最終話
F.L.Yの緊急生配信で日本中が大騒動になった夜から日付が変わり、翌朝。その話題を新聞各紙、週刊誌各紙、各局ニュース番組がトップで大きく取り上げた。その報道で事態を聞いた人も多く、この日もSNSの話題をほぼ独占していた。
「昨夜の生配信がおおごとになってるwww」
「あれってドラマとかリアリティーショーじゃないの?」
「驚きの連続で何がなんだか理解できなかったけど、とにかくF.L.Yは大変なことをした」
「これ映画化できるやつじゃんw」
そしてそれに加えて、さらなる驚愕の一報が各局の情報番組などで報道された。
「アイドルグループ『F.L.Y』のリーダーの倉橋賢志さんが、メンバーの緑川煌さんへの傷害容疑で逮捕されました。倉橋さんは昨夜遅く世田谷署に出頭し、昨年十二月、緑川さんがテレビ局内で非常階段から転落した事故に関与した、という趣旨の供述をしているとのことです」
あのあと五人で事務所に顔を出したあと、賢志は自宅近くの警察署に出頭した。突き落としたことを自首すると聞いた煌は一瞬止めよう考えたが、それは彼のためにならないと、言おうとした言葉を全て飲み込んだ。
賢志は、煌を自分自身の手で傷付けたことを自死をもって償おうと考えるほどに深く後悔していた。なのにここで温情をかけてしまえば、賢志は償いの機会を失ったまま深い後悔を抱えて生きていくことになる。それは再び賢志を追い詰めることになる。純粋な悪意ではなかったが、罪は罪だ。真摯に罪を受け止めているのなら、自分もそれを認めてやる方が彼も頭を上げて生きやすいだろうと、意志を尊重した。
同時に賢志は、一連の事件に関与した責任を取るとして、グループを抜けた。それは、決着を着ける前から決めていたことだった。
賢志の報道もF.L.Yファンに大きな動揺を広めただけでなく、ファンではない一般人にも波紋が広まった。
「ガチの犯罪者が出たのヤバいだろ」
「賢志くん。嘘でしょ……」
「今日はもう仕事できない……」
「ねえ。F.L.Yどうなっちゃうの? 最悪のことしか考えられないよ」
ファンはF.L.Yの今後の活動への影響を危惧した。その予感は、翌日に公の場で告知された。
生配信の翌日。煌たち三人は緊急記者会見を開いた。濃紺色のスーツで揃えた三人は事務所が準備した会見場に現れ、集まった報道陣に挨拶をしてから、煌が代表してコメントした。
「この度は、自分たちの身勝手な行動により、世間の皆さまに多大なるご迷惑と混乱を招いてしまったことを、深く反省しております。そして今回の騒ぎで、関係各位の皆さまにも多大なご迷惑をおかけ致しましたことも、深くお詫び申し上げます。大変、申し訳ございませんでした」
腰を90度に折り、三人は頭を下げた。多くのカメラのシャッターが切られ、フラッシュがたかれる。
10秒ほどで再び頭を上げ、煌が再度コメントする。
「そして昨日報道されました、リーダー倉橋の逮捕の件に関しても、自分たちが全くの無関係とは考えておりません。ですので、今回の一連の事件・騒動はグループ全体の責任と考え、私たちアイドルグループF.L.Yは、今月いっぱいで解散します」
煌の唐突な宣言に、集まった報道陣たちは一気にざわついた。
東斗の事件の真相を暴こうと決意した時に、全てが終わったあとのことを四人は話し合っていた。恐らく自分たちの行動は、多くの人を巻き込むことになる。そして、多くの業界関係者に迷惑をかけ裏切ることになるかもしれない。もしも、自分たちの想像以上の出来事に発展した場合は、グループの存続を全ての責任と引き換えにしようと。それに一番抵抗したのは、賢志だった。吉田社長も結城マネージャーもそれは止めた。しかし。
「大丈夫です。俺たちはバラバラになっても、俺たちが生きている限り『F.L.Y』はずっと存在し続けます。俺たちがそれを望んでいるから」
煌はF.L.Yを捨てるつもりではなかった。グループの活動はなくなってしまうが、一度与えられた『F.L.Y』という名前は、もう一人の自分の象徴である。だから解散になってしまっても、象徴である自分たちがいる限り『F.L.Y』は消滅しないと。煌のその言葉を聞いて、社長も結城も心を動かされた。賢志も。
「皆さま。これまで応援して頂き、ありがとうございました!」
そう。この「F.L.Y解散」まで、彼らは心積もりしていたのだ。
その記者会見は午後の情報番組で生放送され、リアルタイムでネットニュースも更新された。
「F.L.Y解散するの!? やだ生きていけない!」
「活動再開してくれたの、めちゃくちゃ嬉しかったのに……」
「森島東斗の件しかり、こんだけ騒がせたんだから責任取って解散するのは当然」
「一昨日の生配信は解散前夜祭だったのかよ。派手過ぎるだろw」
突然の解散宣言にファンは喫驚して悲泣し、その他の傍観者は各々所感をSNSに投稿した。
各自の仕事への影響も予想通り出るはずだった。しかし前もって仕事のオファーを受けるのを控えていたおかげで、今回の影響は最小限に抑えることができた。最も影響が出る賢志がレギュラー出演していたバラエティー番組も、影響はほとんどなかった。決着前に彼が自らプロデューサーに掛け合い、「卒業」というかたちでやめていたからだ。
一方。貴美と仲元は薬の件で、F.L.Yの解散会見の翌日に警察から任意同行を求められた。各社報道陣も一大事件の情報収集に駆け回り、教団の実態にまで踏み込んでいった。
薬については、教団に協力した製薬会社上層部が事情聴取を受け、《Promotion》と《Sealed》を開発した事実を認めた。《Promotion》に関しては、違法薬物の売人を介して治験をしていたことや、厚生労働省の認可をスルーさせて自衛隊に流されていたことまで判明した。すると、《Promotion》開発の原因が政府側にあることが新たに明らかとなった。
その理由とは。教団が《Sealed》製造中に誤って真逆の効果のある薬が完成してしまったことがどこかから政府の耳に入り、自衛力を上げるためという理由で防衛省から増進効果のある薬を作るよう依頼があったのだ。教団は特性能力抹消薬開発を見逃すことを条件に、仕方なく特性能力増進薬を開発したのだった。
その事実が公にされると政府にも矛先が向けられ、その問題の矢面に防衛大臣の榎田が立たされ、教団との関与も含め糾弾された。そうして、国を巻き込んだ事態に発展していった。
なお、《Promotion》と《Sealed》を摂取した者は病院で検査することを義務付けられ、《Promotion》の副作用がある患者は無料で治療を受けることになった。二種の薬は違法薬物とは判断されなかったので、摂取したことに関しては罪には問われなかった。だが《Sealed》の摂取患者に関しては生天目璃里が言っていたように対処法はなく、消失した分の能力を取り戻すことは不可能だった。しかし、《Promotion》の成分を分析して回復薬を開発できるかどうかが早急に研究されることになった。
そして『黒須』は、行方をくらました。警察も麻取も引き続き足取りを追っているが、痕跡すら見つかっていない。
それから、一年が経過した。
あのあと、いくつか俳優の仕事をした煌は、一度日本での活動を休止し、演技のレベルアップのためにアメリカ留学を決めた。今日は出発日なのだが、無常にも空港に見送りに来ていたのは東斗一人だけだった。
「今日はありがとう、東斗」
「でもちょっと寂しいね。みんな来られればよかったのに」
他の三人はそれぞれ事情があり、見送りに来ることができなかった。その代わり、グループLINEに煌へのメッセージが送られて来ていた。
流哉からは「アメリカンドリーム掴んで来いよ! ついでにオスカー像ももらって来い!」のメッセージと共に、一緒にたこ焼きが映った写真が送られて来た。彼は舞台の全国行脚中で、今日は大阪にいた。
蒼太からも「ただでさえ上手いのにそれ以上上手くなったら雲の上の人になっちゃうじゃん! でも日本から応援してるよ!」と来ていた。今年に入ってから演技にも挑戦し始め、今日は地方でロケだそうだ。
そして最後に「煌の再出発を見送れなくて残念だけど、日本から応援してるね。頑張って!」と賢志からも来ていた。
賢志は、傷害罪及び殺人未遂、そして覚醒剤取締法違反で起訴された。傷害罪と殺人未遂に関しては、洗脳状態だった可能性と心神喪失状態だった点、それから、被害者の煌からの情状酌量の希望もあり、一年の執行猶予付きの判決となった。覚醒剤取締法違反の方は、他人への譲渡を約十年に渡り行っていたことで有罪になるところを、司法取引で教団に関する情報提供をしたことで、こちらも執行猶予付きの判決が言い渡された。
芸能界を引退した現在は、棄教した家族とともに暮らしている。依存症カウンセリングを受ける両親と施設の妹を支えながら、社会福祉士の資格を取るために勉強中だ。
「賢志くらい見送りに来れればよかったのにね」
「まだ執行猶予期間中だからな。国際線ターミナルなんかに来たら、海外逃亡すると勘違いされるんじゃないか?」
「そっか。それはオレたちも困るね」
冗談を交えながら話していると、空港内にアナウンスが流れた。煌が乗る飛行機の搭乗開始の案内だ。いよいよ出発の時間が迫ってきた。東斗は「もう時間だね」と、新しく買ったスマホで時間を見た。
彼の手にあるスマホを見つめる煌は、一つ尋ねた。
「なあ。もうSNSはやらないのか?」
「うん。今はLINEだけで十分だし」
東斗のスマホにはSNSアプリは入っていない。再びあのような状況を生み出さないとも限らない自分には、危険な道具は不要だと考えたのだ。
「やってほしいの?」
「いやだってさ。こっちの状況を投稿しても、お前は見られないだろ」
「だったらLINEすればいいじゃん。と言うか。オレたちは繋がってるんだから、今さらSNS使わなくても」
「そうだけど、そういう意味じゃなくて……」
「もしかして、オレからの“いいね”がほしいとか? そしたら、賢志たちに頼んでオレの分まで“いいね”してもらうよ」
「俺はSNSに承認欲求はない」
「だよね。煌は演技で認めてもらいたいんだから」
東斗は煌の顔を覗き込むようにして微笑んだ。心の中を覗かなくても思いを知っている仲間に言われ、煌はその通りだと口角を上げた。
「ねえ、煌。オレからもいい?」
「なんだよ」
「いつかF.L.Yは復活するのかな?」
思いがけない東斗の質問に、煌は思わず「え?」と聞き返した。東斗の表情には、返答に期待を寄せる気持ちが少し現れていた。
「解散したけどさ、みんな煌たちが歌ってる姿をまた見たいと思ってると思うよ。オレも、みんなが輝いてる姿を見たい」
「東斗……」
「だから、いつか復活ライブやってよ。その時は、オレと賢志もサイリウム振って応援するからさ」
東斗は右手でサイリウムを振るふりをした。煌の脳裏に一瞬、コンサートでステージから見た光景が甦る。
「……ちなみに、東斗の推しは?」
「もちろん、緑川煌」東斗の迷いのない答えに、
「じゃあ……考えておく」煌は満更でもない顔をした。
煌は『F.L.Y』を捨てていない。いつでもその衣装をまとえるように、大事に自分の中にしまってある。埃なんて全く被らず、ステージで歓声を浴びていたあの頃のままに。支え続けてくれたファンの笑顔を、再び見る時のために。
「じゃあ、行くよ」
「頑張ってね。煌」
「お前も、料理の修行頑張れよ。東斗」
「うん。帰って来るの待ってるよ」
二人はお互いへの激励でグータッチをし、成長した姿での再会を約束した。
そして煌は、慣れた居場所から一人で旅立った。彼に孤独になる不安はなかった。何千キロと離れても、心で繋がっている仲間たちが支えてくれるから。
〈おわり〉




