第99話 それぞれの道
月の裏側、モスクワの海。
月面の地名には地球人類の宇宙進出黎明期におけるソビエト社会主義共和国連邦の影響が今も色濃く残っている。この"モスクワの海"という地名などその最たるものだ。
現在のロシア共和国は地球連邦の主要構成国の一つではあるけれど、かつて世界を二分した超大国の面影は今は無い。第3次世界大戦以降は、宇宙開発に関しても日米英印の後塵を拝し、宇宙開発におけるロシア語の影響も少なくなっていった。そのためか、月面のロシアチックな地名は現代のロシア人にとって、人類史上初めて有人宇宙飛行を成し遂げたかつての栄光の証と言えるのかもしれない。
そのせいだろうか、ここモスクワ海基地に隣接するモスクワの海市には他の月面都市と比較してロシア系の住民が多い。となれば、当然モスクワの海市にはロシア料理屋さんが多く営業していて、私達レッドライオン小隊のお別れ会はモスクワの海市の繁華街にあるロシアンレストラン「タワリーシチ」で催される運びとなった。これは多分に幹事であるラビィの嗜好が反映されている。
少し照明が落とされて薄暗い店内。私達は店員のスラブ系美人のお姉さんウェイトレスに予約していた席に案内された。それぞれ席に着くとテーブルのランプに火が灯される。すると、これまたイケメンのスラブ系お兄さんウェイターがすかさずドリンクメニューを持って来てドリンクの注文をとる。ロシア料理に合う乾杯のドリンクというと何がいいのだろう?正直、よくわからない。
「ねえ、パティ」
私は隣の席のパティを肘でつつく。
「何?」
「こういう場合って、何を注文すればいいの?」
「メニューにある物なら何でもいいんじゃない?」
要は知らないって事のよう。私も地球連邦軍に入るまではただの女子高生だったから、こういう料理にどういうドリンクが合うとかよく知らないんだよね。日本人だから居酒屋とかビアホールとかなら「取り敢えずビール!」で簡単なんだけど。やっぱりロシア料理だからウォッカだろうか?
「じゃあ、この赤ワインをグラスで4つくださる?」
ドリンクの注文に悩む私を他所に、ラビィがそつ無く4人分の赤ワインを注文していた。流石、英国のお嬢様だ。
「ラビィ、凄いね!」
「ふふっ、何が?」
それから注文していた赤ワインが届くまでの間、揺れるランプの灯を見ながら誰もが無言でいた。何となく、ここがあまりべらべら喋べる空間でも時間でもないような気がして。私もランプの揺れる灯見ながら、この半年間、レッドライオン小隊のみんなと出会ってからの出来事を思い出していた。
先程のイケメンウェイターによって赤ワインが4つテーブルに配膳されると、ラビィの進行で乾杯。初めて飲む赤ワインはなんだか渋くて、私には少し重たい味だった。そのせいではないだろうけど、会の雰囲気も少し重たい感じがして誰もあまり喋らない。グラスに口を付けたタイミングで運ばれて来た前菜をチマチマ食べては食レボよろしく味の感想を言ったり。
ボルシチが運ばれて来て一口食べると、赤ワインに合うなぁと思った。この頃にはみんなアルコールも少し回って、当初の重たい雰囲気は幾らか薄れていた。
すると、ラビィがエルザ隊長にレッドライオン小隊の発隊の頃から今までの感想を尋ねた。エルザ隊長は最初は渋っていたけど、ラビィに促されて「う〜ん、そうだなぁ」とぽつぽつと語り始める。
「小隊長の内示があった時は少し焦ったよ。なんせ自分自身がまだ新人みたいなもので、戦闘だって護衛任務で2回しか経験してなかったんだ。撃墜スコアだって一機だけ、まだまだ自分が小隊長に教えを乞う立場だと思ってた」
エルザ隊長は一旦言葉を切ると、一口グラスに口を付け、更に話を続けた。
「しかも新編される護衛艦隊の新造空母の、新たに発隊される戦闘航空大隊で、とか、何もかも新しくてね。上官も同僚も私と似たようなものだから、こう言っては何だけど、頼りにならない。おまけに部下は3人とも新人パイロットだと聞いて、正直私は頭を抱えた」
「「「…」」」
エルザ隊長を除く私達3人は、気まずい気分で互いに顔を見合わせた。赤ワインで口が軽くなったのだろうけど、エルザ隊長、最初は私達の事そんな風に思ってたんだ…
「だけど、考課票を見る限り3人とも成績は良かったし、そこだけは希望が持てたんだ」
(((ホッ)))
「まあ、そういう風に自分自身で思い込もうとしていたのかもしれないが」
「「「…」」」
「私は恐かったんだ。何と言っても私の部下は3人とも実戦経験もない新人達で、私の采配いかんでは、若しかしたら撃墜されて戦死してしまうのではないかと。実際には私の懸念は杞憂だった訳だけど、みんなは初めての戦闘でも私の指示にも忠実に従ってくれて、戦果も挙げた。そして、あの激戦を戦い抜いて全員生き残ってくれた」
ここまで聞いて、私達はもううるうるしてしまっていた。
「みんな、今まで至らない隊長だった私を支えてくれて有難う。今日で私達は別々になってしまう。でも、これはレッドライオン小隊が消滅するのではなくて、お互いに発展する事なんだと私は思ってる。私とラビィはここに残ってレッドライオンの名を冠した部隊を守る。サクとパティはレッドライオン小隊で培った技術と経験を生かして新部隊で活躍して欲しい」
「「「…隊長」」」
ここでイケメンウェイターが次の料理であるラム肉のソテーを運んで来た。香ばしいソテーされたラム肉の香りがとても食欲を刺激する。
料理が運ばれて配膳されたため、エルザ隊長は一旦話を終えた。私達は熱いうちにラム肉のソテーを食べる事にした。回ってラム肉の脂と赤ワインの渋みが実に良く合い、ライ麦のパンもラム肉のソテーに会っていて、更に食が進む。
そうして食事が進み、エルザ隊長が再び話を続けた。
「ラビィ、いつも私を支えてくれてありがとう。こんな私だが、これからもよろしく頼む」
「隊長、私、どこまでもお供します。銀河の果てまでだって」
「サク、君には何度もヒヤヒヤさせられたけど、何度も助けられたな。今、こうして私達が生きているのもサクのお陰だ。ありがとう。新部隊では小隊長だが、その実力は既に十分あると私は思ってる。頑張ってくれ」
私からは最初から立派な小隊長に見えたけど、エルザ隊長も小隊長になるに際して不安と葛藤があったんだ。今日は最後に小隊長としての心構えを教えてくれた。
「隊長、今までありがとうございました」
「パティ、レッドライオンという素晴らしい隊名を送ってくれてありがとう。私は自分の赤毛が子供の頃から嫌でしょうがなかったけど、今は大好きだ。まさに赤は私の色で、レッドライオン小隊は私の誇りだ。新部隊ではサクを支えてやって欲しい」
「はい、隊長。今までありがとうございました」
この頃にはエルザ隊長の言葉に私達3人はウルウルを通り越して泣きそうになっていた。この雰囲気にイケメンウェイターは遠慮がちに空いた皿を下げ、美人ウェイトレスお姉さんがデザートの木苺のシャーベットをこっそりと運んで来たものだった。
私は木苺のシャーベットを口に運びながら、奇妙な安堵感に浸っていた。自ら望んで異動する新部隊だけど、いきなりの小隊長であり、正直あまり小隊長としての自身も無かった。また、新部隊がどのように運用されるのかもわからない。人事異動に伴う忙しさで誤魔化していたけど、実は不安でいっぱいだった。でも、尊敬するエルザ隊長も6ヶ月前はやはり小隊長になる事に不安だったと知って、少し気が楽になったのだ。私がエルザ隊長と同じように出来る訳ではないけど。
その後、食後のコーヒーが運ばれた。その深く濃いほろ苦さで口の中のシャーベットの甘さが消えると、自然と気分も落ち着いた。そして私達のレッドライオン小隊としての最後の夜が終わった。
もうエルザ隊長は頼れない。明日からは小隊長として自分の足で立ち、部下を率いて戦わなければならない。父の敵であるアムロイは強大であり、戦争はまだまだ続きそうだ。私達はそれぞれの思いを胸に、見送るイケメンウェイターの「スパシーパ、ダスヴィダニヤ」に笑顔で会釈してロシアンレストラン「タワリーシチ」を後に、空母太鳳へと戻った。
エルザ隊長、ラビィ。今までありがとう。パティ、これからもよろしくね。私からレッドライオン小隊の仲間達へ、ロシア(レストラン)から愛をこめて。
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それでは次話「新部隊」にご期待ください。
この風、この肌触りこそ戦争よ!
機動戦士ガンダム 第20話より




