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31話




「だいぶあの事件の背景がわかってきたな」

「だが、ここからどうやって進むかだ」

「『黒須』との接触も難しくなってきたしね」


 ところが賢志は、全てを明かしたのにまだ三人が話を進めようとしているので、その進行先を確かめようと戸惑いながら尋ねる。


「あの……みんな。何の話をしてるの?」

「決まってんだろ。お前と教団の問題も解決するんだよ」

「えっ!? ……で、でも。東斗の事件は僕が原因だったってわかったし、もう目的は果たせたでしょ。僕もみんなにずっと隠してたことを話せたから、もう十分だよ」


 確かに、東斗の事件は賢志がきっかけだったことや、教団の関与がほぼ明らかとなった。彼らが知りたかったことは知れたはずだ。しかし三人は、満足な顔をしていない。


「何言ってるの賢志くん。まだ何も終わってないよ」

「そうだ。勝手に目的を果たせたとか充分とか言うな」

「だって……」

「事件の発端は賢志かもしれないが、事件にしたのは教団だ。それに、お前のことをこのまま放っておくことはできない」


 煌たちは、賢志を追い詰めた教団の闇までも暴こうとしていた。賢志は彼らがやろうとしていることに唖然とするが、そんな彼を尻目に三人は計画を立て始める。


「でも、話に出たやつの証拠をどうやって掴むかだな」

「またバーで張り込んで、出入りができそうな『黒須』に協力を頼むか?」

「それは無理じゃないか? 仲元さんもまだ目を光らせてるかもしれないし」

「あ、でも。この前あのバーで見つけた手がかり、使えないかな」

「そう言えば。東斗の家で嗅いだ匂いと、あのバーのソファーに付着してた匂いが一緒だって突き止めたんだよな」

「だが、その人物が特定できないと」

「そうだよなぁ……」

「じゃあやっぱり張り込むしかないかな。ボクがアフロとかモヒカンのかつら被って変な格好で雑居ビルの前に立って、出入りする女性の匂いを嗅げばいいんじゃない? それなら仲元さんにもバレないよ」

「いや。それ逆に目立って周囲に怪しまれる」

「仲元さんに気付かれなくても、最悪職質されるぞ。そんな変なことをするよりも、普通にSNSで元教団関係者を探せば……」


 蒼太のユニークなアイデアを却下して、煌たちは協力をしてくれそうな教団関係者を探す方法を話し合っていたが、賢志は「もういいって!」と再び話を遮った。


「もういいんだよ。首を突っ込んだら危険だってことは、充分わかったでしょ。タイムリミットも近いから、きっとそこまで暴くのは無理だ。教団の事件への関与がわかったんだから、それでもういいじゃないか。だから、今日聞いたボクの話も忘れてくれないかな」

「なに言ってんだ、賢志」


 唐突に一方的なことを言う賢志に対して納得がいかない流哉は、眉頭を寄せて賢志に前のめりになった。


「確かにハルの事件の経緯はわかった。でもそれは無理な話だ。まだ真相を知ったとは言えない上に、ここまでお前のこと知って、教団のことも知って、ハルの失踪と教団が関わってるかもしれないってのに、それで追求をやめろって意味わかんねぇよ。勝手なこと言うんじゃねえ!」


 しかし賢志は食い下がる。


「みんなのためを思って言ってるんだよ。自分の将来を大事にしてほしいのに、その未来を棒に振ることないんだよ。このまま進んだらどうなるかは、もう大体わかってるでしょ? 今度こそF.L.Yは壊れるよ!」

「賢志……」

「僕はそんなの嫌だ。絶対に許さない。F.L.Yを壊したくなくて今までやって来たのに……」


 また思い詰めるような、また苦しみながら全てを背負おうとしているような面持ちで、賢志は必死になって言う。


「賢志くん……」

「東斗もきっと無事だよ。だからもういいってことにしてよ。今引けば、F.L.Yは今後も続くんだ。だからみんな。頼むからもう何もしないで。余計なことも考えないで。自分のことを……グループのことだけを考えてくれ」

「賢志……」

「F.L.Yが存在してるだけで、それだけで僕はいいんだ」


 そして、生涯でたった一つの望みを願うように、そう言った。

 今まで煌たちを止めてきたのは、グループを守りたいという思いからでもあった。それは賢志が、F.L.Yが自分の居場所だから大切にしたいと願っていたからだ。その願いが表出した。大切なものを守りたいと。守ってほしいと。強く願っていた。

 しかし、聞いたことを忘れてほしいなんて、煌たちにとって無理な話だ。知ってしまった大事な仲間の現状を、無関係なこととして処理するのは不可能だ。賢志の気持ちもわかるが、「何かを守りたい」というその願いは、三人も持っているのだから。

 煌と流哉と蒼太は、互いの今の気持ちを確かめ合うように顔を合わせた。それぞれの目を見て、賢志の言う通りにこれ以上足を踏み入れることをよしとしないのか、ここで終わらせる選択をしていいのかと。三人の答えは、変わらなかった。


「賢志。俺たちは止まらない」

「どうして……! 全ては僕がきっかけで東斗もみんなも巻き込んだ。みんなを危険な目に遭わせた。だからこれ以上、教団に関わらないでよ!」

「でも賢志くんが」

「もしもこのまま突き進んだって、何もいいことはない。教団に粛清されて、これまで積み上げてきたものが全部壊されるんだよ! それは、F.L.Yがなくなるってことだよ!? みんなそれでもいいって言うの? グループがなくなっても平気なの? 望まないかたちでバラバラになるなんて、僕は嫌だよ」


 あの事件の時に一度解散しかけた経験から、賢志は自分のせいで同じ過ちは繰り返すまいと自分に誓っていた。今度こそ、自分のせいでもう一つの大切な居場所を壊させる訳にはいかないと。


「頼むよみんな。これ以上、大事な人を傷付けたくないんだ……」


 賢志は涙ながらに、魂の言葉を煌たちに精一杯伝えた。

 最初こそ、家族を守ることが最優先だった。けれどアイドルとなり、「仲間」という家族とは違う絆が生まれた今は、家族も仲間も同時に守りたいものとなっていた。「プレッシャーに押し潰され手を汚したくせに、なに勝手なことを言っているんだ」。そう思われたとしても、その願いだけは譲れなかった。それが償いだと思ったから。

 しかしそれは、賢志の望まざる日々がこれからも変わらずに続くということだ。賢志はその日常から抜け出すべきだと、煌たちは考えた。そうしなければ、今救わなければ、賢志はここからいなくなってしまう。だから、彼の魂の思いしか受け取れなかった。


「ありがとう、賢志。俺たちのことを大事な人だと言って心配してくれて。でも俺たちにとっても、お前は大事だ」

「そうだぞ」

「片思いなんかじゃないよ。賢志くん」

「だから、仲間を見捨てない。俺たちは、賢志も救う」

「……」


 賢志はこれまで口を噤んできたことを、勇気を振り絞って告白した。それはただ苦しみを吐き出しただけではなく、現状を変えるための道標を見つけるためだったのだ。賢志もそれをわかっていて、三人に打ち明けたはずだ。もう苦しむばかりの日々からは抜け出したいと、強く願って。煌たちはその願いを共に叶えたいと、手を伸ばした。四人でなら叶えられるはずだと。


「……本当にそれでいいの? 本当にF.L.Yが壊れるかもしれないよ?」

「と言うか、オレたちはそんなに脆くない! もしもそうなら、あの事件の時にどうにかなってるだろ」

「ボクたちは壊れないよ。まだ頑丈な柱が立ってるからね」

「大黒柱のことか?」

「と言うか、煌くんのこと」

「俺?」

「そうだよ。だって、煌くんが言い出したからボクたちは協力してるんだよ。この計画の柱の煌くんが諦めない限り、ボクたちは存在し続けるんだから」

「いつの間にか凄い重いものを背負わされてたのか、俺」


 とても今さらだが、しつこく説得して仲間を巻き込んだ言い出しっぺの煌の責任は重大だ。


「でも、みんな……」


 三人は差し伸べた手を離さない気は満々だが、その優しさが悪意に奪い取られてしまわないかと賢志は不安だった。そんな彼を見た流哉は立ち上がり、賢志の隣に来て肩を組んだ。


「もう控えめになるのはやめろよ、賢志。オレたち仲間だろ。お前が背負ってる荷物、少しくらい持たせろよ」

「超重たい荷物を一人で背負っても、山は登れないからね。みんなで分け合わないと」と蒼太も言う。

「……転げ落ちたらどうするの」


 賢志が不安そうに聞くと、ずっと隣にいた煌が自信を持って答える。


「ロープで繋がってるから大丈夫だ」


 仲間同士で繋がっていれば、誰かが足を踏み外しても他の三人でカバーできると、自信を満面に湛えて言った。


「一番先頭の柱が踏ん張ってくれるよね」大黒柱の煌に全面的に頼ろうとする蒼太。

「だから、俺一人に託すな。ここまで来たら、みんなで踏ん張るに決まってるだろ」

「しょうがない。煌は細くて頼りないからなぁ」


 流哉が煌をちょっと見下すと、それが少し癪に触った煌はプライド剥き出しで反撃する。


「言っておくが、俺はそんなに細くないぞ。よく着痩せして見られるが、ちゃんと筋肉付いてるんだよ。俳優は体力勝負なんだ。ナメるな」

「オレだって舞台俳優だぜ? トレーニングだって行ってるから、絶対お前より筋肉も持久力もあるぞ」

「じゃあ今度、どっちがスタミナあるかジムでランニング勝負しよう」

「望むところだ。全部片がついたらやろうぜ」


 流哉が吹っかけたのをきっかけに、なぜか俳優二人のスタミナ勝負対決の話が決まった。おふざけじゃなく真剣勝負を挑み合う煌と流哉のやり取りを、二人に挟まれながら見ていた賢志は、フッと笑いを零した。


「何だよ賢志」

「煌がオレに勝てる訳ないって笑ったんだよ」

「いや。なんか……この雰囲気が、F.L.Y(僕たち)だなって」


 オーディションをきっかけに集まった五人だが、最初からぎこちなさは不思議となく、なぜか気が合った。末っ子の蒼太がムードメーカーとなり、その一つ年上の流哉が蒼太とニコイチでふざけ、煌が冷静に突っ込みながら時にはイジられ、東斗がそれに乗っかり、賢志がそんな四人を纏めた。まるで、この五人でデビューすることが定められていたように、息はぴったりだった。ずっとこのメンバーでアイドルを続けていたいと、無意識に思っていたくらいに。

 その仲間たちに側にいてもらい、支えてもらっている心強さに、賢志の心に絡んでいたものは解けていった。


「……降参だよ」


 嬉しそうで切なそうな、少し複雑な心持ちを表情に覗かせているが、賢志は仲間の思いと覚悟を自分の心に受け取った。


「煌。哉流。蒼太。本当なら、僕からこんなこと言える立場じゃないけど……助けて下さい」


 賢志は三人に頭を下げた。煌たちは迷わず了承して頷いた。

 ところが。


「だけど。僕はみんなと行動しない」

「えっ?」

「僕は本部に潜入して、教団の裏の顔を証明できるものを見つける」

「スパイになるってことか」

「でも、危険じゃない?」

「危険は承知だよ。みんなも同じくらい危険を犯してるんだし、僕もケジメを付けたいんだ」


 教団から抜けることが元から目的だった賢志は、これで完全に縁を切る決意をした。あの柔らかで暖かな羽毛にはもう惑わされず、家族を連れて蟻地獄から脱出することだけを考え、自らスパイになることを申し出た。賢志がまた教団からプレッシャーをかけられないかと心配だが、煌たちが目立った行動をしなければそれもないだろう。それに、教団の裏の顔を知るためには内部に協力者がほしいと考えていたし、簡単に出入りできる賢志がその役を買って出てくれるのは非常に助かる。


「わかった。だが、絶対に危ない橋は渡るなよ。俺たちはお前を捨て駒だなんて考えてないからな」

「うん。できるだけ頑張ってみる」


 話はまとまり、ここから、F.L.Y四人での本当の戦いが始まる。


「賢志。打ち明けてくれて、ありがとう」

「……僕も。みんな、ありがとう」


 そのまま四人は、これからどういう作戦で教団の裏の顔を暴いていくかを話し合おうということにした。教団の方は賢志が動けるとしても、まだ一度も接触どころか顔すら見られていない『黒須』にどう近付くかだ。やつの東斗の事件への関与の自供もほしいところなので、接触はまだ諦められなかった。

 なかなかまとまらない話し合いを続けていたその時、煌のスマホが短く鳴った。見ると、煌のSNSの個人アカウントにDMが来ていた。


「DMだ。誰からだろ」


 通知をタップして確認すると、煌は目を疑った。


「えっ……」

「どうしたの?」

「アカウント名が……東斗の裏アカだ」

「えっ!?」

「ハルくんからなの!?」


 賢志たちが食い入るように煌のスマホ画面を覗き込むと、確かに東斗が使っていた裏アカウント名の『fuyuki(フユキ)』だった。

 しかし、東斗はスマホを持っていないはずだ。失踪しているあいだに再び契約したのだろうか。だが状況的に、それは考え難い。

 煌は三人よりも先にメッセージを黙読した。ところが全て読み終わった表情は、眉頭を寄せ怪訝な顔付きだった。


「……いや。東斗じゃない」


 メッセージを送って来たのは、誰も予想もしていない人物だった。


 『急なDMしてすみません。

  どうしても話したいことがあるんですが、会えませんか。

  とても大事な話です。


  場所は、緑川さんも知ってるあの店です。

  できれば一人で来て下さい。

 

  では、三日後の十八時にお待ちしてます。



  黒須』





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