第21話 再会、妹よ
妹の七海とは、例によって横浜駅で待ち合わせた。士官学校は夏季休暇が2週間に短縮されたけど、妹が在学している少年下士官学校は、高等学校の学習課程も含まれているため、夏季休暇の短縮は無く、丸々1ヶ月の休みとなっている。
妹は私よりも先に夏季休暇に入り、先に横浜の祖父母宅に泊まっていたので、私を迎えに来てくれているのだ。改札の向こうでブラウンの膝上丈のキュロットに白いノースリーブのブラウスを着たショートヘアの妹が、私に気づいて大きく右腕を振っている。
「お姉ちゃん!」
4ヶ月振りに会った妹は、少し痩せて、年相応なあどけなさはあるものの、やや精悍な顔つきになっている。私は改札を抜けると妹の元に駆け寄り、荷物も放り投げて抱きついた。
「なな〜、久しぶり。会いたかったよ〜」
「恥ずかしいよ、お姉ちゃん。」
私は嫌がる妹を更に力を込めて抱きしめ、髪に頬ずりしる。
「(くんかくんか)はあ〜、久々の七海臭がする〜、落ち着く〜」
「やめてってば、本当に!」
その後すぐに、私は妹に無防備な横っ腹をつねられた。
「酷い!」
「煩い!」
所変わって、ここは、横浜は馬車道にある喫茶店「ルフトヴァッフェ」。店内は濃い色調の木材調建材を用いた床、壁。それに色調を合わせたテーブルに革張りのソファーなど、とても重厚感がある。そして特徴的なのは、店内の壁にさり気なく飾られた古今東西の軍用機の写真だ。ドイツ軍機が多い。
ベルの付いたドアを開け、店内に入った私と妹が、革張りのソファーに腰を降ろす。すると、渋くがっちりした初老のドイツ人マスターが、挨拶がてら注文を取りに来てくれた。
「いらっしゃい、フロイライン。ご注文はお決まりですかな?」
この喫茶店「ルフトヴァッフェ」は、地球連邦軍の将校であったドイツ人のケンプさんが退役後に開いた喫茶店だ。大先輩のお店だけあって、候補生達の気持ちを理解してくれる厳つくも寡黙なマスターの口は固く、日々の様々な愚痴やら教官助教の悪口やらを気兼ねなく仲間内で話せる、横須賀士官学校の候補生達にとり非常に居心地のいい店となっているのだ。
私は入校当時に先輩からこの喫茶店について教えてもらっていて、もう既に班の仲間と休日に何度か訪れていたりする。
妹はカフェというより "喫茶店" と呼ぶのが相応しいこの店の雰囲気に、最初は戸惑い落ち着かない様子だったけど、注文したナポリタンとビーフシチューを食べ(私はミックスサンドと若鶏のフリカッセ)、食後のカフェオレを口にする頃にはすっかり寛いでいた。
「マスターはドイツ人なのに、純喫茶なんだね、不思議。」
「ケンプさんは横浜生まれの横浜育ちだからね。」
4ヶ月振りに会った私達は、この4ヶ月間にあったそれぞれの出来事を話し、私が木村との決闘騒動を話すと、妹は随分と引いていた。
「相変わらずのトラブル体質だね。同じ班の人にはちゃんとお詫びした?」
「したよ。当たり前でしょ!」
妹が私の話を聞いて変な説教モードに入ったので、私はさり気なく違う話題を振った。
「それよりも、ななは卒業後の進路はどうするの?」
「うん、まだ決めるのは早いけど、機甲科にしようかと思ってる。」
機甲科、まさかの戦車乗りとは。私は妹が戦車のキューポラから上半身を出して「パンツァー、フォー!」とか言っている姿を想像し、う〜んと内心唸った。
「だって、直接アムロイと戦うのって陸戦隊でしょ?それに早く前線に出られそうだし。」
妹は怪訝そうな私の様子に、そう動機を説明する。
「そうなんだ。そういう考え方もあるよね。実際に火星じゃ戦闘が続いているしね。」
「うん、そう。で、お姉ちゃんは?」
「私は戦闘機のパイロットになろうと思ってる。」
「お母さんみたいに?」
「お母さんを意識しない訳じゃないんだけど、考え方はななと同じかな。直接アムロイと戦えて、早く前線に出られるからね。」
母は少年下士官学校からの叩き上げのパイロットだ。宇宙空母赤城に配属された際、航海長だった父と出会って一目惚れし、執拗な攻撃を繰り返して遂に父を撃墜したのだという。母は結婚後に予備役となってからも、地球連邦軍の息のかかった民間軍事会社でパイロットをしていた。
妹にはああ言ったものの、女性である自分がどのような軍人となるか、兵科として何を選択するかという事を考えた場合、まず思い浮かぶのはやはり母の姿だった。軍服やパイロットスーツ姿の母は写真で何度も見ているし、実際に母の職場を訪れた際に見た事もあった。
いつまでも綺麗で、スマートで、若々しく、颯爽としていた母は、本人に言った事は無いけど、私の憧れの存在である。
だから、私はパイロットになって、出来れば空母赤城の戦闘隊に配属され、前線でアムロイと戦って父の敵討ちをしたい、とそう思っている。
「さて、そろそろ行こっか?」
食後のコーヒーも飲み終えたので、私は妹に帰宅を促した。この後は祖父母宅に泊めてもらう事になっている。あまり遅くなっても申し訳ない。
「そうだね。じゃあ、ご馳走さまって事で。」
妹はそう言うと、注文票をスッと人差し指で私の方へ押し出した。まあ、私が姉であり、士官候補生としてお給料も頂いているので、ここはお姉ちゃんが払いましょう。
私がレジに行くと、そこにはウェイトレスではなく、店主であるケンプさんがいた。
「どうもご馳走さまでした。」
「毎度有難う御座います。ところで、先程少し聞こえてしまいましたが、フロイラインはパイロット希望で?」
「ああ、聞こえましたか?済みません、うるさくしちゃって。」
「いいえ。いや、私も随分昔の話ですか、操縦桿を握っていた事があるので、いささかお力添え出来ると思います。何か有りましたらご相談ください。」
「本当ですか?有難うございます!」
私達は店を出ると、近くのタクシー乗り場まで歩いた。午後の陽射しを浴びた街路樹から蝉の鳴き声が聞こえる。
「エンジンの音〜、ゴオゴオおおと〜、隼は行くぅ、雲ぉのぉ果てぇ〜♪」
「なんかご機嫌だね?」
私が歌う「加藤隼戦闘隊」を聞いた妹が、いささか呆れたように尋ねた。そりゃあ、だって、かつての名パイロットであるカール・フリードリヒ・ケンプ退役大佐が、私がパイロットになる事を応援してくれるというのだから、嬉しくて歌の一つも出てくるよ。
私はこの日を境に、本格的に戦闘機パイロットを目指す事にした。
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