第22話 参拝
夏季休暇は横浜の祖父母宅で妹とまったり過ごさせてもらった。何かをしようにも暑いし、旅行するにも士官学校に旅行届を提出しなければならず、そして、何よりレポートの提出があったのだ。
レポートの内容は特に難しいものではなく、何かしら洋の東西を問わず戦史に関するものを、レポート用紙にして10枚程度の字数で提出するものだった。何にも無く休ませてはくれないなぁ、と少々げんなりとなったのは言うまでもない。
妹の場合、少年下士官学校が文部科学省の定めるところの高等学校を兼ねているため、私よりも夏季休暇中の"宿題"は遥かに多く、文句ばかり言っている。まあ、あれに較べればマシかなと思う事にした。
さて、レポートは何を書こうか。こういう時、ミリオタのエリカがいれば便利なんだけどなぁ、などと思っていたけど、折しも8月15日という事もあって靖国神社に参拝に行き、合わせて遊就館で何かレポートのヒントを得ようと思いついた。
それに、考えてみれば戦死した父も靖国神社に英霊としてお祀りされているのだ。
東京ならば旅行届は必要無い。妹を誘ったら宿題が多過ぎるからとパスされたので、私は一人で靖国神社へ参拝に出かけた。
士官候補生は外出の際に制服の着用が義務づけられている。そのため私は純白の第1種軍服を着用し、地下鉄九段下駅から地上に出て靖国神社の巨大な大鳥居の前に至った。
コロニー育ちとは言え、私も日本人。ちゃんと参拝の作法は心得てます。鳥居を前に一礼し、参道の端を歩いて鳥居をくぐった。
少し歩いて大村益次郎像の前で立ち止まり、素早く挙手の敬礼をして更に参道を進む。
手水舎で手を洗い、口を嗽ぎ、拝殿の前で帽子を取る。賽銭箱に硬貨を入れて(23世紀でも小銭は流通してます)、二礼二拍手して手を合わせて祈る。
(お父さん。お父さんが戦死していろいろ有ったけど、周りの助けもあって士官学校でも何とか無事にやってます。お父さんの敵討ちが出来るように、これからも努力して頑張るからね。)
そして最後に一礼し、参道を戻って遊就館に向った。
遊就館では軍人は入館料が無料になるので、私は学生証を掲示して館内に入る。館内は参拝ついでに寄ったであろう見学者達が列を成していた。初めて見る実物の零戦や彗星。そして桜花に回天。23世紀に生きる私から見たら、昔の日本はこのような兵器で戦っていたのかと思うと、先人達の苦労と苦闘が偲ばれた。
順路に沿って明治維新からの展示物を見ていくと、大東亜戦争のコーナーに至った。壁に掲示されているまだ若い英霊達の白黒写真。一人一人を目で追っていると、ふと一枚の写真に目が止まった。そこに写った軍人さんは、色彩は白黒でわからないけど、飛行服姿で首には白いマフラーを巻いていて、愛機(多分)の前で腕を組んで立っている。
坊主頭の少し彫りの深い顔立ち。何が楽しいのか、ニカッと笑っている。
(うわぁ、この人渋くてカッコいい。このニカッとした笑いも、少しはにかんでいるみたいで、よく見ると可愛い)
(きっとモテたんだろうなぁ、芸者さんとかに。きっとそうだよ)
(お名前はと、野村悠里命。昭和19年3月29日に沖縄本島沖にて米護衛空母ヒッカムベイに体当たりし、これを撃沈させ戦死。海軍少尉、戦死により大尉に昇進。凄い人だなぁ)
などと一人で物思いに耽っていると、不意に後ろから右肩をポンと叩かれた。私は驚いてビクッとなり、誰か後ろにいるのかと振り向くも、そこには誰もいなかった。展示コーナーには他にも見学者がいるものの、皆展示物に向いているので、私の肩を叩けるような位置には誰もいなかった、はず。
(何だろう、気のせいかな?)
何か今ひとつ腑に落ちなかったけど、気のせいと思って次のコーナーへ進んだ。
その後は記録映画を観たり、売店でお土産などを買ってから遊就館を後にした。因みに、レポートのヒント探しについてはすっかり忘れていた。
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