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28話




「僕は、ごく一般的な家庭に生まれた。両親は二人とも有性者だけど、嫌なところが一つもない優しい両親だった。だけどある転機で、家の中は変わってしまった。僕が十歳の時に、妹が生まれたんだ。その妹は、生まれつき重度の障害者だった。障害持ちだと知った母は、自分のせいだと酷く落ち込んだ。僕も父も、母のせいじゃないって懸命に励ました。だけど責任感が強い母は、それでも自分を責めた。周りの言葉は、母の心にちゃんと届かなかった。自分を責め続けた母はやがて精神疾患を患い、復職も諦めざるを得なかった」


 家庭環境が変わってしまってからは、父親は働きながら障害者の娘と精神疾患の妻のケア、さらに家事全般と、全てのことを一人で背負うことになった。賢志もサポートできることは手伝ったが、とてもじゃなく手が回らず、父親は近くに住んでいた母親にも協力を頼んでいたが、やがてそれも限界を迎え、在宅でできる仕事にやむなく転職した。それでも、障害を持った娘の世話と病を抱えた妻の通院と、二人を一度に世話をしなければならない状況で、在宅ワークすらもままならなかった。


「このままだと、父まで倒れそうだった。僕にできることも限界があって、だんだんボロボロになっていく父を見ていられなかった。その時に紹介してもらったのが、ピースサークルファミリー教会だった」

「ピースサークル……って。凡能者ノーギフトを救済しているっていう、あの?」

「賢志たちは異能者なのに、なんで?」


 意外なところで教団の名前が出て来て、三人は不思議に思った。


「確かにピースサークルファミリー教会は、凡能者のために存在している。だけど三〇年くらい前から、様々な理由で救済を求める人にも救いの手を伸ばし始めてたんだ。有性者の中にも、社会的差別で貧困している人もいたから。だから僕たち家族も、拠り所を求めて頼ったんだ」


 有性者が入信することを、凡能者はよく思っていなかった。だが、偉大なるマリア(ジャンヌ・マリア)と呼ばれる創設者の高島和子が体調を崩し、その娘であり新たな教祖の成都子(なつこ)が入信を許したので、元々いた信者たちは彼女の意志を尊重する他なかった。しかし、有性者信者が増えた現在でも、教団内で彼らは浮いた存在のままだ。

 吉岡家は教団に入信したおかげで、賢志の母と妹はグループの病院と障害者施設に入ることができ、二十四時間体制で看護してくれるおかげで父は仕事ができるようになった。


「教団のおかげで、僕たち家族は救われた。入院していた母は今はすっかりよくなって、妹も施設で元気にしてる。教団のおかげで、家族は元通りになった。……そう思っていた」

「思っていた?」煌がオウム返しした。

成都子(なつこ)様に救われた両親が、心酔してしまったんだ。確かに、有性者の家族なのに、凡能者と同じように救いの手を差し伸べてくれたおかげで救われたから、僕も心から感謝していた。成都子様の言葉が僕たちを導いてくれる。成都子様を信じていれば間違いない。……だけど。友達や擦れ違う他人の家族と比べると、何かが違った。それが何かわかった時、僕は怖くなってしまった」

「何が違ったの?」蒼太が訊いた。

「両親が見ているものだよ。周りの両親は自分の子供に視線を向けているけど、僕の両親は、ほとんど成都子様しか見ていなかった。興味は子供の僕たちよりも、救ってくれた成都子様なんだ。その違いに気付いた時、両親をこのまま教団に依存させたままでいのかと疑問が浮かんで、僕たち家族はこのままじゃダメだと思った」


 特別なところはない普通の家族だけど、明るくて、居心地がよくて、幸せだった。賢志は、両親の笑った顔が好きだった。一度は消えたその笑みは、また見られるようになった。それは嬉しいことのはずだった。だが、自分に向けられる笑顔の眼差しは、自分に向けられていないように感じた。

 違和感に気付いてしまった。自分の家族はこんな家族じゃなかったはずだ。疑問を抱き、家族の未来を考えた賢志は、家族全員で棄教する選択をした。しかし、両親の説得は難しかった。だが棄教さえしてしまえば、以前の生活に戻れば、家族も元に戻ると思った。そう考えたのは、高校一年生の時だった。

 賢志は棄教(ききょう)の意志を成都子に伝えた。すると、「それならそれで貴方たちの意志であるなら止めはしない」と抜けることを許された。ところが。


「条件を提示されたんだ」

「条件? 教団を抜けるのに、条件が出されたのかよ」

「条件てなんだったんだ」

「3000万円の献金を納めること」

「3000万円!?」


 提示された大金に三人は驚愕した。芸能活動をしている今でさえ3000万円という金額は夢のような大金だというのに、普通の家庭が一括で支払えるような額では到底ない。


「正直無理だった。その頃、母は社会復帰してパートをしていたけど、月収は20万弱。父の給料はそれなりにあったけど、それに僕の僅かなアルバイト代を足したって大した金額は出せない。だって生活費だけでなく、妹の施設利用費もかかってるんだ。それまでは月に一度の献金もしてた。なのに、それ以上の額を請求されたんだ」

「……異常だろ」


 絶句した流哉は精一杯の一言を言った。

 本当に異常でしかなかった。通常、棄教する場合は、それまで納めていた献金は一部返してもらえるものだ。ピースサークルファミリー教会は、そのルールを破っていたのだ。


「その時わかったんだ。僕たちは、成都子様の慈悲で救われたんじゃない。献金を集めるための金づるだったんだ、って。僕たちは知らずに、蟻地獄に嵌ってしまったんだって」


 有性者を救うなど、最初から建前でしかなかったのだ。それまで凡能者だけの味方だった教団が、本当に救いたい者たちの思いを無視するはずがなかったのだ。


「それで、どうしたんだよ」

「僕ももっと稼いで、少しずつ払うことにした。ちょうどその頃テレビで、男性アイドルグループのオーディションのことを知って、芸能人になれば稼げると思ってすぐに応募した。そしたら、デビューできちゃったんだ」

「そのために……」

「僕は、新興宗教に献金を払うためにアイドルになったんだ。そんなことかよふざけるな! って、幻滅したでしょ。新興宗教ってだけで、気持ち悪いでしょ。僕がおかしなやつに見えるでしょ」


 自嘲するように、賢志は口元を歪めた。救いを求めて入信したはずが実は金づるだったなんて、笑い話にもならない。凡能者にしか救いの手を差し伸べていなかった教団が、なぜ突然有性者にもその手を差し伸べるようになったのかなんて、全く考えもしなかった。ただ、苦しい状況から救われたかっただけなのに。簡単に信じ過ぎたのだろうか。

 すると流哉が言った。


「気持ち悪くなんかねぇよ」

「え……」


 思ってもいなかった言葉に、賢志は顔を上げた。


「家族のことを思って抜けたくて、金が必要なんだろ。そんなお前は偉いし、高額を請求されても諦めずに家族を助けるために働いてんだろ。そんなやつは全然おかしくない。おかしいのは、お前らを金づるにした教団だ」

「流哉……」


 突然目の前に現れた救いの手が蟻地獄へ引き込む罠だなんて、誰が想像できるだろう。賢志たち家族は、騙されただけだ。弱りきった心に付け入り搾取しようとした、教団の方が遥かに悪い。流哉も、煌も、蒼太も、それをわかっている。


「そんなことよりも。なんでそういう大事なことを言ってくれないんだよ! 俺はそっちにがっかりした! 新興宗教に入ってたことが後ろめたかったのかもしんないけど、お前の苦労を話してくれてたら、オレたちにも何かできたかもしれないだろ!」


 流哉はつい熱くなって声が大きくなった。


「何かって……お金を貸してくれるとか、くれるって言うの?」

「そういうんじゃなくて。うちには国家資格を持ったメンバーがいるじゃねぇか」

「……え。僕?」


「な?」というふうに流哉に顔を向けられ、蒼太は自分を指差してきょとんとする。


「司法書士のこと言ってる? でも司法書士の仕事は、不動産登記や商業登記が主だし。“司法”って付いてるから勘違いしてない?」

「でも、弁護士とのパイプがあったりするんじゃないのか?」

「そんなことわかんないし。と言うかボク司法書士の資格持ってるだけだし。だから頼られてもなんもできないよ」


 蒼太の資格は役に立たないと聞き、流哉はちょっとがっかりする。


「とにかく、明らかに違法な献金額じゃないか? 一般的に抜けるやつに対して請求するのかもわからないが、相談してもいいんじゃないか。賢志、お前もおかしいと思ってるなら、自分から弁護士に相談できただろ」


 確かに煌の言う通り、費用はかかるが大金を納める代わりに払うと思えば安いものだ。けれどそうしなかった理由を、賢志は「そうなんだけどね」と前置きして話した。


「実は、少し迷いがあったんだ。両親はとにかく成都子様に傾倒していて、慈悲深い言葉を聞くだけで涙を流すほどなんだ。そんな両親を、強引に引き剥がしていいのかって。僕自身も、成都子様から離れることに少し不安を覚えていた」

「お前は、このままじゃダメだと思ったんだろ。家族のために抜けようとしてるのに、なんで迷う必要があるんだ」


 その決意は正しいし、迷わず行動するべきだと考える煌は、なぜ迷いが生まれるのかと理解ができなかった。賢志は、棄教を迷う理由を知らない三人に教えた。


「新興宗教って、一度入ると抜け出すのが難しいんだよ。宗教を頼る人は、暗闇に囚われた心を救われたくて入るんだ。そして救われると心の拠り所になって、自身の住処になっていくんだ。住めば“天国”って感じかな。だけど、長く住めば住むほど居心地いい……というか、ここじゃないと安心できなくなって、いざ外の世界にって思っても怖くなるんだよ。自分を守ってくれていた支えがなくなるから。まるで親鳥からはぐれた雛みたいに、怯えてしまうんだ。蟻地獄だと気付かなければあそこは、親鳥の羽毛がいっぱい敷き詰められた温かな巣なんだよ。温かくて心地いい。だから、外に出ることに迷いが生まれてしまうんだ。あの温かな羽毛に包まれていたいと。かく言う僕は、間違いを犯すまで、自我がおかしくなっていることに気付かなかった」


 居心地のいい巣から出ることを迷いながらも、家族を正常に戻そうとしていた賢志だったが、本当は、自分自身でも気付かないほどに依存していた。それは、おかしなことではない。賢志も心を救われたのだから、依存心が根を張っていて当然だった。賢志の目にも成都子は、間違いなく聖母に見えていたのだから。故に、()()()()()()()()を命じられても、家族のためだから仕方がないと割り切ってやった。正常な判断力すらも奪われていたのだ。


「僕が煌を階段から突き落としたのは、教団から圧力をかけられてやったことなんだ……実は仲元(なかもと)さんは、ピースサークルファミリー教会の芸能界支部の幹部なんだ」

「えっ?!」

「仲元さんが……!?」


 唐突な暴露に、煌たちは思考が停止した。自分たちの生みの親であるあの仲元が、彼を追い詰めたピースサークルファミリー教会の幹部だなんて、信じられなかった。


「僕は時々、仲元さんにみんなのことをどうしたらいいか相談してたんだ。だけどこのままだとマズい、ここでなんとかしないとって話になって、あとは僕に任されて……」


「きみを頼っていいかな」「なんとかして彼らを止めるんだ」その言葉を、追い詰められた賢志は“最終手段”だと思い込み、煌に制裁を下したのだった。


「それ以前から、教団から警告されてたんだ。煌が飲食物に異物を仕込まれたこともそう。流哉と蒼太も警告されてる」

「オレと、蒼太も?」


 教団から警告されていたと聞き、思い当たる節がすぐに二人の記憶に甦った。


「もしかして、バイク事故に遭いかけたのは……」


 そう。流哉と蒼太に降りかかったあの未遂に終わったバイク事故は、教団信者がわざと危険な目に遭わせて警告していたのだ。


「俺たちが『黒須』を探していたことと、関係してるのか?」

「そう。東斗(はると)が薬物事件で逮捕されたのも、教団が関係してるんだ」


 つまりピースサークルファミリー教会は、『黒須』を探していた煌たちに警告の意味で危険な目に遭わせた。それだけでなく、あの東斗の事件にも関与している。明かされ始めた衝撃の事実に、煌たちは言葉をなくした。


「話は、多額の献金を稼がなきゃならなくなったことと繋がる……僕は、F.L.Y(フライ)でデビューした直後から、違法薬物の売人もしてたんだ」


 賢志はアイドル活動をする傍ら、正体を隠してSNSで違法薬物の売人をやり、覚醒剤やMDMAがほしい人物から連絡があると道端などで売り、その分け前を献金の足しにしていた。警察の目を警戒し、いつか検挙されるかもしれない恐怖と戦いながら続けていた。

 それは、東斗が覚醒剤取締法違反で逮捕される約一年前。その日が、全ての始まりだった。




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