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北畠生存戦略  作者: 親交の日
第九章
111/226

家族サービス

 



 ーーーーーー




 今年は珍しく戦の少ない平穏な日々だった。おかげで具房も基本的に伊勢に留まり、内政に勤しむことができている。


(やっぱり戦場にいるより、内政をしていた方が楽しいな)


 色々な困難に直面するが、それを一丸となって克服したときの快感が凄まじい。戦場に出れば家族と離れ離れになる上、食事の質も落ちる。何より、人の死を目の当たりにするのが辛い。吐いたりはしないが、気分のいいものではなかった。


 可哀想なのは家臣たちだ。具房はどうせまた忙しくなるのだから、と様々な改革を推進している。特に負担がかかっているのが工業。鉄甲船の建造と火炎瓶、ナパーム弾の開発をはじめ、足踏みミシンや迫撃砲の改良などの腹案を一気に開示。同時並行で進めさせている。おかげで職人や技術者は目の回るような忙しさを感じていた。


 だが、具房は政治にばかり注力しているわけではない。家族サービスにも余念がなかった。特に重視したのは、接点の少ない子どもたちとの交流である。


 娘たちはのんびり楽しめる釣りを選択した。パラソルを立てて日陰を作り、その下で糸を垂らす。


「父上。釣れました」


「おお、キスか。いいな。今夜は天ぷらにしてもらおう。美味いぞ」


「はい!」


「父上。私はこれが」


「カレイか。大きいな。よし、煮つけにしよう」


「母上は喜んでくれますか?」


「もちろんだ」


 光の問いに具房は頷く。子どもからの贈り物に喜ばない親がいるだろうか? もちろんいるわけない。


 初がキスを、光がカレイを釣り上げる。その横では、茶々がぐぬぬと対抗意識を燃やしていた。


「『姉』として負けられないわ!」


 茶々は妹たちが魚を釣ったのを見て、姉としての威厳を保つべく絶対に釣ってやる! と息巻く。史実では天下人の寵姫となり、女性ながらアクターにまでなった茶々。さすがというべきか、壮絶なプレッシャーを放っている。


 しかし、そんな状態では魚も釣れない。魚も生きるのに必死だ。だから針にかかっても抵抗し、最後まで足掻き続ける。釣る気満々ならば、容易に勘づかれ敬遠されるだろう。実際、茶々の竿はピクリとも動かない。その横では、


「あっ、ベラです!」


「鯛だ!」


 と、他の姉妹たちが次々と釣果を挙げている。それを見て焦るも釣れず、焦りを生む。さすがに見ていられないので、具房は助け船を出した。


「茶々」


「何ですか父うーーひぇっ!?」


 父上、と言いかけた茶々の脇をくすぐる。「え」の発音が「ひぇっ」になった。


(「ひぇっ」て……)


 具房は娘の可愛らしい一面を見て微笑ましい気持ちになる。そんな彼に、茶々から抗議の目が向けられた。


「い、いきなり何をされるのですか、父上!?」


 悪戯をされた猫のように具房を睨む。逆立つ毛が見えた気がするが、気のせいだろう。


「すまん、茶々。そう怒るな」


「父上がちゃんと説明してくださったら許します」


 ははっ、と乾いた笑いが出る。こういう強情なところは母親(お市)そっくりだ。ぷりぷりと怒る茶々だが、具房は変わらず笑みを浮かべていた。


「そんな風に海面を怖い顔をして見ていたら、魚も逃げてしまうぞ」


「まあ。女子に『怖い顔』なんて! 父上、それはどうなのですか?」


 現代風に言うならば、デリカシーがないといったところか。パパ嫌い! と言われてもおかしくない。そこで大人の常套手段、誤魔化しを発動する。


「硬いことを言うな。うりうり」


 具房は茶々にくすぐり攻撃。


「ひゃん! ダメ、父上……竿、落としちゃうっ!」


 身悶えつつ、竿を落とすまいと必死に堪える茶々。竿をキュッと握り、足をガクガクさせている。今にも倒れてくすぐりから逃れたいが、そうすると竿を落としてしまうかもしれない。だからひたすら耐える。


「はあ、はあ……」


 息を切らしている茶々。具房は彼女の限界ギリギリで止めた。娘ゆえに限界も知っている。非難するような目を向けてくるが、具房はスルーした。


「どうだ? 肩の力は抜けたか?」


「肩の力だけじゃなくて、全身の力が抜けました」


「上手い返しだな」


「皮肉です!」


 うがーっ! と茶々が吼える。だが、具房は笑うばかりだ。


「ほら、今なら釣れるぞ。糸を垂らすといい」


 とは言いつつ、具房が後ろに回ってフォローする。茶々はあれこれ文句を言いつつ、それを受け入れた。すると、


「あっ!」


 チョン、チョンと竿先が揺れる。つい力が籠もる茶々だったが、具房が抑える。


「まだだぞ」


「わかってます」


 そう答えるが、内心は反射的に引きそうになっていたのを止めてくれて感謝していた。


 しばらく待っていると、竿のしなりが突如として大きくなる。


「きたな。茶々」


「はい!」


 具房に促され、ファイトが始まる。茶々は大物かもとはしゃいでいるが、感触的にアジやサバだろう、と具房は見当をつけていた。どちらも魚体が小さくとも、それなりの引きが感じられて楽しめる魚だ。具房個人としては、食った瞬間に勢いよく走るサバの方が好きだ。


 それはともかくとして、具房の予測は当たっていたらしい。茶々は具房の助けなしに釣り上げていく。強い引きに困惑しているようだが、すぐに大人しくなるだろう。まあ、魚とのファイトも釣りの醍醐味である。


「お姉様、頑張って!」


「もう少しだよ!」


 横にいる初たちも応援する。茶々は任せなさい、と不敵に笑う。このまま無事に釣り上げられるーーそう思ったとき、予想外の事態が起きた。竿のしなりがいきなり大きくなったのだ。


「っ! 茶々!」


 慌ててフォローに入る具房。竿からは猛烈な引きが伝わってきた。アジやサバなどの小型の魚ではありえない力で引いてくる。具房もかなり本気を出していた。


「父上……」


 不安そうな目で見てくる茶々。具房は安心するように言う。


「凄い大物だな。大丈夫。釣れる。一緒に大物を仕留めよう」


「はい!」


 その言葉で奮い立った茶々は、しっかり視線を定める。彼女の瞳から不安などの邪念は既に消えていた。


 そこから長い戦いが始まった。縦横無尽に暴れ回る魚を上手く御し、疲れさせる。無理に揚げようとすると、糸が切れてしまいかねない。現代の釣り道具のように丈夫ではないのだ。そのことは、最初に釣りをしたときに身を以て知った。だからこそ、慎重に立ち回る。


 格闘すること二十分。魚の勢いがかなり弱くなってきた。なかなかしぶとい奴め、と思いつつ、ここが年貢の納め時だと具房は小さな笑みを浮かべる。


「そろそろ取り込むか」


 茶々も頷く。微かな抵抗を感じつつ、魚を順調に引き寄せる。弱っているらしく、茶々だけでも十分だった。具房はもう大丈夫だと手を離し、たも網を持って待機する。


 やがて魚影が見えてきた。大きい。まだ抵抗して泳いでいるが、逆らえずに岸へ近づいている。


「そのままだ、茶々」


 茶々が逸らないよう声をかける。大丈夫だとは思うが、万が一にもバラさないためだ。具房はたも網を海に入れる。そして射程に入った瞬間、掬い上げた。何倍にも重くなる網。それを父の威厳を以って持ち上げた。


「よいしょっ!」


 ーービチビチ!


 元気よく跳ねているのは、推定四十センチほどの青魚。青い背中に黄色いラインが随所に入った特徴的な魚体だ。


「ハマチじゃないか。凄いぞ、茶々」


「お見事です、姫様」


「姉上、さすがですね」


 と、具房をはじめ家臣や姉妹たちから惜しみない称賛を受ける。だが、茶々は魚と格闘した疲労感と、大物を釣り上げた感動で呆然としていた。そして、


「……これ、私が釣ったの?」


 ようやく喋った言葉はそれだった。具房はそうだぞ、と強く肯定する。その言葉で、やっと実感が得られたらしい。


「よかった」


 とだけ言って脱力する茶々。具房は慌てて彼女を支えた。


「「「姫様!?」」」


「「姉上!?」」


 突然のことに周りが慌てる。だが、具房がすぐに抑えた。


「大物と格闘して疲れたのだろう。休ませてあげてくれ」


「わかりました」


 茶々の世話をしている侍女に身柄を預ける。具房も少し疲れたので休むことにした。釣りを続けるという子どもたちには、熱中症にならないよう水分補給をするように言う。念のため、家臣たちにも言い含めておいた。


(年かな?)


 木陰に移動して腰を下ろした具房は苦笑する。最近、疲れを感じやすくなっている気がしていた。仕事が本当に忙しいと徹夜することもあり、それはできる。だが、疲れがとれにくくなっているのは事実。若いが、そこまで若くもないーーという、何とも微妙な年齢だった。もっとも、まだまだ元気にやっていくつもりだ。


「父上」


 休んでいる具房に声をかけてきた人物がいた。彼を『父上』と呼んだのは、長男の鶴松丸だ。


「どうした?」


「若竹丸が呼んでいたので」


「? 何かあったのか?」


「いえ……」


 そのとき、鶴松丸の表情がわずかに曇ったのが気になった。しかし、見間違いかもしれないと具房は言及しないでおく。


「わかった」


 とりあえず、呼ばれているならと具房は若竹丸のところへ行った。娘たちが釣りを楽しんでいる一方、息子たちは磯で遊んでいる。何か見つけたのかな? と具房は軽い気持ちで向かった。


(……ん?)


 その途上で、具房は視線に気づく。誰かに見られている、と。暗殺者などの類ではないことはすぐにわかった。バレバレだからだ。このレベルであれば、身辺警護に当たっている忍たちに排除されている。されていないということは、見逃しても害がない存在だということだ。


 加えて、磯の状況。鶴松丸は磯で若竹丸が待っていると言ったが、いざ現地に着くと誰もいない。


(後ろから驚かせるつもりか)


 子どもの悪戯だと切って捨てるのは簡単だが、それだとつまらない。ここは乗るのが大人の対応だ。ーーそう思っていたのだが、具房の予想は外れる。


「ちちうえ!」


「どうした若竹ーーうわっ!?」


 ーージジジッ!


 目の前をセミが飛んでいく。急なことで驚いたのと、セミが大嫌いなのとで、具房は腰を抜かした。ゴツゴツした磯に尻餅をつく。かなり痛い。


「やった!」


 若竹丸は悪戯が成功して大喜び。対する具房はど怒りだった。


「若竹丸!」


 他人が苦手なことをやるなどけしからん! と叱りつける。罰として一週間、遊びの時間をなくすというペナルティーを与えた。


 そして、協力者である鶴松丸にも三日間、勉強時間二倍と遊ぶ時間を半分にする、というペナルティーを課したのだった。







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