第74話 トロヤ群
先日の輸送船団防衛戦では、我々第309護衛艦隊は敵の攻撃から輸送船団を守り抜く事が出来た。敵の対艦ミサイル群は護衛艦隊と艦隊・船団直掩した空母太鳳の第2戦闘航空大隊により全弾が撃墜されて艦隊・船団の被害は皆無。だけど、敵艦載機群の迎撃に当たった私達の第1戦闘航空大隊は3機が撃墜され、5機が何らかの被害を受ける結果となった。
戦争なんだから犠牲は付き物だ。全滅した艦隊や輸送船団だってあるのだから、戦死者3名というのは微々たる被害、犠牲なのだろう。だけど、戦死したパイロット達とは艦内で挨拶したり、多少の軽口くらいは話すくらいの間柄ではあったのだ。出現するちょっと前まで同じ搭乗員室で一緒に待機していた訳だし。
そうした彼等がもう永遠に帰る事が無いという現実が私はやはり恐くもあり、慣れるなんて難しいと思った。だけど、これからは慣れないまでも、心の中でそうした事とも折り合いをつけなくてはならない事は理解しているつもり。
我々第309護衛艦隊が守る輸送船団は、往路の最終目的地であるトロヤ群の資源集積基地へ到着した。ここはアステロイドベルトのクヌート宙域同様、防衛拠点であるベアトリス基地を中心とした宙域で、トロヤ群の各宙域にある小惑星の資源採掘場から採掘された鉱物資源はここに集積されるのだ。
しかし、クヌート宙域と異なるのはトロヤ群には採掘した資源を精製する施設がまだ存在していない、という点である。従ってここで採掘した鉱物資源は地球圏、もしくは施設のある木星圏やアステロイドベルトのクヌート宙域まで運搬したければならない訳であった。
また、もう一つ異なる点として、トロヤ群はクヌート宙域ほど地球連邦軍の福利厚生施設が充実していないという事。
トロヤ群にも地球連邦軍の駐留艦隊がいるから、輸送船団が鉱物資源の積込作業中は多少の息抜きくらいは出来るだろう。だけど、どこかに上陸してという訳にはいかなかった。
「いゃあ、岩だらけの空間を見続けるというのは、何というか、率直に言って気が滅入るよねぇ。」
パティが食堂の窓をテーブルに頬杖ついて見ながら感情の篭っていない口調で、誰にともなく呟いた。じゃあ見なきゃいいのに…
「そうねぇ、せめて色が着いてる惑星でも衛星でもあればまた違うよねぇ。」
ラビィも遠い目をしながらパティに同意する。確かに何かしらの色が有るのと無いのとでは違うのかもしれない。だけど、木星圏に勤務する人達の中にはあのど迫力の大赤斑やうにゃうにゃする不気味な大気の模様を見続けて心を病む者も多いと聞く。人間にはやはり地球の自然や景色が必要なのだ。
私は食堂でやる事無く駄弁っているレッドライオン小隊の、この澱んだ空気を変えるべく前々からエルザ隊長について不思議に思っている事について、これ幸いと直接本人にぶつけてみる事にした。
「エルザ隊長の日本語ってとても上手ですけど、何というか、どちらかというと男言葉っぽいじゃないですか?それって何か理由があるんですか?彼氏から習ったとか?」
エルザ隊長は私の問いかけに対して、よくぞ聞いてくれたと言わんばかりに瞳を輝かせて答えてくれた。
「私は子供の頃に父の仕事の都合で何年か日本に住んでいた事があるんだよ。」
「へぇ、そうだったんですか。」
道理でエルザ隊長の日本語には外人なまりが殆ど無いはずだ。特に注意しないで聞き流してしまえば日本人が話していると思ってしまうほどだ。
「私は東京に主に住んでいたのだが、あれは私が中学2年生の夏休みだった。神戸に住む母の友人に招かれて、母と私と弟の3人で彼女の家に滞在した事があったんだ。」
な、何となくその後の展開が読めてしまったというか、何というか。
「母の友人は私達に張り切って神戸を始め大阪や京都まで案内してくれたのだが、そこで私はある歌劇と出会ってしまったのだよ。」
エルザ隊長は「しまったのだよ」と言いながら右手の人差し指と中指を私の頤に当て、そのままそっと私の顔を上向きにした。
「な、何と出会ったのですか?」
当時中学2年生だったエルザ隊長、男言葉、神戸、歌劇、普段からの騎士のような振る舞い、とこれだけの札が揃ってしまえば、もう次の展開は当然、
「そう、それは宝塚少女歌劇団だよ!」
やっぱりか!
「あの日、私達が観たのは18世紀のフランスを舞台にした美貌の男装した伯爵令嬢の物語だった。その令嬢は女性に生まれながらも、男児に恵まれない父親に男として育てられ、オーストリアからフランス王太子の元に嫁入りした王太子妃に近衛士官として仕えるんだ。やがて彼女は王太子妃の恋人と自らを愛する幼馴染みとの間で心揺れるのだが、云々(以後長いので省略)」
「そして、遂に幼馴染みと結ばれるも革命が始まり、フランス衛兵隊長だった彼女は革命側に着いてバスティーユ監獄を攻めている最中に狙撃され、監獄の白旗を見ながら先に戦死した恋人が待つ天国へと旅立つんだよ。」
更にエルザ隊長の一人語りは続く。
「もう私はあの物語、あの歌劇団に魅了されてしまったんだ。あの男装の伯爵令嬢は私の人生の指針と言っても過言じゃない。彼女たらんと私はあの夏の日に誓ったんだ。」
エルザ隊長は遠い目を、恐らく「あの夏の日」を見ながら話を終えた。それに対してラビィもパティも呆気にとられたのか、二人とも黙ってしまっている。私はエルザ隊長に話を振った責任を取って話を継いだ。
「あ〜、私もその話好きですよ。歌劇は観てませんが、原作の漫画は読みました。私は主人公率いるフランス衛兵隊が追い詰められた民衆を守ろうと王室に反旗を翻す場面が一番燃えました。」
「そうか、サクも萌えたのか。わかっているなぁ、流石は日本人だ。だから、実は私は小隊長になって小隊のコードネームを「バラベルサイユ」にしようと思っていたんだ。」
「「「…」」」
バラベルサイユ小隊
なんだろう、この微妙な響きは。まだ「ベルサイユローズ小隊」とかなら、どうだろう?いや、あの漫画は本当に好きだけど。
エルザ隊長のネーミングセンスって、私がそう思っているとラビィとパティはお互い顔を見合わせて"うへぇ"といった表情をしていた。一歩間違えていたら、私達は「バラベルサイユ小隊」となっていた訳だし、自分達も「バラベルサイユ2」とか「バラベルサイユ4」とか呼び合わなくてはならなかった訳だから。そう考えると、小隊結成時に「レッドライオン」をコードネームに挙げたのは実に素晴らしいパティの功績だったという事だ。後でパティをいい子いい子してあげるとしよう。
その後、私達はすっかりスイッチが入ってしまったエルザ隊長の宝塚蘊蓄をしばらく聞く事となった。そして、私はラビィとパティから非難めいた視線を送られ、その間を実に居心地の悪く過ごす羽目になったのだった。
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