第23話 英霊①
私はどういう訳か今、白い空間にいる。そこは少し薄暗くて濃い霧が立ち込めていて、ちょっとの先も見えないくらい。でも不思議と怖さも不安も無く、足元も覚束ないけど前へと進んで行けている。
そうして歩いていると、すっと目の前だけ霧が晴れて木製のドアが現れた。現れたのか、元からそこに有って霧で見えなかっただけだったのか微妙なところだけど。
ドアを見るとそこには猫の絵が、ある訳無く、特に文字も絵も描かれていない。
私はこの展開にどうしようかと思案した。
(まあ、開けて入って来いって事だよね、多分)
この不思議な空間で、このまま考えていてもしょうがない。私は思い切ってドアノブに手をかけ、そのドアを開いた。
"カランコロンカラン"
え?そこは"チリンチリン"じゃないの?
多少ズッコケたものの、開いたドアの向こうは遠く離れた別の空間でもなく、洋食屋でもなかった。敢えて言うと喫茶店?だろうか。
その店内は押さえた照明で薄暗く、窓は綺麗なステンドグラス。マホガニーのカウンターテーブルにはコーヒーサイフォン、壁際にそってテーブル席が3つあり、暖炉には薪が炎で爆ぜている。本棚には何冊かの分厚い皮の装丁の本と古いラジオ。暖炉脇のサイドテーブルでは蓄音器がシャンソンを奏でている。
真ん中のテーブル席だけランプが灯り、如何にもここに座れ、といった感じ。私がそのランプが灯るテーブル席に座ると、背後に何かの気配を感じた。その気配はカツカツと足音を立てて歩き、私の肩をポンと叩くと私の向かいの席に座ったのだ。
私の向かいに座っているのは若い男性で、坊主頭に彫りが深く渋い顔。そして大昔の飛行服と首に巻いた白いマフラー。つい最近に見たような、会ったような?
「ええと、野村悠里大尉、ですよね?」
その男性はニカッと破顔すると、右手で私の頭を撫で回した。
「おお、よくわかったな。偉いぞ。」
う〜ん、そんな子供扱いはやめてほしいような、満更でも無いような。
「さて、お互い直に会うのは初めてだな。」
「はい、そうですね。」
「俺の事は壁の釣書読んで知っているようだが、改めて自己紹介しよう。俺は野村悠里命という。元は大日本帝国海軍の少尉で、艦爆に乗っていた操縦士だ。まあ、今じゃ戦死して二階級特進、靖国で英霊なんぞになっている。」
やっぱり英霊なんだ。私は起立し、気をつけの姿勢で自己紹介する。だって相手は大尉で、英霊という神様だからね。
「地球連邦軍横須賀士官学校士官候補生、朝倉咲耶です。」
野村大尉は私の自己紹介を受けて渋い笑顔で頷くと、私に席に着くよう促した。
「まあ、立ち話もなんだ、せっかくこんな店を作ったんだ。遠慮なく座ってくれ。」
私は失礼しますと言って再び席に座る。
「この喫茶店は大尉が作ったのですか?」
「ああ。お前さんに会う為にな。まあ、神様にもなるとこれくらいの芸当は出来る訳だ。最近じゃあ宇宙人との戦争がおっぱじまって靖国神社も参拝者が増えてな、尚更力がある。因みに、この店は俺が生前よく通っていた銀座の喫茶店がモデルになっている。」
そう言って野村大尉はどうだと言わんばかりの顔をする。
銀座の行きつけの喫茶店って、目当ての女中さんでも居たんでしょうか。しかし、私はここでふと気になった事を質問してみた。
「ところで、私は神様が作った空間で神様と向かい合って座っている訳ですが、私は死んでしまったのでしょうか?」
「安心しろ、お前さんは死んじゃいないし、生死の境を彷徨っているわけでも無い。俺がお前さんに話があって、ぐーすか眠っているお前さんの魂だけをこの空間に呼んだだけだ。」
「あぁ良かった。私、志を果たせないまま死んじゃって、異世界に転生するのかと思ってしまいました。」
「言っている意味がよくわからないが、それは違うし、寝ている身体も守りが付いているから安心しろ。」
野村大尉は少し困惑気味だった。
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