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27話




 煌と賢志が話をした翌日。賢志の方から、流哉と蒼太に「話さなければならないことがある」とメッセージが送られた。内容はできれば他の誰にも聞かれたくない、という賢志の希望から、事務所やいつもの居酒屋は使えないので、煌の家に集合することになった。

 そして、約束の日の当日の二月初め。仕事が終わった者から煌の家に集まった。最初は蒼太。次が流哉。最後に賢志がやって来た。

 煌は玄関で賢志を迎えた。全てを告白する覚悟を決めた賢志だが、全身が固く、緊張を隠せないでいる表情で、中に入るのをためらった。


「大丈夫だから。入れよ」


 その心情を察した煌は、安心させるように柔らかく言葉をかけ、部屋に入れた。


「賢志!」

「賢志くん!」


 賢志の姿を見た流哉と蒼太は、喜びと安堵の表情で迎えた。会うのは去年十二月の配信以来の約一ヶ月ぶりで、連絡も取れず、テレビでしか顔を見られていなかったので、とても久し振りに会うような感覚だった。

 二人は賢志を訝るような素振りはない。だが賢志は、目を合わせようとしなかった。

 とりあえず四人は、ローテーブルを囲んで座った。


「賢志。連絡取れないから、ずっと心配してたんだぞ」

「顔色悪いけど大丈夫? ちゃんと寝られてる?」


 正面に座る流哉と蒼太が話しかけても、緊張が解けない賢志は相槌を打つ余裕すらない。顔を上げられず、口を結んでいた。

 二人は何度か言葉のキャッチボールをするが成立せず、二人まで困って口を閉じてしまう。最初は久し振りに四人が集まった喜びで雰囲気は明るかったのに、あっという間に暗くなってしまった。

 これでは、話すことを決意してくれた賢志の身の置きどころがないと感じた煌は、話しやすいよう扉を少し開けてやることにした。


「今日は時間を作ってくれてありがとう、二人とも」

「うん。別に大丈夫なんだけど。煌くんは、賢志くんが話したいこと知ってるの?」

「何となく」

「煌。お前は大丈夫なのか?」

「ああ。大丈夫だ」


 流哉は突き落とされた件について尋ねるが、頷いた煌は賢志と向き合う覚悟を決めたことを表情で伝えた。


「だから二人も、普段通りに聞いてやってくれ」


 ここで一方的に賢志を矢面に立たせても、余計にプレッシャーを与えてしまう。今の彼には余裕が必要だから、問い質すのは勘弁してやってほしい。そういう意味で言った。

 二人の聞く姿勢ができたところで、煌は隣で背中を丸めている賢志の肩に手を置いた。


「賢志」


 大丈夫だ。怖がらなくていい。俺も流哉も蒼太もちゃんと聞くから。と。

 煌を見た賢志の目は、怯えていた。魔物に食われるのを恐れているように。だが賢志にとってこの空間は、開口した魔物の口を目の前にしているのと同じだ。請い願っても、助けてもらえないかもしれない。

 けれどここにいるのは、非道な魔物ではなく、言葉と心が通じる仲間たちだ。もしも仲間と認めていなかったら、話を聞こうなんて思わずここに来ていなかったはずだ。

 免罪を求めている訳ではない。事情を話して許されることはない。でも、自分で話すべきだと思って来た。ずっと誰にも言えない苦しみを抱えてきたことを。煌をこの手で殺しかけた理由を。

 賢志は深呼吸をした。吸う息も吐く息も震えていた。だが、賢志も覚悟を決めて来た。仲間たちと向き合うことを。

 やがて賢志は少しだけ顔を上げ、意を決して固く閉ざしていた口を開いた。


「あの……ずっと連絡無視して、ごめんさない。あと……煌の、ことも……僕のせいで、二人にまで迷惑かけて……すみませんでした」


 まずは謝罪をし、テーブルに額が付くくらい頭を下げた。例の事件に触れたので、流哉は冷静に賢志に尋ねた。


「煌にちゃんと頭を下げたのか?」

「この前二人だけで話して、謝罪してもらった。だからその件はもう、言及する必要はない」


 賢志の代わりに煌が言うと、「ならいい」と流哉はすぐに引いた。蒼太も一応納得した様子だった。しかし賢志は。


「でも。流哉と蒼太が許さないって言うなら、何でも罰を受ける。グループをやめろと言うなら、その通りにする」

「待って賢志くん。ちゃんと話してくれるって言うから、ボクたち来たんだよ。そのつもりなんだよね?」

「賢志。煌だけじゃなくて、オレたちもずっとモヤモヤしてんだ。何で煌を突き落としたのか。何よりもまず、その理由が知りたい」


 賢志の行いは、即刻グループ追放を宣告できる。しかしそれをしないのは、何も飲み込めていない状況で警察に身柄を渡し、裁判で犯行理由を聞きたくないからだ。グループのメンバーなのに、仲間のことを知らないまま他人に処分を任せたくない。今まで十分放置していたのに、これ以上賢志を突き放したくなかった。

 賢志も、自分のことを教えないままグループを離れることは、もう考えていなかった。


「……今日は、全部話したくて来たんだ。僕があんなことをした理由と、僕のこれまでのことを」


 室内はほとんど物音がなく、時計の秒針の音や、空気清浄機やエアコンの微かな音しか聞こえない。外を走る車の走行音も、遥か遠くに聞こえる。

 四人だけの空間。暖房が効いているのに、賢志にはとてもひんやりと感じる。“生きて”帰れるのか、ここで“死ぬ選択”をするのか。そこにはただ、恐れが存在する。

 なかなか一音目が出ない。自分の口なのに動かない。目の前の二人の視線が怖い。それでも賢志は、自分を知ってもらうために、ゆっくりと口を開いた。


「最初に、言っておかなきゃならなあことがあるんだ……みんなには『倉橋』と名乗ってるけど、それは母の旧姓で。本名は、『吉岡』なんだ」

「!?」


 それは『黒須』が芸能関係で知り合いがいると言っていて、当初やつを辿るヒントとして探していた名字だ。三人は僅かに驚き、お互いに視線を合わせた。

 そして賢志は、自身の生まれから語り始めた。




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