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第169話 さようなら、野村大尉

気が付けば私は喫茶店のベンチシートに座っていた。外は夜なのか昼なのか、窓のカーテンは閉ざされ、店内は天井の小さなシャンデリアの明かりとテーブル席に灯るランプの明かりだけでいい感じに薄暗い。


大きな壁掛け時計に、奥の煉瓦造りの暖炉の横には時代物の蓄音器が置かれている。


ここが何処かと言えば、毎度お馴染みの喫茶店。かつて中央区は銀座にあったという喫茶店をモデルに英霊の野村大尉は作った喫茶店だ。


店内の客席を見渡すも、マスターたる野村大尉の姿は見当たらない。一体何処へ行ったのだろうか?と更に座ったまま腰を浮かせてカウンターの奥を覗いてみても、


「お前さんが探してるのは俺の事か?」


「うわっ!」


いつの間にかテーブルの向かい席に野村大尉が座っていた。驚いて思わず変な声出た。


「くっくっくっ」


「もう!大尉、人が悪い」


悪戯大成功!という感じで可笑しそうに笑う野村大尉に、私は噛み付いて言った。


「はっはっは、悪い悪い。ちょっとしたサプライズって奴さ。それにしても今のお前さんの顔、傑作だったぜ?」


相変わらずやんちゃな英霊(ひと)だ。戦死して神様になっても、きっと生前の性格って変わらないんだな。


「さてと、お目覚め前の掴みはこれでいいかな」


「お目覚めって?」  


「お前さんは友軍に発見されて無事救出されたぞ。それから、お前さんの被弾した部下のお嬢ちゃん達は自力で生還したようだぜ?良かったな」


パティとエリカ、大丈夫だったんだ。良かった、本当に良かった。まだまだブラックチューリップは健在だね。


「そう、だからお前さんもそろそろ目を覚まさないとな。お前さんの戦友もお袋さんも妹も、みんなお前さんを待ってるんだぜ?」


「…はい、大尉」


そろそろ目を覚ませという大尉の言葉を理解しつつ、それでも私はまだこうして薄らぼんやりとしていたくもあった。


「お前さんとも短いようでいて、長い付き合いだったな。そろそろお別れだ」


「えっ⁉︎」


そうだ。野村大尉は私が父の敵討ちをするという意気に感じて下さった靖国英霊飛行士倶楽部の英霊達。野村大尉はその代表として私の助太刀をしてくれるため一緒にいてくれたのだ。


戦争が地球連邦軍の勝利で終わった今、私の、そして母と妹の敵討ちも果たされた。それぞれの立場で戦い抜いて果たした本懐、掴んだ勝利。地球連邦とアムロイとの戦争が終わり、私達朝倉家の戦争も終わったんだ。


「お前さんは良くやった。見事に父親の敵を討った。俺は助太刀としてお前さんを誇りに思う。こうしてお前さんが本懐を遂げた今、もう俺がお前さんといる意味はねえ」


野村大尉の言う通りだ。でも、この戦争が始まってから横須賀士官学校同期同班のみんなやコレスのパティと同様、野村大尉も一緒にいるのが当たり前のように感じていた。


時には揶揄ったりもするけど、失敗して落ち込む私を不器用に励ましてくれた野村大尉。戦いに際しては経験不足な私に的確なアドバイスをしてくれ、軍人とは、士官とは、そしてパイロットとは何かを教えてくれて私を導いてくれた。


「お別れ、なんですね」


嫌だ、なんて言えない。野村大尉は英霊で、私は現世に生きる者。文字通り住む世界が違うんだ。この戦争が起きなかったら、私はスペースコロニー育ちだから、きっと私達は出会う事は無かったに違いない。


この戦争によって結び付いた私達は、この戦争が終わればそれぞれの世界に戻らなければならないのだ。


「お前さんは無事救出され、今は病院でベッドの上にいる。いつ目覚めるかはお前さん次第だ。戦争が終わり、この先はどうするんだ?」


戦争が終わったら何をするか?正直言って何も考えてなかった。まずは目的である父の敵討ちをしなければならなかったし。軍人になったのはそのためで、別に職業軍人になって出世したい訳でもなかった。それに「この戦争がおわったら俺(私)〜するんだ」って死亡フラグだから、敢えて考えないようにしていたってのもあって。


「何も考えていませんでした」


「まあそうだろうよ。だがよ、戦争が終わったからといってすぐに娑婆に戻れるって訳でもねえ。これからの事もゆっくり考えてみな」


「…はい」


野村大尉が席を立つと、喫茶店のドアが独りでに開いた。


「さあ、そろそろ時間だ。なに、永遠の別れって訳でもねえ。機会があれば九段下に来てくれりゃあ、そこに俺は仲間と共にいる。お前さんの父親もな」


大尉と別れるのは仕方ない。でも、このままっていうのは嫌だ。


私も席から立ち上がると、野村大尉の横を小走りに抜けて開いたドアを背に大尉と向き合う。


「野村大尉、本当にお世話になりました。父の敵討ちが出来たのも大尉のおかげです。誠に有難う御座いました」


私は大尉にそう感謝の言葉を伝えると、一度深呼吸して再び大尉と向き合う。


「大尉には感謝してもしきれません。だから、せめてものお礼をさせて下さい」


「いや、別に礼が欲しくてしてきた「させて下さい!」」


きっと礼なんていらないと野村大尉は言うでしょう。実際言おうとしていたし。でも私はそうは言わせず、途中で大尉の言葉を遮った。


「大尉、目を瞑って下さい」


「ええ、何だってまた「いいから!」」


「おっ、おう」


野村大尉は不承不承といった感じで両眼を閉じた。私はそっと彼に近づき、少し背伸びをして両手で彼の頬を挟むと、その唇に自分の唇を合わせた。


その瞬間、彼の身体がピンと硬直するのがわかる。そして私の唇に彼の唇の感触と温もりが伝わる。


どれくらいの時間そうしていたのか、私達は唇を離し、私が彼の背中に両手を回して胸に顔を埋めると、彼は私を優しく抱きしめてくれた。


「大尉、私からのお礼を受け取ってくれて有難う御座います。私の初めてのキスですからね?」


「そんな大切なもんは好きな男のために取っとくもんだ。お前さんも馬鹿だなぁ」


「もう、馬鹿は大尉です。乙女心がわかってないですね!」


でも、その不器用なところがいいんだけどね。


私達は暫くそうして抱き合っていたけど、やがてどちらからともなく離れた。そして私はドアに向かって後ずさって店の外に出ると気を付けの姿勢を取り、野村大尉に最後の敬礼をした。


「地球連邦軍中尉朝倉咲耶、これにて原隊に復帰します」


「おう、元気でな、お前さん」


野村大尉はそう言うと、少し照れた優しい笑顔で答礼した。


喫茶店のドアが徐々に閉ざされてゆく。私は両目から流れる涙もそのままに叫んだ。


「絶対、九段下に会いに行きますから!」


「気長に待ってるぜ」


大尉の返事が終わると同時にドアは閉まり、そして大尉の喫茶店は白い霧の中に消えていった。


いつも『朝倉家の戦争』をお読み頂きまして、誠に有難う御座います。宜しければブクマ登録、評価、感想など宜しくお願いします。


それでは次話もお楽しみに!


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