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第31話 山岳訓練⑥

その後はいろいろと大変だった。夜が明け、霧が晴れて視界が良くなった事から小隊は再集合し、羆に襲われた5班の捜索に当たった。幸いな事に5時の班員は松本候補生以外は皆無事であった。彼等は濃霧の中から突然現れた羆にパニックになって四方八方に逃げ出したそうで、結果的にそれが功を奏したという事のようだった。


やがて天候が回復すると、小隊長からの連絡によって救助の垂直離着陸機が飛来し、負傷した松本候補生を収容して引き揚げ行った。


この様なアクシデントがあり、私はてっきりこのまま訓練は中止されるものだと思ったけど、何とそのまま再開された。残った5班の班員達も心身の衰弱が顕著だったけど、装備品なども分担して運び、小隊員皆んなか支え合い、結果として予定より約5時間後に終着地点に到着した。


後で知った事だけど、この訓練の計画は訓練中に起きるであろう様々な事故を想定し、時間的にも随分と余裕とゆとりを持たせて計画されていたそうだ。困難の中でも互いに支え合って訓練をやり通し、士官候補生に自信を持たせるという事も隠された目的の一つなのだとか?


所変わって、ここは野村大尉の喫茶店。席に着いた私に、今日はコーヒーにカステラが付いている。この度はご苦労さんって感じなのかな?


野村大尉はコーヒーを啜り、カステラを摘んでいる。私もご相伴にあずかり、カステラをフォークで一口サイズに切って口に入れた。上品な甘さで、底のザラメの食感がたまらない。


「なんだか散々だったようだな。」

「本当に死ぬかと思いましたよ。それに父の敵討ちをする前に同じ日本人や北海道の羆と戦わなきゃならないなんて、なかなか思うようには行きませんね。」

「まあ、人生なんてそんなもんさ。」


何げない一言だけど、戦争で自分の人生を生きられなかった野村大尉の言葉が心に響く。


「でも、まさか自分の人生の中でナイフ一本で羆に立ち向かう事になるとは思ってもいませんでしたね。まあ、ひとみの神さまのお陰で助かりましたけど。」


私がそう言うと、野村大尉はテーブルの向こうでチッチッチッと口を鳴らし、右の人差し指を立てて左右に振ってみせた。


「そいつは違うな。確かにお前さんをあの羆から助けたのはひとみちゃんの神さんだ。だけどな、それはひとみちゃんのお前さんや仲間達を助けたいという一念が神をしてお前さん達を助けしめたという事だ。お前さん、いい仲間を持ったな。」

「…はい。最高の仲間達です。」


ひとみの思いが私達を助けてくれた。本当に、本当に大切な仲間だ。


「しかし、それはお前さんも同じだろう?違うかい?」

「?」


確かに私もあの時、ひとみを逃すため、仲間を守るため死ぬ覚悟だったけど。


「お前さんもまた死ぬ覚悟だった。俺は知っているよ。しかし、そもそもお前さんは父上の敵討ちが目的だったはずだ。その目的を果たせなくなっても、自分が死んでも仲間を守る事を選んだんだ。その思い、その覚悟は俺にも、ひとみちゃんの神さんにも十分通じていたよ。」


野村大尉が言ってくれた言葉に、私はただただ目頭が熱くなってしまった。


「恨みや憎しみ、復讐心だけでは何も生まれやしないもんだ。人を思うその真心が神をも動かすという事さ。わかったかい?」

「はい、わかりました。有難う御座います。」


野村大尉の言葉は私の心に響いた。でも、ちょっとおみくじの文言みたいと思ったのはここだけの話。



野村『敵討ちばかりに捕らわれていたあの娘の心も、これで少し余裕が出来た事だろう。そう考えるとあのクマさんもなかなかいい仕事をしてくれたもんだな。まあ、俺もいざとなったら助けに入るつもりだったが、すっかり先を越されて美味しいところは全部持って行かれちまったな。』

お読み下さいまして、誠に有難う御座います。

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