64.朝の偶然
秋。
夏から冬へ移り変わるこの季節は、四季の中でも比較的過ごしやすい。
焼けるような暑さから徐々に涼しくなり、冬の寒さに至るまでには時間がある。
だからゆっくり準備をすれば良い。
気温が下がっていく涼しさは、厳しい寒さから温かさが戻る時より心地が良いものだ。
他にも秋は実りの季節。
食べ物も美味しくて、好きな季節と言われて一番多く手があがりそうだ。
もちろん、この土地は例外だけど。
秋の乾燥は何もかもをぶち壊してしまう。
しかし逆に言えば、乾燥さえ解決すれば、皆が良く知る秋という季節に戻るだろう。
私は乾燥対策を考えていた頃からずっと思っていた。
そしてどうやら、正解だったらしい。
「うぅ~ ふぁー」
朝、目が覚めた私は大きく背伸びをする。
昨日は遅くまで作業をしていたからちょっぴり寝不足だ。
もっとも王宮で働いていた頃に比べたら、十分な睡眠時間だけどね。
ベッドから起き上がった私は窓を開けて外を見る。
「今日も良い天気。それに風も良い感じ」
と、そう思えるようになった。
街の中には私が作り出した水の岩、水錬晶が設置されている。
常に水を生成し周囲を保湿する効果を持った鉱物だ。
あれを街中、民家などの屋内にも設置したことで、居住区域の乾燥問題は解決された。
以前は朝起きると乾燥で唇が痛かったり、肌が痒くなったりと大変だったのに。
こうして気持ち良い朝だと思えるのも、自分の仕事がもたらした変化だと思うと誇らしい。
「さてと、着替えますか」
今日もこれからお仕事だ。
その前に寄り道したい場所もあるし、今日は少し早めに起きている。
着替えを済ませた私は部屋を出て街のほうへと足を運んだ。
街の中には私より早起きをしている人もたくさんいる。
お店を営んでいる奥様は、開店準備で店の前の掃除をしていた。
「おはようございます」
「あらアメリア様! おはようございます。見ての通り開店前ですが、何か御用でしたか?」
「いえ、丁度通り過ぎたのでご挨拶だけ。あ、水錬晶のほうはどうですか?」
「とても助かってますよ。あれを置いておくだけで室内の乾燥は和らぎますし、水も貯められてすごく便利ですね」
「それは良かったです」
水錬晶から生成された水は不純物がなく清潔だ。
そのまま飲むことも出来るから、生活水として使えるように貯められる構造にして民家に配った。
この様子だと、ちゃんと機能してくれているらしい。
自信があったとは言え、こうして実際の声を聞けると安心する。
「アメリア様はどちらに行かれるのですか?」
「ちょっと畑のほうを見に行こうかと」
「ああ、そうだったのですね。ところで……」
奥さんはキョロキョロ私の周りを確認している。
私はキョトンと首を傾げ、奥さんに尋ねる。
「どうかされましたか?」
「いえ、今日はお一人なのですね。いつも領主様とご一緒なので珍しいなと」
ああ、そういうことか。
心の中で納得した私はニコリと微笑んで返す。
「仕事前に少し様子を見に行くだけですから」
「そうですか。お気をつけてくださいね? アメリア様はこの街になくてはならない存在なんですから。危ないことがあったら叫んでください。領民総出でかけつけますよ」
「あははは……ありがとうございます」
領民の方々の信頼も厚くなってきたと感じる。
ちょっぴり行き過ぎな気もするけれど、嫌われているより良いだろう。
何よりみんなが私を必要としてくれている。
その事実はとても嬉しいし、かけてくれる声も優しい。
「……でもそうかな? 私が一人でいるってそんなに珍しい?」
畑に向かう途中、ぼそりと疑問が声になって漏れた。
一人であることより、トーマ君が一緒じゃないことに驚かれていたな。
確かに思い返すといつも一緒にいる気がする。
同じ屋敷に住んでいるから当然?
領主と家臣って常に一緒にいるものだっけ?
なんだか最近は一緒にいることが当たり前になってきたなぁ。
「まっ、嫌じゃないんだけれどね」
そう思えるから別に良いか。
深く考えるようなことでもないし。
考え事をして歩いていたら、いつの間にか畑のすぐ近くにたどり着いていた。
私はちょっぴり駆け足で畑に入る。
畑の中心には身の丈の三倍はある水錬晶が設置されていた。
その半分の大きさの水錬晶が六つ、大きい一つを囲うように設置されている。
私は屈んで土の状態を確認する。
「うん。ちゃんと水気があるね」
私に見えているのは水錬晶の上半分。
残り半分は土に埋まっていて、周囲の土に水分を与えている。
ちょっと前まで枯れた大地になりかけていた畑も、なんとか作物が育てられる程度には回復したようだ。
領民の方々が毎日畑の手入れをしてくれていたお陰もある。
完全に死んでしまった土地は水を与えても戻らないから。
私がしたのは、みんなの頑張りを後押しすること。
彼らの頑張りを無駄にしないことだった。
「ふふっ」
そう思ったら自然と笑みがこぼれていた。
きっと鏡を見たらダラしないにやけ顔をしているのだろう。
恥ずかしくて他人には見せられない。
なんて思っていたら――
「朝から楽しそうだな」
「んえ!? トーマ君!?」
思いっきり見られていた。
顔を上げた正面に、トーマ君が腕を組んで立っている。
妙に楽しそうな顔で。
「い、いつから見てたの? というかまた後をつけて来たんじゃ……」
「残念だけれど今回は偶然だ。でも目的は一緒だったみたいだな」
「え、トーマ君も畑の様子を見に来たの?」
「まぁな。畑はうちの大切な資源だ。食べる物がないと領民が困るだろ?」
そう言って得意げに笑うトーマ君を見て、私もクスリと笑う。
理由がトーマ君らしいと思った。
ふと、奥さんから言われた言葉を思い出す。
「結局一緒になっちゃったなー」
「何がだ?」
「なんでもないよ」
考えてることが一緒じゃ仕方がないよね?






