第70話 再会、母よ②
予備役中尉であった母はアムロイとの戦争が始まり、召集されて現役に復帰している。それ以来、今日は実に三年ぶりの再会になる。
母と妹とは士官学校での木村との決闘騒ぎ後から不定期で手紙のやり取りをしている。手紙には機密に該当するような事は書かれていないけど、大体の近況は記されていて、確か母は空母艦載機のパイロットで、小隊長をしているはずだった。私の記憶ではそうだったのだけど、
「今は大尉に昇進していて、中隊長をやってるのよ。」
という事だった。
母はそう言うと注文したブレンドコーヒーを一口啜り、カップをソーサーに戻した。母と私はクヌート宙域の3番コロニーの繁華街で偶然、バッタリ再会。レッドライオン小隊の皆は気を利かせて先にホテルに向かってくれていた。母と同行していた部下の皆さんも同様に席を外してくれている。今、母と私はホテル近くのカフェでデーブルを挟んで向かい合って座っている。
「どう?元気にしてた?」
「うん。見ての通り、手紙の通りだよ。お母さんは?」
「まあ、ボチボチよ。」
う〜ん。会話が続かない。この三年間にあった事、手紙には書けない事、いっぱい話したい事があるのに。こうしていられる時間も限られているし、子供じゃないから私がおかーさん聞いて聞いてなんてベラベラ一方的に喋る訳にもいかない。
「無理しなくていいのよ。私は咲耶ちゃんの元気な姿が見られればそれで十分だから。」
そんな私の心のジレンマを知ってか、母は優しくそう言ってくれた。
「もう実戦は経験した?」
「ううん。まだなんだ。」
「そう、じゃあまだ戦友とは言えないわね。」
「何よ、それ。上から目線でさ。」
「それは、まあ、私は大尉であなたは少尉だから?」
私はぐぬぬとなりながらも、母との会話が続くにつれて徐々に先程のジレンマが消えて行くのがわかった。なるほど、これが大人余裕、ベテランの為せる技なのか。
そうしているうちに、別れの時間が迫って来ていた。母は上陸が終わり、母艦であるアステロイドベルト駐留艦隊の空母空牙に戻るのだという。
「それじゃあ時間だから、そろそろ行くわね。」
母はそう言うと、二人分のコーヒー代をレジで払って店を出る。私も母の後を追うように立ち上がると、母は「ここでいいわ。」と手で私の動きを制した。
「お母さん、体に気をつけて、元気でね。」
「ええ、咲耶ちゃんもね。それから、私との約束憶えているわよね?」
「もちろん!」
「それならいいわ。今度会ったら一緒にお酒でも飲みましょう。」
母はカフェのドアを開けて店を出ようとして、動きを止めて振り返った。
「この先、木星までの間は敵の通商破壊が最も激しくなるから、くれぐれも気を抜かないのよ?」
「うっ、うん。わかった。」
母はニコッと笑うと、私を残して店を出て行った。
「サク、サクのお母様はあの"空戦のクリムヒルト"だったのね!」
母と別れ、再びレッドライオン小隊のみんなと合流した私は、夕食の席でみんなからの質問攻めにあった。その席で私は母が"空戦のクリムヒルト"と呼ばれている撃墜王である事をラビィから教えてもらった。
"クリムヒルト"とは、ドイツの叙事詩「ニーベルンゲンの歌」の女性主人公の名前だ。夫である竜殺しジークフリートが謀殺され、その仇を討つ未亡人の話だったと記憶している。そういう意味でなら、その名は母に相応しいのかもしれない。本人がそう呼ばれる事を望むかどうかは別として。
「いや、私も今さっき知ったばかりだから。」
「あんたねぇ、アンテナ低いにも程があるでしょ。」
と、ラビィとパティはあきれ顔。
ふと、視線を感じたのでその方へ顔を向けると、エルザ隊長が熱い眼差しで私を見ている。
「エ、エルザ隊長?」
「まさか、まさか自分の部下が尊敬する"空戦のクリムヒルト"の娘さんだったとは!あぁ、人の縁とは不思議なものだ。サク、今度機会があれば私をお母上に紹介してくれないだろうか?あと今夜はお母上のお話も聞かせて欲しい!」
「はぁ、いずれ機会が有りましたら。」
「是非、是非頼むよ!」
母を尊敬してくれているエルザ隊長には悪いのだけど、おそらく母にエルザ隊長を紹介する機会が来る事は無いだろう。この広い太陽系で所属が違えば会える事なんて本当に稀だ。ましてや今は戦時で、予備役も召集されて肥大化しているし。
だから、今日私が母に会えたのは本当に運が良かったのだ。いや、果たして運だけだろうか?それとも戦死した父が合わせてくれたとか?
それは、神々の世界を垣間見た私には偶然の一言ではとても片付けられない出来事だった。
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