第68話 野村大尉はこう言った
その後、私は報告書を提出し、隊のみんなと夕食を摂って、入浴してから眠りに就いた。
そしてここは野村大尉の喫茶店。昭和レトロな店内は、いつもの一番奥の席にランプが灯っている。私がその席に座ると、帝国海軍の飛行服に白いマフラー姿の野村大尉が現れた。いつもと少し雰囲気が違うのは、更に白いエプロンを付けている事だろうか。
「大尉、今日はどうしたんですか?」
「ああ、たまにはお前さんを労ってやろうと思ってな。」
野村大尉はおそらく、そう言った通り私を労わるために白いエプロンしているのだろうけど、何かご馳走してくれるのかな?
と、野村大尉はお盆でコーヒーを運んできて、私が座るテーブル席へ置いた。白いコーヒーカップには漆黒のコーヒーが湯気と共に芳醇な香りを立てている。
「今日はグァテマラだ。靖国飛行士倶楽部のコーヒー通から教わった。」
「とてもいい香りです。有難う御座います。」
私が野村大尉が入れてくれたコーヒーを一口啜ると、口から鼻にグァテマラの甘い香りが抜けて行った。とてもコクがある味わいだ。
「とてもおいしいです。」
私は一度カップを卓上のソーサーに戻した。
「そいつは良かった。習った甲斐があったってもんだ。」
野村大尉は彫りの深い顔を満足そうに綻ばせて何度も頷いた。
「で、どうたったい?初めての戦場は?」
やはり、野村大尉は今日の出撃について尋ねてきた。ここでは下手な隠し事は出来ないので、全て正直に話す。
「正直、少し怖かったです。友軍があんなにやられていて。戦闘は終わっていたとはいえ、多くの同胞が戦死していて。それに自分の存在がひどく無力で小さく思えて。」
「そうだな。俺も昔は会敵した味方の応援に向かい、結局間に合わなかった事がある。海上に浮かぶ友軍機の破片や油や、ましてや仲間の戦死体を見るにつけ、無力感に苛まれたもんさ。」
野村大尉はそう言うと、徐に私の向かいの席に座り、自分のコーヒーを一口飲んだ。そして、やや間があってから話が続いた。
「いろんな事を考えたよ。間に合ったなら自分ならどうにか出来たんじゃないか、皆を救えたんじゃないか、とかな。」
そう言う野村大尉は辛そうな表情だ。生前のそうした苦い経験を思い出し、絞り出すように私に語ってくれている。
「一人の人間の出来る事なんてたかが知れたもんさ。後になってからああしたら良かった、こうしたらどうだったなどと言うのは簡単だが、せいぜいが教訓として生かせるのが関の山だ。自分が今出来る事を精一杯やる、それが人の限界であると同時に人の可能性でもある。」
「人の限界であり、可能性でもあるってどういう意味なんですか?相反するように思えるのですけど。」
私は野村大尉が言った事の意味について率直に聞いてみた。だって、適当に解釈しちゃいけないと思ったから。
「それはな、人は決して一人じゃないって事だ。」
それはまた一体どういう意味なんだろう?自分なりの解釈をに聞いてもらおう。
「それは、一人の力は限られるけど、一生懸命に、命がけで、精一杯に頑張ってやった事なら、周りが助けてくれる。もし自分では駄目だったとしても、後に続く誰かが引き継いでくれて思いは受け継がれる。例え名も無く散っても事は成る、そういう事でしょうか?」
「そうだ。今宵のお前さんは冴に冴えているな。100点満点だ。」
輸送船団を守って全滅した護衛艦隊の皆も、そしてスペースコロニーを守って戦死した私の父も、地球をアムロイの侵略から守るという思いを残してこの世を去った。しかし、彼等の意思を受け継ぐ者は私も含めて無数にいるんだ。
私もいつまでも落ち込んでいる場合じゃないし、やれる事をやらなくちゃ。
「大尉、有難う御座いました。なんか元気が出てきました。」
「うむ、そいつはなによりだ。」
野村大尉はとても優しい笑顔で頷いていた。
野村: 俺も漸く神様らしい事が出来るようになったな。何かそれっぽくていい事も言えたし、咲耶が勝手にいい解釈してたしな。今日は俺も100点満点だ。
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