑みを浮かべているだけで、問い詰めてこないから続けてもいいかな。
たぶん、本音を漏らす私に慣れたんだろうな。
「たとえば、私に野心があったとしたら、かなり恵まれていると思うんです」
「どういうふうに?」
「ダミアン様がおっしゃっていたではないですか。妃の条件として申し分ないって。家柄もよく、持参金もあり、後ろ盾だって十分。容姿もそこそこ、控えめで夫を立てる程度の知能も持っているとか何とか」
「うん、そこまでは言っていないな」
「そうでしたか?」
似たようなものだと思うけど、ダミアンの顔から珍しく笑みが消えてる。
意外と自分の嫌なところを突きつけられると弱い?
まあ、いいや。
「私は女性としての頂点、もしくはそれに近いものを手に入れられるんです。現に、私はダミアン様の婚約者として、今は王妃様に継ぐ地位にいます」
「ああ、なるほど」
「ですが、本当に私が野心を持っているのなら、アクセル様の婚約者――後のお妃様のことは許せないでしょうね。私よりも地位が高くなるのですから。しかも、その方が……魔力も強く、家柄もよく、容姿も素晴らしく、私に勝てるものが何もなかったら、嫉妬のあまり彼女を……この世界を恨むかもしれません」
カリナ様はその通りの方だった。
幸いにして私は嫉妬するよりも、敬愛していたから、アクセル様の婚約者として当然だと思っていたけれど……。
「って、まさか聖女や魔王は関係なく、カリナ様を殺めた方は単なる嫉妬とかないですよね?」
「少なくとも、カリナ嬢は王太子の婚約者として十分に守られていた。彼女自身も魔力が強く、嫉妬ごときで簡単に手を出せるような女性ではなかったよ」
「そうですね……」
嫉妬のあまり他人に手をかけるなんて、普通はできない。
しかも、相手が王太子殿下の婚約者だったなら、警備だって厳重だっただろうしね。
現に私はカリナ様の件を受けて、かなり厳重に守られているんだから。……囮だけど。
「あれ? でも、私は嫉妬されましたよね?」
それで私は先日、先輩たちに囲まれたんだから。
先輩たちが『お馬鹿さん』なのは否定できないけれど、普通はあんなふうに堂々と姿を見せるかな?
教科書を破ったり、机に落書きしたり、階段から突き落としたりするんじゃないの?
だけどダミアンは私の疑問に驚いた様子もないことに気づいた。
「ひょっとして、先輩たちが普通じゃないって、気づいていました?」
「何のことかな?」
「たとえば、誰かに操られているとか?」
「人を操る魔法は禁忌だよ」
「魔王を復活させようとしている人たちが、それくらいで怯んだりしますか?」
「まあ、そうだね」
やっぱり、ダミアンは気づいていたんだ。
ということは、誰が先輩たちを操っているか探れば敵対勢力にたどり着くよね。
「もうすでに犯人に目星がついているんですか?」
「それなら、もっと簡単だったんだけどね」
「なるほど」
すでに私は囮としての役目を果たしていたみたい。
ただ、真犯人――謀反を企む人たちの正体はまだ掴めていないってことか。
「……人はあまりに遠く手に届かないものには憧れを抱くだけですが、あと少しだけ手を伸ばせば届きそうなのに、決して触れることができないものには執着したりするんですよ」
「ひょっとして、王位のことを言っている?」
「ずっと一番でいる人には、そうでない人の気持ちがわからないんじゃないでしょうか。しかも、その一番は努力ではなく、生まれで与えられたものだとすると」
「一番だって、努力していないわけではないんだけどね」
「……ダミアン様はいつでも微笑んでいらっしゃいますよね。『微笑みの貴公子』と呼ばれるほどに」
「余裕があるように見せているだけだよ」
「だとすれば、成功ですね」
「努力しても報われないのはつらいね」
「皆、同じように思っていますよ」
「なるほど」
私の言いたいことをダミアンは理解したみたいで、大きなため息を吐いた。
これはパフォーマンスではなくて、本気のため息みたい。
ダミアンらしくなく、傷ついたりするのかな?
「それでは、ないものねだりする馬鹿なやつらは遠慮せず殲滅すればいいってことか」
うん。前言撤回。
ダミアンは傷ついたりなんてしていないね。単に本気で呆れていたみたい。
しかも、殲滅とかって物騒な言葉を使うほどに、敵対勢力を潰す理由を与えてしまったかも。
「あの、あくまでも私の推測ですからね。それに、彼らが魔王と交渉しようとしているわけでなく、本当に世界を壊してしまえって思っているなら大変ですから、慎重に進めましょうね」
「もちろんだよ、レティシア。君は心配しなくていいからね」
「囮でいながら心配するなとは、なんという矛盾」
あまりに朗らかな笑顔でダミアンが答えるものだから、また本音でツッコんでしまった。
すると、ダミアンは声を出して笑う。
そういうのはやめてほしい、本当に。ギャップ萌えは人類皆弱いんだから。
そこでちょうど学園に到着したようで、私はほっと息を吐いた。
これ以上ダミアンと一緒にいたら、血迷ってしまいそうだからね。
私の最推しはアクセル様。それは揺るぎない事実。
「さて、ではしっかり囮を務めますので、しっかり守ってくださいね」
「大丈夫。安心してくれていいよ」
「……よろしくお願いします」
そんないつもの爽やか笑顔で言われて、何を安心しろと。
凡人は凡人らしく、アクセル様のために頑張って囮になりますとも。




