100.放っておけないから
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5/10 無自覚な天才魔導具師はのんびりくらしたい
5/19 パワハラ限界勇者、魔王軍から好待遇でスカウトされる
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「は、半数だって? 王都にどれだけの人が暮らしている? その半分って……」
「治療法がポーションしかないのなら、在庫はもう……」
「なくなってる、と思う。そこまで書いてないけど」
シズクがそう答えた。私が覚えている限り、王宮の倉庫に保管されているポーションの数は、大体四千本くらいのはず。
普段なら十分すぎる備蓄だけど、それほど広まっている状況では、王都で暮らす一般の方々にはポーションを回す余裕はない。
街でもポーションは売っているけど、さすがに王都で暮らす半数の方々にいき届かせる在庫はないだろう。何よりポーションは高価だ。
まず間違いなく、お金に余裕のない方は手に入れられない。
「王都では今、急いでポーションの量産を進めているらしい。どこから情報が漏れたのか知らないけど、もう国民は病気の原因を知ってる。だから隠せない。王国も対処せざるを得ない」
「王宮にはそれだけ錬金術師が多いのか? どうなんだ? アメリア」
「人数はそこまで多くないよ。錬金術師は国中を合わせても百人くらいで、宮廷で働いていたのは私以外だと十七人」
「十七? たったそれだけの人数で量産なんてできるのか?」
トーマ君の質問に、私はゆっくりと首を横に振った。ポーション一つで治る病じゃないなら、必要となる数は人数分以上。
宮廷錬金術師の方々は腕も確かで優秀な人たちが多いけど、さすがにその数の需要に対応するのは難しいと思う。
だったら今頃、宮廷錬金術師たちは休む暇もなく働いているだろう。それこそ、この領地に来る前の私のように。
「その解決のためにアメリアを? 彼女をまた王都で働かせるつもりか?」
「そうだと思う」
「なんだそれ、勝手すぎるだろ? 一度はそっちの都合で彼女を追い出したくせに、こんな時だけ利用しようっていうのか?」
「トーマ君……」
彼の横顔は静かに怒っていた。その視線はゆっくりとシズクに向けられる。
「どうするつもりだ? まさか、無理矢理にでも彼女を連れていくつもりじゃないだろうな?」
「……それが私の役目だから」
「トーマ君、シズク!」
場に緊張が走る。トーマ君はいつになく怒っていて、このまま二人が争うことになりそうな予感さえする。そんなのは嫌だと、二人を止めようとした時、シズクはつぶやく。
「でも、無理矢理はしない」
「シズク?」
「よく見て。この紙にはどこにも、絶対とは書いてない。可能であれば、って書いてある」
私たちは彼女宛の命令書を改めて確認する。確かに一文は、可能ならと綴られていた。
「だから、アメリアが嫌なら私は一人で王都に行く。それでいいでしょ?」
「……ああ」
トーマ君の怒りが薄れていく。私は心の中でホッとする。
「悪いな」
「気にしてない。そう言うと思ってたから」
「……だったら最初から言ってくれ」
トーマ君は大きくため息をこぼす。優しい彼が仲間に剣を向けるとなれば、きっと相当な覚悟が必要になるはずだ。それでも私のために怒ってくれたことを、密かに嬉しく思う。
「アメリア」
「どうするの? 行く? それとも残る?」
二人の視線が私に向けられる。どうするかは私の意見次第。きっと二人は、私がどちらを選択しても責めないし、尊重してくれるだろう。
だから私は心置きなく考えて、答えを口にすることができる。
「行くよ、王都に」
二人はほんの少しだけ驚いたように目を丸くした。だけどすぐに普段通りの優しい目つきに戻って、トーマ君が私に尋ねる。
「いいのか?」
「うん」
王都で経験したことを、私は今でも忘れない。恵まれた環境の中にいたはずが、それを実感できなくて苦しかった日々を。
助けを求めることすらできず、一人きりで仕事と向き合い続けたあの時間を。忘れたくても忘れられない。
正直、帰りたいかと問われたら、私は首を横に振るだろう。私のことを追い出した人たちの頼みを、わざわざ戻って聞く必要もないかもしれない。
それでも私は王都へ行くことに決めた。だって、そうでしょう?
「苦しんでる人がいるのに、放っておくなんてできないよ」
王都で暮らす人々に罪はない。魔物と戦い、傷ついた騎士の方々だって、己の職務を全うしただけだ。罪なき人たちが苦しんでいる。それを知って動かないなんて私にはできない。
もしこの地で暮らす人たちが私の立場なら、迷わず助ける道を選択するだろう。過酷な場所で助け合いながら生きる人々が、困っている誰かを見過ごすことはない。
私も、そういうお人好したちと共にいる。なら、それに恥じない選択をしたい。
トーマ君とシズクは静かに頷く。
「わかった。その代わり俺も同行する。アメリア一人だと心配だからな」
「私も一緒に行くけど?」
「あーそうだな。それでも心配だ。アメリアは放っておくと、いつまでも働き続ける。止めるのは俺の役目だ」
「トーマ君、シズク……」
それに、二人も一緒にいる。もう一人じゃないから、堂々と王都の土地を踏めそうだ。






