北関東の戦い
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氏政がどう戦ったものかと思案しているとき、北関東では動きがあった。この方面を担当していた北条氏邦が北関東における攻勢を停止。必要最低限の軍を残し、残りを率いて碓氷峠へ向かっている。目的は、北陸方面軍の侵入を阻止することだ。平野部に侵入される前の、守りやすい場所で迎え撃とうというのである。
「ここを通してなるものか!」
氏邦や大道寺政繁が何重にも陣を敷いて待ち構えていた。進軍する北陸方面軍は当然、この動きをキャッチする。
「峠に陣取っているとなれば 多勢とはいえ一筋縄ではいいませんぞ」
本陣で報告を聞いた景勝は懸念を口にした。その相手は無論、この軍の総大将である浅井長政である。だが、長政は問題ない、とひと言。
「構いません。……押し通る」
落ち着き払った振る舞いをする長政だが、このときは景勝が背筋を震わせるほど獰猛な笑みを浮かべていた。
北陸方面軍は麓に到着すると、早速攻撃準備に取り掛かる。長政が強気なのは、近代化された自軍に自信があったからだ。他氏よりも先んじて北畠軍に倣った近代化を推し進めた浅井家。北畠軍からの指導も受けており、練度は彼らに次ぐものとなっていた。
さらに、これまでその実力を発揮する機会に恵まれなかった。そのリベンジができる、と燃えている。峠に向けて砲列が並び、その前面には歩兵が展開していた。
周到に準備を整えていたため時間がかかった。それを北条方は攻めあぐねている(躊躇している)と受け止めていた。いささか単純だったが、それだけ自信を持っていたのだ。
「はっはっは。見よ! 敵は臆して攻めてこぬぞ!」
「所詮は上方の似非武者。坂東武者には及ばんのだ!」
「古の右大将(源頼朝)のように、このまま西へ攻め上ってくれるわ!」
がはは、と笑う氏邦。しかし、そんな自信は容易く打ち砕かれることになる。
「放て〜ッ!」
一門が試射を行った。峠からやや外れたところに着弾。それを見た氏邦たちは笑う。
「ふん。敵も大したことないな」
「まったくです」
北条氏の武将たちは余裕を見せていた。だが、その後も断続的に試射が行われ、狙いが修正されていく。峠にも何発か着弾した。榴弾であり、多少の被害も出る。
「ふん。この程度、ものの数にもならんわ」
と相変わらずの強気だ。しかし、これはまだまだ序の口。本番はここからだった。浅井軍の砲兵陣地では、大砲の横に砲弾が山と積まれている。
「装填よし!」
「発射!」
浅井軍が効力射を開始する。途端に峠は地獄に変わった。峠に陣取っているということは攻め上ってくる敵に対して優位な位置を占められる代わりに、姿をばっちり晒しているということになる。砲列からはとても見やすく、狙い撃ちにされた。
近くにいれば人体が吹き飛び、離れていても破片で傷つく。戦陣とはいえ、四六時中甲冑をつけているわけではない。未だ中世的な北条軍はすべての兵士が防具を身につけているわけではなかったため、かなりの損害を出した。
「隠れろ!」
氏邦は慌てて兵士たちを退避させる。不幸な奴は巻き込まれたが、先程よりは目に見えて損害は減っていた。しかし、その様子は砲列に陣取る長政からよく見えている。
「歩兵を前進させろ!」
長政は次なる命令を下した。それに従い、麓に展開していた歩兵部隊が前進を開始する。
「殿! 敵が!」
「わかっている。持ち場に戻れ!」
慌てて持ち場に戻るよう指示する氏邦。ところが、兵士たちの動きは緩慢だった。それも当たり前で、未だに頭上から砲弾が降り注いでいるのに、そこへ行けというのだから躊躇うのも当然である。
まごまごしているうちに浅井軍の歩兵部隊が峠を駆け上がっていた。北条軍の抵抗は散発的で、浅井軍は多少の損害を受けつつも近接する。その段階で砲撃が止んだ。
「ちっ。第一陣は後退だ!」
氏邦は第一防御陣地を放棄し、第二陣地に兵を集めた。そこから鉄砲、弓矢、投石とありとあらゆる方法で浅井軍に対して抵抗する。
「撃て撃て! 火力で負けるな!」
北畠軍から全力の後援を受け、火力に関しては劣らないと思っている浅井軍。前線で指揮していた大谷紀之介が火力で負けるな、と吼える。北条軍が一撃てば、浅井軍が二撃ち返すという状態だった。
「よし、行くぞ!」
壮絶な射撃戦が起きているなか、浅井軍の一部が北条軍の陣地へ向けて走り出した。刀槍で戦う白兵戦部隊である。いかに火器が進歩しようとも、最後は白兵戦で戦の趨勢は決まるーーというのが北畠軍(具房)の持論だ。その血統を受け継ぐ浅井軍においても、白兵戦部隊は重視されていたし、尊敬を集めている。
当然、白兵戦部隊が敵陣地に踊り込むまでかなりの損害を出した。それでも敵陣地に飛び込むと圧倒する。農民兵と訓練された常備兵ではものが違う。
こんな調子で北条軍は後退を強いられ、その日の終わりには碓氷峠から叩き出された。諦められない氏邦は夜襲を仕掛けて奪還を試みたが、前線に出ていた上杉軍が奮戦する。
「浅井ばかりに名を上げさせるな! 我ら越後勢の強さを見せつけよ!」
日中、浅井軍の奮戦を目の当たりにした上杉軍は刺激を受け、当主・景勝以下の将士が奮起。川越夜戦の再現だと意気込んだ北条勢の意図を打ち砕いた。
「おのれ浅井、上杉!」
呪詛を吐きながら、近隣の城へ撤退する。氏邦は居城である鉢形城に、政繁は松井田城にそれぞれ手勢を引き連れて入城。守りを固めた。
これに対して、北陸方面軍は甲斐から侵攻する具房本隊との合流を目指す部隊と、北関東の北条勢力を排除する部隊とに分かれた。前者は上杉景勝、後者は浅井長政が率いる。
上杉軍は松井田城を包囲。これに猛攻を加える。政繁はよくこれを防ぎ、上杉軍に多大な損害を与えた。それでも上杉軍は着実に曲輪を攻略していき、政繁を開城に追い込む。
「相国(具房)と合流するのだ」
松井田城を攻略後、景勝は武蔵国に侵入。周辺の諸城を占領しつつ、南下していった。
他方、長政率いる北関東救援軍は氏邦が籠もる鉢形城を包囲。氏邦も徹底抗戦を見せたが、砲撃により曲輪を破壊されて丸裸にされたため降伏している。
上野国の諸城を攻略した後、下野国へと乱入。同時に常陸国の佐竹氏が軍を出して下野へと出兵。北条勢は挟撃される格好になった。長政は北関東諸侯の軍を取り込みながら北条方の城を落としていく。
「この分だと、東北の兵が来る前に終わるな」
顕康が南下してくるという情報は得ていたが、来援の前に片がつきそうだと長政。実際、彼らの到着を待たずして北関東は平定された。戦闘らしい戦闘は上野のみで、以後は消化試合のようなものだった。
「北条勢は上野での敗報を聞くや、小田原へと撤退していったようです」
とは佐竹義重、義宜父子の言である。
「これからいかがいたしますか?」
佐竹親子や北関東諸侯は今後の方針を訊ねた。長政は具房に照会する、と回答。使者が具房の許へ飛んだ。
「浅井殿は素晴らしい働きをしているな」
具房は満足気に頷き、東北軍と合流するまで軍を休ませること。その後は北関東諸侯と東北軍は小田原へ。浅井軍は単独で下総方面の攻略にあたるよう指示を出した。
その軍令に従い、浅井軍は下総国へと侵攻する。軍の主力が小田原へ引き抜かれているため諸城はろくな抵抗ができず降伏していく。長政はこれが軍功になるのは申し訳ないと思いつつ、ひと月ほどで攻略を終えた。




