30話
「────僕は、メッセージを送ったのはその一度きりだと思ってた。教団もきっと、ただの戯れ言だと言って流してくれると思った。だけど、その一回だけじゃなかったみたいなんだ。最初送ったやつに教団側が反論して、それに東斗が言い返してっていう応酬を何度か繰り返してた」
その履歴は、東斗の裏アカには残っていなかった。それは、もしもアカウントが自分のものだと確定された時に、賢志の事情まで誰かに知られることがないよう、東斗が自ら削除したからだった。
「そして、東斗の主張に教団は冒涜だと憤って、粛正するために『黒須』を送り込んだ。たぶん」
「たぶん……てことは、賢志くんは何も知らなかったんだ」
「僕はただの信者だから。教団の上層部が話し合って、成都子様の許可を得て粛正を決めたんだと思う」
「『黒須』を動かせるってことは、やつも信者なのか?」
「そうじゃないらしいんだ。でも、違法薬物を売って献金を稼ぐ話は、教団関係者から『黒須』経由で僕にきた。僕は彼から自分が売るものを渡されて売上金を渡してるだけだから、そんなに話したことはなくて、違法薬物の売人ということ以外は『黒須』のことはよく知らないんだ」
賢志の話の通りならば、少なくとも教団と『黒須』は無関係でなはないということになる。
「整理すると。賢志の話を聞いた東斗が頭にきて教団に文句を言って、それにキレた教団が仕返しをするために『黒須』を接触させて覚醒剤で罰を与えた。ってことか」と、流哉は事件になるまでをさっとまとめた。
「僕は、東斗が覚醒剤取締法違反で逮捕されたって聞いた時、なんとなく教団が粛正したんだとわかった。まだ教団に頼る気持ちが残ってた僕は、東斗が悪いから仕方がないって、自分がきっかけでこうなったのに、心配の一つもしなかった」
賢志は悔悟するような表情で言った。確かに仲間だと思っていたのに、それは偽りだったのか。本当はどっちが一番大切かわかっていながら、守れたかもしれない仲間を「仕方がない」と切り捨てた自分は、蟻地獄で待ち構える者たちと同じじゃないか。と。
「教会の怒りは、それでひとまず収まった。だけど、東斗があの事件は嵌められたと言ったことがきっかけで、みんなは『黒須』を探して事件の真相を知ろうと動き出した。その話を知った教団は放置することができず、恐らく関与を暴かれるのを阻止するために動いた」
「オレたちが配信した宣言動画を観たのか」
「恐らく。そしてメンバーだった僕は、内部から阻止するよう指示されていた」
教団は賢志の仕事の詳細までは把握していなかったが、あの動画で知り、内部で動ける丁度いいコマだと考え賢志に指示した。
「じゃあ。あの差出人不明の文書は、お前だったのか?」煌が訊いた。
「あれは僕じゃない。恐らく教団の上層部が、信者に指示したんだと思う。あの三通にあった『お母さま』は、信者が教団の外で成都子様を呼ぶ時の呼び方なんだ」
「『黒須』じゃなかったのか」
「公式裏アカウントにめっちゃ来たアンチ投稿は?」今度は流哉が質問した。
「あれも上層部が、信者に妨害するよう命じたんだ」
「じゃあ、ボクたちのゴシップ記事は?」
「タイミングはいいけど、あれが出たのは偶然じゃないかな」
蒼太はそれぞれの記事が出たことも教団の仕業かと思ったが、それは違うようだった。それから、あのバーで『黒須』と一度も会えなかったのは、賢志が仲元に煌たちの行動を報告していたからだった。
「何度も警告があったのが、まさか教団からだったなんてな。オレ『黒須』からだと思ってたから、挑戦状のように受け止めてたわ」
「みんなが警告を全然意に介さないから、僕にも教団から何度もプレッシャーがあった。だからどうにか説得をしてみたけど、みんなはやめる気配はなかった」
仲間を止められない賢志は教団から何度も急き立てられていたが、苦慮するばかりでどうにもできず、宮沢にも相談していた。実は宮沢はかつて教団に入信していた元信者で、賢志の全ての事情も把握していた。しかし宮沢では力になれず、収録前に揉め事になったあの時も、教団上層部から催促するメールが来たせいでプレッシャーを感じ、様子がいつもと違っていたのだ。
「そしてあの日、仲元さんとの話のあと、教団からも最後通告があった。僕が止められなければ、教団が直接粛正することになるって……どうしたらいいか、わからなかった。説得しても聞かないのに、どうしたら止められるのか……僕には家族を救う目的もあったし、これで失敗したら家族を救えなくなるんじゃないかとか考え始めて……」
「それで追い詰められて。か……」
経緯の全てを話した賢志は、顔色を少し悪くしていた。煌はミネラルウォーターをコップに入れ、賢志に飲むよう渡した。
家族のために、ずっと必死だったのだろう。違法薬物を売ることも、煌たちと協力できないことも、賢志の意志とは真逆だった。それでも、優先順位を変えなければ望みは果たされないと考え、そして、プレッシャーに押し負けた。同情するところは多々ある。彼を責める前に問題提起すべきだということも、四人は理解した。
「とりあえずこれで、東斗の事件と諸々にピースサークルファミリー教会が関わってることがわかったな」
「仕返ししたくなるのはわからなくないけど、やり方が極端だよ。そもそも、3000万納めるなんて絶対に無理に決まってるじゃん!」
事情と経緯を聞いた煌は、賢志に確認しておきたいことがあった。立ち上がった煌は寝室から何かを持って来て、賢志に見せた。
「賢志。このネックレスに見覚えはあるか?」
コイントップのシルバーネックレスだ。テーブルに置かれたそれを、流哉と蒼太はまじまじと見た。
「なんだよ、このネックレス」
「実は、東斗の家に落ちてたんだ」
「なんで東斗が……」
それを聞いて目を疑った賢志は、ズボンのポケットから自分のネックレスを出しテーブルに並べて置いた。
「同じもの?」
「これは、ピースサークルファミリー教会の信者の証だよ。表にはアジュガ。裏にはリコリスとアドニスと、平等を祈って重ねられた手が刻印されてるんだ」
「じゃあ。ハルくんも信者だったってこと?」
「たぶん違うと思う。だったらあんな暴挙に出ないよ」
東斗はピースサークルファミリー教会の信者ではない。それなのに、その証が彼の家に落ちていた。だとしたら、やはりあそこに教団関係者が来ていたということだ。
「みんな。東斗の行方はまだ?」
自分が三人と会っていない間、東斗の捜索の進捗はあったのかと賢志は煌たちに尋ねた。しかし、芳しくないことを首を振って伝えた。
「まさか、僕のせいじゃないよね。みんなの説得ができないから……」
「賢志のせいじゃない。東斗は大丈夫だ。必ず無事でいる」
煌が励ますと、流哉と蒼太も笑顔で励ました。賢志は東斗の無事を信じて頷いた。
「賢志。もう一つ確認したいことがある。前に話した澤田さんたちのことだが、お前は教団関係者がやったと思うか? 男たちは同じネックレスを付けていて、教団信者じゃないかと疑っているんだが」
「えっ。……でも。ただ『黒須』を探しているだけの一般人にそんなことをするなんて、考え難いと思うけど……」
「実は薬物系ライターは、特性能力犯罪増加に関係している薬のことも同時に調べていて、狙われたとしたらそっちの可能性があるんじゃないかって言ってたんだけどさ。教団と薬が関係してるような話も聞いたことないか?」
「ごめん。僕は全く……」
流哉から質問され、それも聞いたことはないと言おうとした賢志だったが、「あ」と何かを思い出した。
「そう言えば去年、教団から覚醒剤を売るついでにある薬の治験者探しもしてほしいって頼まれて、有性者を対象にタダで渡してたことがあるんだけど。その時渡された小袋に《P》って書いてあった」
「本当か?」
「なんで教団が、って疑問だったから、記憶は確かだよ。だけど、どういう薬なのかは聞いてない」
「てことはまさか、その薬の出所が教団?!」
「いや。教団が関与してたらおかしいだろ。《P》って特性能力増進効果があるんだろ。教団は、能力の存在を否定しなきゃならない側なんだからさ」
流哉の言う通りだ。有性者を忌み嫌う教団が、そんな薬を流通させるはずがない。賢志は、治験者探しで薬を配り始めてから特性能力犯罪が増えた気がすると言うが、賢志が配っていた効果不明の薬と事件に関係している薬が同一という断言は、現時点では尚早だ。
「じゃあ。生天目さんが教えてくれた《S》と教団の関連は?」
「そうか。そのサプリは仲元さんからもらったんだよな。だったら」
「教団幹部の仲元さんから流通したなら、そっちは教団と無関係とは言い切れないな」
賢志に多額の献金を要求したこと。東斗を意図的に嵌めたこと。煌たちの行動を危険行為で阻止しようとしたこと。さらには監禁疑惑に、危険薬物製造疑惑。凡能者を庇護する団体であるピースサークルファミリー教会のメッキが、少しずつ剥がれてきた。
煌たち三人は腕を組んで、さらに話し合いを続ける。




